久遠乃愛は、大学のキャンパスの喧騒の中で静かに佇んでいた。彼女の黒髪は微風に揺れ、ロングストレートの髪が美しい線を描く。その姿はまるで、古典的な探偵小説から飛び出してきたようだった。乃愛は、心理学や論理学の勉強に余念がなく、周囲の出来事を観察するのが好きだった。しかし、彼女の心は、最近の出来事に少し引っかかっていた。
「乃愛ちゃん、また不気味な噂を耳にしたわ」
彩音の明るい声が耳に飛び込んできた。茶髪のボブカットが特徴の幼馴染み、雪村彩音はいつでも明るく、乃愛とは対照的な性格だった。
「何か具体的な内容ですの?」
乃愛は微笑みながら、彩音の話に耳を傾けた。彩音は目を輝かせて話し始めた。
「最近、喫煙所で幽霊が出るって噂が広がっているの。みんな怖がって、近づかないんだって。あの場所、なんか怪しいよね!」
乃愛は少し考え込み、喫煙所の場所を頭に浮かべる。そこはキャンパスの隅に位置し、普段は人が少なく、陰湿な雰囲気が漂っていた。彼女は興味を抱かずにはいられなかった。
「なるほど、面白いですわね。では、調査に行きましょうか」
その日の午後、乃愛と彩音は喫煙所に向かった。陽射しが木々の間から、ちらちらと彼女たちに降り注ぎ、周囲の静けさが逆に不気味に感じられた。乃愛は一歩前に出て、周囲を観察する。
「この場所、普段あまり人が来ないようですわ」
彩音は周囲の様子に夢中になりながら言った。
「そうだね。でも、幽霊って単なる噂かもしれないよ。何かの間違いで、誰かが見間違えたのかも!」
乃愛は首を横に振った。
「幽霊が出るという証言が多いのなら、何かしらの理由が隠されているはずですわ。確かめる必要がありますね」
二人は喫煙所の周囲を探検し始めた。彩音は手元のスマートフォンで、ネット上の情報を集め始める。
「ねえ、ここに書いてあるけど、数日前にここで目撃したという学生の証言があるの。あの、最近登校しなくなった謎の学生についても書いてあるよ」
と言った。
乃愛は興味を抱き、彩音に尋ねた。
「その学生について、もっと教えてちょうだい」
「うーん、名前も顔も分からないけど、いつも一人でいるらしいの。人ともあまり話さないみたい。だから、噂になっても誰も何も知らないというわけ」
と彩音は続けた。
「ふむ、珍しいですね。けれど、彼がこの幽霊騒ぎに関わっている可能性を考えてみるべきですわ」
時間が過ぎ、日が沈むと、二人はさらに調査を続けた。次に、目撃者の一人を探し出すため、学内のカフェテリアへ向かうことにした。彩音はすぐに人に声をかけ、
「あの、喫煙所で幽霊を見たって微妙な噂を聞いたんだけど、何か知っている人はいない?」
とラフな感じで尋ねる。
数人の学生たちが興味を持ち、その噂について熱心に語り合い始めた。
「確かにあの場所、本当に怖い。ある学生が実際に幽霊を見たと言っていた」
いくつかの証言を集めていく中で、乃愛は興味深い矛盾に気が付いた。ある学生は、幽霊が現れた時間帯と他の学生の証言が食い違っていることを指摘した。
「それに、あの学生が言っていたのは、いつも一人でよくいる人のことよ。彼、確かにどこかの時間帯に見かけたことがあるわ」
乃愛はその証言を注意深く聞きながら、考えを巡らせた。
「何かしらの根拠が必要ですわね。また新たな証人を見つければ、全体像がはっきりするかもしれません」
彩音は再び人に尋ねる。
「その、一人でいる学生の名前や見た目を知っている人はいませんか?」
すると、ある学生が手を挙げて言った。
「ああ、あの子のことなら、名前は知らないけど、毎日同じ場所で一人で座ってる。眼鏡をかけてて、ちょっと無表情な感じだよ」
彼女は指でキャンパスの一角を指し示した。
乃愛と彩音はその方向に目を向ける。乃愛の頭の中には、目撃した学生の顔が思い浮かぶ。何か重要な手がかりを見逃している気がした。
