第55話 「バーベキュー事件の真実と希望の探求」

久遠乃愛(くおん のあ)は、海辺のバーベキュー会場に向かう車の中で、静かな波音を背に考えを巡らせていた。彼女の横には、明るい笑顔を浮かべた幼馴染の雪村彩音(ゆきむら あやね)がいた。二人は共に文学を専攻する女子大生だが、乃愛は探偵としての才能を開花させつつあり、彩音はその明るさと行動力で彼女を支えていた。

「乃愛ちゃん、今回の依頼、ほんとうに面白そうだよね!」
と彩音が無邪気に声を上げる。

「ええ、海辺のバーベキュー、楽しいイベントのはずなのに、どうして事件が起きてしまったのか、興味深いですわ」
と乃愛はお嬢様口調で返す。

話を進める中で、彼女たちが受けた依頼が恐ろしい事件の始まりであることを二人ともまだ知らなかった。依頼人によれば、宗教団体の儀式中に神秘的な何かが起こったという。その音声は
「奇跡」
とも呼ばれていたが、それはある者にとって恐怖の象徴であり、その儀式の最中に死亡事件が発生したのだ。

バーベキュー会場に到着するや否や、乃愛は周囲の雰囲気を鋭く観察した。人々は賑やかに笑い合い、食事を楽しむ中、何人かは小さく語り合ったり、神妙な面持ちで横目で事件の話を交わしていた。これが非日常でないかのように振る舞う彼らの様子にはどこかひっかかりがあった。

「ねえ、乃愛ちゃん、あの人たち、ちょっと変じゃない?」
彩音が指差した先には、儀式の中心人物と思われる若者たちが神妙な顔で集まっていた。

「そうですわね。彼らは何かを隠しているかもしれません」
乃愛の目が瞬時に氷のように冷たくなった。

彼女たちはまず、依頼人を見つけるために会場の事務所へ向かうと、さっそく儀式を執り行った宗教団体の責任者と思われる男性に出会った。依頼人は別の場所にいるらしく、状況を把握するために彼に話を聞くことにした。

「私たちはバーベキューの最中に起きた事件の調査に来ました。何が起こったのか教えていただけませんか?」
乃愛が丁寧に尋ねる。

男性は明らかに緊張している様子で、目を泳がせながら口を開いた。
「実は、私たちの団体では特別な儀式を行っていたのですが、突然に…」

「突然に、何が起こったのですか?」
乃愛が重ねて訊ねると、男性は言葉を詰まらせた。

「突然、儀式の中心で、心を取り戻したかのように見えた人が倒れたのです。その瞬間、私は…何が起こったのか、分からずに…」

「ちょっと待って。それは本当に偶然ですか?それとも何か気になることがあったのですか?」
彩音が空気を変えるように割り込む。

男性の動揺が一瞬大きくなった。
「私たちの儀式は…必ず成功を証明しなければならない。失敗することは許されないのです」

乃愛はその言葉がひっかかり、さらなる追及を探った。
「成功を証明するための圧力、他には?」

男性はしばらく黙って考え込んでいるが、その間、彩音の目が不敵に輝いていた。彼女は説得力ある笑顔で言う。
「私たち、あなたにとって邪魔者なんて思わないよ。むしろ、何か情報が欲しいと思っているだけ!」

その時、男性が振り返り、少し安心した様子を見せた。
「実は、私たちの団体の中には他の店舗の人たちも関わっていて、その中には…」
と彼が言いかけた瞬間、横から割り込むように声が聞こえた。

「誰が調査をしているか知る必要があるのか?私たちはただのバーベキューを楽しむためにここに来たのだ」

乃愛の眼光が鋭くなった。彼女の視線が、声の主を捉える。地元商店街の店主だった。彼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに不敵そうに笑い返した。

「まぁ、気になるのは仕方ないが、我々のやり方に口を出すんじゃないよ」

「我々のやり方ですか?」
乃愛は自分の気持ちを抑えながら、頭の中の推理を進め始めた。

その後、乃愛と彩音は会場を回り、他の出席者たちに話を聞くことにした。周囲の人々は無邪気さを装っているものの、彼らの目からは緊張感が漂っていた。乃愛はその中に明らかに不自然な証言を見つけた。たとえば、ある参加者は
「儀式のときに、誰かの声が聞こえた」
と言ったが、別の参加者は
「何も聞こえなかった」
と反論した。

「彼らの言葉に矛盾がある!」
乃愛はつぶやいた。彩音はすぐに理解した。
「つまり、何かが隠されているんだね!」

その矛盾の手がかりを基に、乃愛は自らの推理を次々と展開する。祭りという賑やかさの中に潜む、巧妙な嘘や隠された事実にたどり着こうとしていた。彩音の行動力も加わり、調査は進展した。

「確認したいことがあるのですが、当日の儀式に参加していた人たち全員に話を聞いてもいいですか?」
彩音がうなずく。

「もちろんですわ。では、少しずつ、水面下の事実に迫ってみましょう」
乃愛の心はワクワクとしてきた。

時が経ち、調査の結果、何人かの証言から地元商店街の店主に疑惑が集まった。彼がその日の儀式に対して何か不満を抱いていたことが、彼の発言や行動から浮かび上がってきた。

