第34話 「学園祭の恋心」

ある秋の晴れた日、学校の校庭は学園祭の準備に大賑わいだった。色とりどりのテントやブースが並び、さまざまな催し物の準備が進んでいる。私、黒川梨乃はその中心で、クラスの出展の一環として手作りのお弁当を作るために張り切っていた。今、私の心の中で一番の関心事は、同じクラスの村上和真君だった。

和真君は、ふんわりしたミディアムヘアを揺らしながら、楽しそうに仲間たちと作業をしている。その優しい笑顔が、心の隅々にまで届くような感覚がする。
「和真君、今日はお弁当を持ってきたの。後で一緒に食べる?」
とでも言えれば、少しは彼の気を引けるのだろうか。とはいえ、私の思いはなかなかそのように口に出せない。私の内面は、いつも彼への想いで一杯だからだ。

「梨乃、また和真のこと考えてるの?」
友人の美咲が、思い切りニヤニヤしながら私のそばに来た。

「えっ、何を言っているのですわ!」
私は思わず反応してしまう。顔が火照っているのが自分でもわかる。通常は冷静で優等生のイメージを保っている私だが、恋愛となるとどうしても裏返ってしまう。
「そんなことは…全然考えていませんわ」

美咲はふふっと笑う。
「でも梨乃、あの子を見上げる顔がすごく真剣なのはバレバレだよ。クラスのみんなも気づいているし」
言葉に反論しようとしたが、見つめている私は、まるで和真君の心に潜り込んでいるようだ。

「私はただ、和真君がどうしてるかなって思っているだけですわ」
と、思わずその言葉が漏れる。また自分の気持ちがバレてしまったのかと思い、焦りが生じた。

その瞬間、和真君が周囲の仲間に
「このお祭りは楽しみですね、みんなで協力して良いものにしましょう!」
と声をかけるのを見て、私の心はドキドキした。彼は周囲の人たちを思いやる優しさを持ち、まるで太陽のように周囲を照らしている。

その時、突然、可愛い声が響き渡った。
「お兄ちゃん、どこにいるの?」
その声は幼い子どもで、あちこちをキョロキョロと見回していた。周囲の人たちも、その小さな女の子が迷子になった様子に気付き始めた。

「大丈夫だよ、すぐに見つかるから」
と言いながら、和真君はその小さな女の子に優しく話しかけ、微笑んでいた。私はその光景を見て、思わずドキッとしてしまった。彼の優しさが、同じように私に向けられたらどんなに素敵だろう。

迷子の女の子を見ていると、無責任に見過ごすことはできなかった。
「和真君、私も手伝いますわ!」
と叫び、私もその女の子へと駆け寄った。
「大丈夫ですか?お兄ちゃんを探しているのですね?」

女の子は小さく頷きながら、涙目で
「うん…」
と言った。その瞬間、私の心の奥深くにある独占欲と、和真君に無視される不安が絡み合う。
「和真君には私が必要だって、ちゃんと理解してもらわなきゃ」
と思い、彼の気を引く一手を考え始めた。

和真君もその女の子の手を優しく握り、
「大丈夫だよ、一緒にお兄ちゃんを探そう!」
と笑顔を見せた。彼の心優しさは、どんな人間にも届くのだと気づかされる。内心、焦りが広がる。私は彼の隣にいるのに、彼の心を独占することはできない。それでも、
「和真君、私も一緒にいますわよ!」
と明るく声を挙げて、彼の傍らで女の子の手を引く。

私たちは一緒に、女の子の兄を探し始めた。すると、間もなくして、男の子が
「○○ちゃん!」
と呼ぶ声が聞こえた。男の子の姿を見た瞬間、女の子はぱっと目を輝かせ、元気に駆け寄った。

「お兄ちゃん!」
と、彼女は大喜びで抱きついた。兄妹の再会を見て、私は心の中で微笑んだ。和真君もにっこりと笑っていた。
「良かったですね」
と彼は無邪気に言い、また新たな人への思いやりを示した。

しかし、私の心の中には不安が渦巻いている。
「この瞬間が、私の存在を和真君に気づかせるものになるはずだ」
と思ったが、実際には彼が他の人に優しく接する姿が、私自身の心の狭さを示しているようだった。

「では、私たちはこれで失礼しますわ」
と言い、恥ずかしそうに笑う。女の子とその兄が幸福そうな顔をしていると、和真君もその仲間に目を向けた。
「梨乃、ありがとう、とても助かったよ」

その言葉に、私の心は一瞬明るくなった。しかし、何かが胸の中でひっかかっている。
「彼に助けられたのは私なのに、彼は私のことをどう思っているのだろうか」
と、思い悩んでしまった。

一緒に迷子を助けたことが、私たちの距離を縮めることに繋がるかは疑問だったが、それでも和真君の優しさをこうして見られたことは幸せだった。心が精一杯張り裂けそうになるほど、彼への思いが募る。

「じゃあ、私は黒川として頑張るぞ!」
と自分に言い聞かせて、次なるアプローチを考えることにした。和真君には愛が重いことを気づかせたいのだ。

お祭りも進行している間、私はお祭りの準備が進む中、彼の存在をいつも意識していた。美咲が
「梨乃、もう一発奮起してみない?」
と励ます中、私は
「ここにいるかも!」
と心の声を出し続けた。

この日の出来事を胸に、次の機会こそは和真君に一歩踏み出すチャンスをつかもうと決意していた。彼のそばにいたら、どこまでも続く道を行ける気がした。

ここからどのように彼にアプローチし、私の気持ちを伝えるのか。自分の気持ちを向けることはとてつもなく難しい。だが、少しずつ進んでいく中で、
「和真君、私と一緒にいてくれる?」
と憧れの声を夢見ながら、次第に思いを実らせる日がくることを願っていた。

この学園祭は、私たちの仲が深まるきっかけとなるのだろうか。それとも、この思いは永遠に重すぎて届きそうにもなく、さて今後どうなるのか?私は期待と不安が入り混じりながら、一歩踏み出すその日を待っていた。