「では、彼に話を聞きにいきましょう」
乃愛は決意を固めながら立ち上がった。彩音もその後についていく。彼女は少し緊張しつつも、乃愛に寄り添いながら前に進んだ。
目撃した学生がいる場所に近づくと、彼がベンチに座っている姿が目に入った。乃愛はその横に立ち、
「ちょっと、お話を伺っても大丈夫ですか?」
驚いた様子で彼は顔を上げた。冷たい視線を向けてきたが、乃愛は優雅な態度を崩さなかった。
「ここで怖い噂が広がっていると聞きましたが、その噂について何か知っていますか?」
彼は沈黙のまま考え込んでいた。
「うーん、ああ、何か見たような気がする。でも、私はそのことを気に留めていなかったから……」
その時、彩音が優しく声をかけた。
「私たち、あなたの話を聞きたいだけなの。何が起こったか知ることができれば、みんなの助けになるかもしれないから、教えてもらえない?」
目撃した学生は少し怯えた様子で、やっと口を開いた。
「喫煙所で、確かに誰かの姿を見た。あの影はとても奇妙だった。本当は見間違いかもしれないけれど、それを忘れられない。何か……不気味だったから」
乃愛はその話に耳を傾けながら、彼の不安に共感した。もし、彼が本当に何か見たのなら、それはさらに重要な手がかりになるかもしれない。
「その影がどのように見えたのか、もう少し具体的に教えてちょうだい」
彼はため息をつき、少し抵抗しつつ答え始めた。
「確かにその影は、一瞬だけ現れた。背が高くて、白い服を着ていたと思う。でも、他の人が見えないような、なんとも言えない感じだった」
乃愛はその特徴に注目し、ふと気付く。よく考えたら、白い服を着た何者かが実際にこの場所に現れるなら、それは特定の学生とは関係がないだろうか?彼女はその考えを抱きつつ、他のことも考え始めた。
「その皮膚が青白かったり、何か不気味なものがあった?何か特別な印象が残っているかしら?」
乃愛は目を細めながら聞いた。
「うーん、特別な印象はなかった。ぶっきらぼうで、ただそこにいるだけだった。私はあまり気にしてなかったから」
と彼は言った。
その場が少し沈黙に包まれる。乃愛はその学生の様子を見ながら、背後に潜む別の事件の真実を掴もうとしている気がした。そして、彼の口から漏れる情報が、何かしらの暗示であることに気付いた。
「少なくとも、私たちは他の証人の情報を集め続ける必要があります」
乃愛は彩音に目を向け、
「もし、手がかりが得られれば、事件を解決する糸口になるかもしれませんわ」
そう言って、乃愛たちは今一度キャンパス内を捜索し始めた。少しした後、乃愛の目に留まったのは一つの手紙だった。
「学校の伝説」
と題されたその手紙には、幽霊についての詳しい話がつづられていた。
「これは違う意味で興味深いですわね。学校の伝説がどのように私たちの事件に関わってくるのかを探ってみるべきですわ」
彩音も興味津々の表情で首を脳天的に振った。
「どんな内容か、見せて!」
乃愛はその手紙の内容を朗読し始めた。
「この学校には、かつて自分を助けられなかった同級生のために、死してなお彷徨う女子学生の幽霊がいると伝えられています。彼女の言いしもは、自分で手に入れられなかった友人たちの喜びを奪ったことを悔い続けているというのです」
彩音は驚いた表情をして、
「たしかに、これが最近の幽霊話と関係しているかもね。過去の出来事が影響を及ぼすなんて、実に面白いわ」
乃愛は考えが巡っていく。霊的なものが無関係ではないのかもしれない。過去の事件が、目撃された誰かとは異なる形で、今の出来事に影響を与えている可能性がある。そうした複雑な関係性が、両者をつなげているのだろうか。
彼女たちは手紙を元にさらなる証言を集めつつ、幽霊が目撃された時間帯に再度喫煙所に戻ることにした。喫煙所は静まり返り、夜の闇に包まれていた。彼女たちは、再び彼女たちの目を細め、不気味な静けさを感じる。