「どうやら、彼には社会からの期待に応えられないフラストレーションがあったのではなく、儀式の内容が彼にとって良くないものであったのかもしれませんわ」
乃愛が言うと彩音は驚いた表情で聞き返した。
「どうしてそう思うの?」

「彼が言った『我々のやり方』という言葉には、何かしらの特別な規範があると見ました。実際、儀式の中で成功を祈願するだけではなく、自身の存在を確認する儀式の側面もあったのでしょう」

彩音は目を大きく見開いた。
「その証拠はあるの?」

「色々と手がかりを集めているうちに、表向きの参加者たちの中にもそう聞こえる者がいたことに気付きました。彼は非常に不安そうでした。彼の言葉は正しくとも、精神的には追い詰められていると察しましたの」

その夜、乃愛は憂鬱な気分で海の波音を聞きながら考え込んでいた。彼女の頭の中では、証言が交錯し、さまざまな感情が渦巻いていた。自分たちが見逃してしまった手がかりがあるのではと、不安に駆られた。

「乃愛ちゃん、どうしたの?」
彩音が気遣いの声をかけた。

「少し、何かを感じるのですわ。すべての証言が繋がらない。そこに何かが隠れているかもしれません」
乃愛の言葉には、鋭い決意が滲んでいた。

藍色の空を眺めながら、彼女は靄がかかった記憶を解きほぐし、真実に近づこうとした。次の日、バーベキュー会場に向かう道すがら、乃愛は自分の考えをまとめる。

「この儀式は、もしかしたら彼らの生きざまを証明するためのものであり、その中に真実があったのでは?彼らはあの日の目撃者でありながら、心を閉ざしてしまった…」
乃愛は独りごちた。アイデアが膨れ上がると、邪魔者とするのが分かる店主の姿が浮かび上がりました。

彼らの社会的期待と、自身の存在意義。この交錯した重圧。乃愛の脳裏に、その答えがさらなる明確さを持つ。

再び、会場に戻り、乃愛と彩音はその商店街の店主に向くことにした。見えない結果が明らかに近付いているようだ。

「最近、何か不安でしたか?」
乃愛が直球の質問を投げると、彼はいつものように冷静さを保つよう装った。

「何もない、ただのバーベキューだ」
その瞬間、乃愛の心に“私たちがその真実に迫っている”という確信が走った。立ち止まることなく、彼女は無言の圧迫感で彼を睨みつけた。彼は、完全に心の準備ができていない。

「思い出して下さい。あなた自身がこの場で何を求め、何を必要としていたのか」
彩音が静かな声を上げた。彼女の穏やかな雰囲気が場を和ませ、店主は無言のまま少しだけ挙動を見せた。

「それは…ただ、屈服することなく、自己を求めた結果なのかもしれない。どんな存在も、一杯に溢れ出る期待感に耐えられないこともあるのです」
店主のつぶやきから、乃愛たちはそれが澱んだ思いであると理解した。

その瞬間、乃愛の表情が変わり、彩音がその結果を整理した。
「どうやら、あなたが直面した爆風が自分なんですね。成功を強要される場所で人を失うことは、許されない現実ではないかもしれません、理解しましたか?」

店主の背筋は冷たくなった。彼は呆然とした表情を見せ、苦しい表情になった。
「私が…私が…生きていることが、間違いだったのかもしれない…」

その反応に乃愛は、彼が羨望のまなざしで周りを見回している姿を理解できた。このような甘酸っぱい結末の背後には、彼が引き受けるべき重圧があったのだ。この出来事がすべて彼の運命を左右することから発生したのである。

「それでは、あなたには答えが必要ですわ」
乃愛が言った。そして、彼女はその真実を口火にかけるあたりまで考えを巡らせた。

事件の全貌が錆びついた船のように流れ、全員に敬意を表する時間が迫ってきた。ついに、乃愛は冷静さを保ちつつも、店主に向き合った。
「あなたが経験し、求めていたもの、他者との摩擦、そしてそれに圧し掛かっている期待に、向き合う時間をもっていただきたいのです」

静まり返る会場、乃愛の言葉は深く響き渡り、周りの人々はそれを待ち望んでいた。結局、彼は自己の存在証明のために、無理に誤魔化す必要がないことに気付いたのだ。

「私の心の中に結局、流れていたのは他者への期待や恐れだったのかもしれない…」
彼の言葉はか細くも確かな響きを持っていた。誰もが彼のために集まったと思い、乃愛と彩音は満足げな笑みを交わした。

この一件を通じて、果たすべき道筋も見えてきた。張り詰めた緊張の糸が切れて、全員が持つ敬意の羽を広げて新たなる時を迎えた。

この推理の結果、果たしてすべての答えが出揃ったのだ。人生には様々な選択肢があり、互いを理解しあうことが何よりも重要なのかもしれない。

その日、二人は海の夜風に吹かれながら、感謝を捧げる純粋さを思い出した。意義のある探求の旅は終わりを迎え、世界は再び希望に包まれることだろう。