第56話 「探偵の彼女たちと美術品の謎」

久遠乃愛は、夕暮れ時の静かなキャンパスを歩いていた。肘を曲げて抱えた書類の上には、自作の推理小説のドラフトが乗っている。彼女の黒髪は風になびき、長いストレートが肩をすり抜ける。今週、彼女は文学を専攻する傍ら、何件かの依頼を受けていた。そのうちの一つが、友人であり相棒の雪村彩音からのものだった。

「乃愛ちゃん、聞いて聞いて!」

彩音は、乃愛の前に飛び出すように現れた。彼女の茶髪のボブカットが明るい日差しに輝き、まるで小動物のように愛くるしい。

「何かあったのですか?」

「バイト先で美術品の偽造事件があったらしいの!お願い、私たちで解決しよう!」

乃愛は眉をひそめた。
「偽造事件ですか?詳細は?」

「今、閉店後のシェアハウスで調査するみたい。ルームメイトの一人が、バイト中に見たって言うの!」

「わかりました、彩音さん。一緒に行きましょう」

二人は急いでバイト先の美術品販売店へと向かった。道中、彩音は自身のペット動画が面白かった話を楽しそうに語り、一方、乃愛は彼女の言葉を淡々と受け流しながら、思考を巡らせていた。

店に到着すると、周囲が薄暗くなり始めていることに気づいた。閉店後の店内は静寂に包まれ、冷たい空気が流れている。二人は店の奥へ進み、何が起こったのかの話を聞くために、従業員の一人である真奈美に話しかけた。

「乃愛さん、彩音さん、助けてください。このことがバレたら、私たち全員が困ります!」

真奈美は半泣きの表情で訴える。彼女の声は震えており、乃愛はその様子から何かの緊迫感を感じ取った。

「具体的に何があったのか教えてください」

「昨日、ルームメイトのゆかりが、特定の絵画を家に持ち帰ったんです。でも、その絵には何かが違っていて…。本物のアーティストではなく、偽のサインがあったんです」

乃愛はその話を冷静に整理しながら、視覚的な手がかりを必要に感じた。
「その時、現場には誰がいましたか?」

「確か、ユウタとミカもいたはずです。彼らも何か見たかもしれません。でも、今は逃げているかもしれません」

彩音が心配そうに眉をひそめる。
「逃げるって、どういうこと?」

「ゆかりが何かを隠しているとしたら、彼女のルームメイトはそのことを知っているかもしれないんです。そして、彼女は自分を守りたくて、何かしらの行動を起こすと思います」

乃愛は真奈美の言葉を反芻しながら考えを巡らせた。絵画の青色と黄色、そしてその背景が記憶の片隅に浮かび上がる。久遠乃愛は心理学的な思考に走り、状況を俯瞰していく。

「まずは、ゆかりさんを探し出す必要がありますね」
乃愛はそう告げ、彩音に目を向けた。
「彩音さん、彼女に何か質問してみてください」

「わかった!探偵活動だね!」
彩音は元気よく返事をし、早速行動に移った。

数分後、彩音は他の従業員に尋ねていた。乃愛はその様子を少し離れたところから観察しつつ、心の中で次の手がかりを探っていた。その時、彼女の目に何か光るものが映り込んだ。足元に落ちているピアスだ。

「これは…誰ののでしょうか」

乃愛はそのピアスを手に取り、じっと見つめる。それは、小さな花のデザインが施されたもので、きっと高価なものに違いない。

「彩音さん、これ、誰かの落とし物のようですわ」

彩音が振り返り、驚いた様子でやって来た。
「そのピアス、みんなが良くつけてるの!もしかして、ゆかりさんの?」

「素材やデザインを考えると、ゆかりさんの可能性が高いですわね。彼女に聞いてみましょう」

二人は店内をいったん離れ、ゆかりの住むシェアハウスへと向かった。暗くなった道を歩きながら、乃愛は思考を巡らせつつ、次の展開を願う。

シェアハウスに到着すると、迷った様子の彩音が声をかける。
「うーん、どうする?ノックしたほうがいい?」

「そうですね。その前に、周囲を観察してみましょう」

乃愛はしっかりした眼差しで、窓やドアの隅々まで確認する。すると、一瞬の隙間から視線が感じられた。誰かが中にいる。しかし、その表情は不安そうだった。乃愛は瞬時に真剣な表情を浮かべ、彩音に小声で指示を出した。

「彩音さん、少しだけ外で待っていてください。私が先に行きますわ」

「うん、わかった!」

乃愛は静かにドアをノックした。しばらくの沈黙のあと、ぎこちない手つきでドアが開かれる。ゆかりの姿がそこにいた。彼女は少し驚いた表情を浮かべ、
「何の用でしょうか?」
と言った。

「あなたのピアスが、バイト先の美術品店で見つかりましたわ」

驚いた目が彼女の顔に宿った。
「えっ、私の?どうしてそれが…?」

「詳しいことを教えて欲しいのです。あなたが何かを隠している気がしますわ」
乃愛の冷静な声が響く。

ゆかりは一瞬、口ごもったが、やがて小さくため息をついた。
「…実は、私、あの絵と一緒に何かを見たんです。その中に、過去の罪があったことを思い出させるものが含まれていました。だから、恐れがあったんです…」

乃愛はその言葉から、過去の背景に触れることができた。絵画はただの美術品ではなく、彼女の人生に大きな影を落とすものであることを理解した。

「あなたはそれを隠すために、偽のサインを付けてしまったのですね。当時の罪を消すために」

ゆかりの目が瞬く。恐怖と後悔が交錯している。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!でも、逃げられない…」

「私たちが助ける方法がありますわ。でも、まずは真実を話して欲しいのです」

その時、彩音が心配そうに駆け込んできた。
「乃愛ちゃん、何か動きがあったの?」

「ゆかりさんから、過去のことを聞こうとしています。もう少し待っていてください」

「うん、わかった!」

やがて、ゆかりは思い切って告白した。
「…実は、3年前に友人に騙されて、一緒に絵を盗み出したことがあります。その罪を隠すために、これを偽造していたんです」

乃愛はその言葉を冷静に受け止めた。
「それが、あなたの動機だったのですね」

ゆかりは涙を流した。
「もう、逃げたくない。でも、どうすれば…?」

「まずは、自首することですわ。私たちがサポートしますから、安心してください」

ゆかりは少しずつ心を開き、全てを打ち明ける決意を固めた。その瞬間、乃愛は嬉しさを感じた。彼女の冷静な観察が、ついに事件の真相へと導くことに成功したのだ。

その後、三人は警察に連絡し、ゆかりの過去の罪を告白する。乃愛は心の中でサポートし、彩音は力を貸した。証拠となるピアスも、証言と共に真相を明らかにする重要な役割を果たした。

事件が解決した後、乃愛と彩音は静かな公園で彼女たちの日々を振り返っていた。

「やっぱり、探偵活動って面白いね!」
彩音は嬉しそうに言った。

「ええ、そうですわね。時には難しいこともありますけれど、共に解決するということで、私も成長していると感じますの」

「乃愛ちゃんのクールな推理力があってこそだよ!」

乃愛は笑みを浮かべた。
「彩音さんの行動力なくしては、何も動かなかったでしょう」

二人は笑い合い、特別な絆を再確認した。この小さな事件を解決したことで、彼女たちの探偵活動が更に面白くなることを期待することになった。ミステリアスな世界はどこまでも続いていくのだ。

そして、心の奥に秘めた言葉を抱えながら、乃愛は次なる事件を楽しみにしていた。そして、彩音と共に、それを乗り越えて行くことを約束したのだった。