すると、突然周囲で何かが動いたように感じた。乃愛は一瞬動きに気付き、目を向けるが何も見えない。
「見間違いかもしれませんが、危険が隠れているような雰囲気を感じますわ」
と冷静に言った。
彩音は少し怖がりながらも、
「でも、これで終わりなの?」
と不安を露わにした。
乃愛はその無言のやり取りの中からも、何か重要な手がかりを見極めたいと思っていた。
「見えるものだけが真実とは限りません。私たちが引き寄せる真実は、必ずしも目に見えないかもしれませんわ」
乃愛は少し元気を取り戻した様子だった。
そして、とうとう彼女たちは決定的な瞬間に出会うことになる。別の証人が、妙に不気味な体験を語りだした。
「あの場所で、誰かが一人で立ち尽くしているのを見ました。私が近づこうとした瞬間、彼は消えてしまった。言葉も通じなかったし、本当に幻だったのでしょうか?」
何かが通じ合い、乃愛はその話を消化しつつ、ついに真実にたどり着いた。キャンパス内でそれまで多くの証言が寄せられ、そして最後には失われていた何かが残っていた。彼女の頭の中は、全てが繋がるような感覚に包まれていた。
「彩音さん、あの幽霊騒ぎの正体を知るためには、もう少し調査が必要ですわ。この学生が本当に無表情のままいる理由や、実際に見えてしまう幽霊の背後に潜む真実を探りつつ進める必要があります」
乃愛は再び前に進もうとした。
……だが、その瞬間、何かが彼女の目に映り込んだ。それは、全く知らない学生の姿だった。彼は異様な雰囲気を放ち、まるで周囲が見えないかのようにその場に立っていた。乃愛は今こそが真実にたどり着く時だと思い、確認するべくその学生に近づいていった。
「失礼ですが、あなたの名前は何ですか?」
「……自分は、ここにいるはずの人間ではない」
と彼は静かに言った。乃愛はその言葉に引き込まれ、彼がただの学生以上の何かを持っているように感じた。
和彩音もドキドキしながら近づき、
「本当に、あなたが幽霊と関係しているのですか?」
と尋ねた。
彼は沈黙を破り、
「ああ、かつてここにいた人間に思いを馳せている。静かに、その歴史を見つめているだけだ。自分の名前は気にしないでほしい」
乃愛はその言葉を噛み締めた。彼の存在が分かれば、全ての謎が解けるかもしれない。彼に対して確かな邂逅の感覚が生まれ、
「なぜあなたがここにいるのか、教えてもらえるかしら?」
「それは過去の出来事で、決して忘れられないものだ」
と彼は微かに言った。乃愛の心は高鳴りつつ、全ての真実を掴むために向き合った。
こうして、乃愛たちは闇の底から浮上する真実に向かって進み続ける。疑問の数々が解けていくにつれて、事件は露わになっていく。真髄が何であるのか、乃愛はその全貌を理解する。
最後の瞬間、彼女が抱く結論はある一つの口を経て繋がっていった。
「あなたがこの過去に埋もれてしまった理由は、他の者たちに影響を与えたから。あなたが守ろうとしたこの場所も、遥かに繋がり合うことになるのですわ」
……そのように明らかになった瞬間、事実のすべてが、和らいでいく。乃愛の推理は完ぺきに結実し、彩音と共に、新たな形で事件が吹き飛ぶ。幽霊騒ぎは、ただの噂ではなく、真実が隠れていることを確信し、彼女たちはその先へと旅立つのであった。
事件は解決し、何か新たな謎と向き合う時間に入る。乃愛と彩音は再び冒険を重ね、未来への挑戦を待ち望むのだった。散りばめられた謎は、常に彼女たちの探求を誘う。
乃愛はその瞬間、冷静に思った。
「推理小説の中では理解していたつもりでも、現実が持つ真実は常に変わり続けるものですわ」
彼女は新たな旅立ちを心に決め、彩音と共に歩きながら、前へと進んでいくのだった。彼女たちの物語は、ここで終わることはない。