通学路の電車の中で、私は胸の高鳴りを感じていた。今から和真くんに会えると思うと、心が踊る。ちょうどそんな気持ちを抱えながら、私は普段通り社内のつり革につかまった。通学ラッシュの時間、満員の車両の中で、私だけが一人こっそりと彼の居場所を探していた。
「あ、和真くんだわ」
彼のふんわりしたミディアムヘアと温かい笑顔が、他の生徒たちを引きつける。自然と視線が彼に向いて、彼の笑顔が私の心を癒してくれる。その日、彼がどんなことを考えているのか、どんな話をするのか、そればかりを考えてしまう。
私の胸の内が高鳴る。彼のことが好きで好きでたまらないのに、その思いは伝わっているのだろうか。私の愛はいつも『密かに』なんて形ではなく、まるで太陽のように我が身を焦がす。クラスメイトは、私の恋心に気づいているだろう。それでも肝心の和真くんだけは全くその存在に気付かず、平穏無事に日常を繰り返す。
「黒川、また和真くん見てるの?」
そんなクラスメイトの友達からの声に少しドキッとした。私は慌てて視線を外し、何食わぬ顔で周りを見渡す。周りの視線も感じるが、それでも彼を見ていられるのは幸せだ。彼のためにお弁当を作ったり、彼を撮影したりと、毎日のように彼に関することを考えている。
「いいことなのに、なぜ恥ずかしいのかしら」
そんなことを考えながら、私はちょっとだけ微笑む。通学の途中、電車の揺れに身体を預け、私は和真くんに思いを馳せる。彼の自然な優しさ、誰に対しても分け隔てない接し方。私もその優しさの一部になれるなら、もっと幸せなのに。
その日は普段よりすこし彼との距離が近くに感じた。彼が私のすぐ近くに立っている。肩が触れ合いそうな距離、その一瞬だけでも心臓が高鳴る。周囲の喧騒が色彩を失い、二人だけの米粒のように小さな空間に浸っている。
「黒川、今日の調子はどう?」
ふいに和真くんが声をかけてくれた。それだけで私の心は大きく跳ねた。彼のその爽やかな声が、私の心に優しく寄り添う。双眼鏡で遠くを見るように、彼の眼差しを浴びながら、私は一温かく優しい時間を享受した。
「はい、今日も元気ですわ、和真くん」
思わずお嬢様口調が出てしまった。気恥ずかしい気持ちもあったが、彼の笑顔を見られるならこのまま何でも良い。和真くんは何も気にした様子もなく、私の返事にニコッと微笑む。
「そうか、よかった。調子が良いのは大切だからね」
彼のその言葉に不思議な幸福感が広がる。だが、和真くんが私の気持ちに気づいていないなんて、少し悲しくも思った。その純粋さは、ある意味で私を苛立たせる。
電車が揺れるたびに彼の体に触れ、私の心がさざ波を立てる。彼が周囲の人に優しさを注ぐ様子を、私は心の中で独占したいと思ってしまう。和真くんは私だけに優しく、私だけに微笑んでほしいと思う気持ち。ああ、どうして彼はそうも無邪気なのだろう。
「本当にドキドキするわ、これが恋なのね……」
自分自身の心の声に気づき、少し恥ずかしさを感じた。和真くんにこうやって近づいていることが、私にとってどれほど幸せなことなのか。だが、私の思いは人一倍重い。彼を愛するあまり、彼の行動を見つめることが癖になっていることも、ほとんど無意識だ。
電車が次第に混雑してきて、周囲の視線が気になり始めた。そんな中、和真くんは私に何かを言おうとしている様子だ。それに気づいた瞬間、私はドキリとした。この瞬間、一瞬で言葉が消えてしまう、そんな気がした。
「黒川、今日、何か用事あるの?」
彼のその問いかけが私の心を打ち抜く。
「私とデートしてはくださらないかしら?」
そんな言葉が頭を巡る。だが、そんな大胆な行動ができるはずがない。彼の心を読むことなんてできないから。
「い、いえ、特には…」
私は取り繕うように返事をしてしまった。心の中で何度も自分を攻める。
「どうしてこういう時に本音を言えないのだろう、私」
と思ったが、絶対にバレてほしくない気持ちが勝ってしまう。
これが私の運命なのだろうか? 自分の思いを伝えられないまま、彼に優しく接することだけが幸せなのだろうか。私の心の中の葛藤はどんどん大きくなり、どうしようもない。
「あ、そういえば今日は駅前のカフェで友達と待ち合わせなんだ。黒川も良かったら一緒に行かない?」
和真くんの言葉は、まるで私の心を揺さぶる。一緒にいることが普通だと思い込んでいる彼の発言に、私は喉が詰まる。どうしよう、彼とデートなんて夢のようだ。
「え、ホントに……?」
自然と目はぱっちりと開かれてしまう。彼が私の提案をするなんて夢のようだ。私の心は嬉しさで溢れるけど、その裏側では不安も同時に駆け巡る。一歩踏み出せば、近づくことができる。しかし、この距離を縮めるのが怖かった。万が一彼が私の想いを気づいてしまったらどうしよう。
「うん、もちろん!」
私は何とか言葉を絞り出した。彼が私をどう思っているかは知らないけれど、私はこの一瞬を逃したくなかった。ワクワクした期待感と、その裏に漂う不安が混ざり合う。
その日、私たちは駅前のカフェで待ち合わせた。和真くんと過ごす時間は、この世で一番幸せな時間だ。会話は弾み、笑い声に包まれる。彼の天然さに振り回されながらも、私は彼に一歩でも近づくために頑張っていた。
「黒川、とても美味しいよね?」
和真くんが私にグラスをすすめる。冷たい飲み物がとても心地よかった。ほんわかと心が温まる瞬間、私は彼の隣にいる贅沢を実感する。周りの人々が私たちをちらりと見ることに少し気後れも感じるが、その瞬間だけは、彼と二人の世界に浸っていた。
「はい、本当においしいですわ」
私は彼の笑顔を見つめながら微笑んだ。彼との距離が大きく縮まったように感じられる。一緒に楽しい時間を過ごす中で、彼に自分の気持ちを告げる決心が少しずつ固まっていく。
「和真くん、私の気持ち、気づいてほしいな……」
心の中でくり返すその言葉が、日々の生活の中で私を支えた。彼に幸せを感じてもらうために、これからも頑張ろうと思う。その気持ちが彼に伝わることを願って、私は新たな一歩を踏み出す準備をしていた。