黒川梨乃は、静かな学校の朝にすっかり溶け込んでいた。彼女の長いロングヘアが、少しずつ日は昇るごとに光を浴びて輝く。冷静で優等生としてのイメージは、まさに完璧だった。しかし、内面には、別の世界が広がっている。学校という舞台の上で、彼女は
「村上和真」
という一人の天然男子高校生に、どうしようもない恋心を抱いているのだ。
「和真くん、今日も可愛いですわ」
彼を一目見るだけで、心臓が高鳴る。そう思うと、自然と微笑みがこぼれる。しかし、そんな彼女の心の動きは、周囲に隠すことはできなかった。クラスメイトたちは既に、梨乃の和真への強い想いに気づいている。
「また梨乃が和真を見つめてる」
とか
「梨乃、和真のこと、好きなんじゃない?」
などと囁かれる姿を眺めるのは決して気持ちのいいものではなかった。
そんな中、今日も朝のホームルームが始まった。ドアが開くと、和真がのんびりと教室に入ってくる。今日もまた、ゆったりとした動きで自分の席に向かうだけだ。ふんわりとしたミディアムヘアが揺れ、その優しい笑顔が放つオーラに、梨乃は思わず心を奪われる。
「皆さん、おはようございます」
担任の先生が教室に入ると、梨乃はその声に引き戻された。彼女は心の中で
「ここが落ち着く場所ですわ」
と呟き、再び眼差しを和真へと戻した。彼は、特に何も考えることなく、ついと椅子に座る。ああ、何て無邪気な態度だろう。もう、どれだけの時間、彼を見つめていることだろうか。
「黒川、しっかりしろ」
同じクラスの友人の声が耳に入る。
「ええ、もちろんですわ」
と甘えるように返事をし、彼女は再び和真を見つめた。彼がいるだけで、この教室は温かくなる。梨乃は和真のことを思うと、心が満たされる感じがしていた。内心の秘密を抱えたまま、彼女は背筋をピンと伸ばし、先生の言葉に耳を澄ませる。
やがて授業が始まり、思わぬ展開が待ち受けていた。全てがいつも通りに進む中、突然、和真が居眠りを始めたのだ。彼がパタリと前の机に頭を伏せて、まるで揺りかごにでも入っているかのように、スヤスヤと寝息を立てているのを見て、梨乃は思わず心の中で動揺した。
「どうして、和真くんが寝ているのですか」
「絶対に起こしてあげなきゃ」
彼が眠りについた瞬間、彼女の心に思いが渦巻いた。彼が目覚める前に、自分の気持ちを伝えたい一心で、手が勝手に動いてしまう。
「ちょっと、和真くん。お昼ごはんのおかず、作ってきたのですわ」
しかし、彼女が立ち上がる前にクラスメイトの誰かが、
「村上、授業を受けなさい!」
と声をかけた。すると、彼は驚いて目を覚ました。
「あれ、どうしたの?」
和真は、まるで夢から覚めるかのように、自分の周囲がどれだけ騒がしいのかを理解していない。
「和真くん、居眠りは良くないですわ。ちゃんと授業を聞きましょう」
どうして、彼には分からないのだろうか。この愛の重さに、少しでも気づいてくれたら…そんな思いが彼女の心を打つ。
「うん、そうだね。ごめん」
和真はちょっと恥ずかしそうに、笑顔を見せる。その瞬間、梨乃の心はぐっと引きつけられた。彼の笑顔は、一体どれほどの力を持つのだろう。心の中では
「私がいるのに、どうして居眠りするのですか!」
と訴えているのだが、その言葉は口には出せない。
授業が進むにつれて、梨乃の心も揺れが激しくなっていった。和真が身を乗り出して、先生の話を聞く姿は素直に可愛らしい。その姿を見つめながら、彼女は自分の気持ちをひたすら抑える。
「私が彼を支えなきゃ。居眠りなんか、させたくない。彼のこと、もっともっと知りたい」
と思った時、彼女ははっとした。この思いを、どうやって伝えればいいのかしら?
心がいっぱいになりすぎて、考えがまとまらなかったが、梨乃は決意した。昼休みには、きちんと和真に自分の手作り弁当を食べてもらおう。そして、その時に彼に対する想いを少しでも直接伝えよう。そう考えると、胸が高鳴った。なのに、彼にアプローチすることが、こんなにも怖いとは。
そして、昼休みの鐘が鳴るとすぐに、彼女は弁当を大事そうに抱えて、和真のところへ向かう。
「和真くん、こちらでお昼ごはんを食べませんか?」
と言いながら、彼の横に座る。教室の中には友達たちのざわめきが溢れていたが、彼女の心は和真に向けられている。
「お弁当、どうかな?」
彼を見上げると、彼はお弁当を見た瞬間、嬉しそうに目を輝かせた。
「すごい、梨乃のお弁当!ありがとう!」
その笑顔を見るだけで、梨乃はもう何もいらないと思えた。彼の喜びが、自分の喜びに変わる瞬間だった。
「よかったですわ。今日は特別に目玉焼きを入れてみました」
彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。和真は
「いただきます!」
と元気に言い、彼女の作った手料理を一口ほおばった。
「おいしい!」
その言葉には、何よりも力強い愛のメッセージが込められていると思った。
その後、和真はお弁当を食べながら、梨乃に対して自然な会話を交わす。
「黒川、最近は私たちのクラスも楽しいね。梨乃がいると、雰囲気が明るくなるよ」
いきなりの褒め言葉に、梨乃はドキッとする。ああ、やっぱり和真くんは無邪気で素敵。彼の言葉一つで、全ての日常が美しい瞬間に変わる。もうこのまま、彼が秘密にしていることを知りたいと思ってしまう自分がいた。
「和真くんは、本当に優しいですわ。みんなのことを思いやる心が素敵ですわ」
「いや、そんなことないよ。みんな優しいから」
彼は控え目に笑って言った。その言葉に梨乃の心の中には、優しい光が差し込む。しかし同時に、彼は私の気持ちを知らない。まだまだ気づかない永遠の天然ボーイなのだから。
その後、授業が再開されると、梨乃は何度も和真の方を見やった。暑苦しく思える彼への想いは、ますます募っていく。しかし、彼は教科書を開いてじっくりと話を聞き続け、その姿勢にはすがすがしささえ感じる。
その瞬間、彼女は思った。
「何があっても、和真くんを守りたい」
と。彼は無邪気で、私にとっての宝物だ。どんなに愛が重くとも、彼にはそれを受け止めてほしい。心が締め付けられるような興奮と緊張感を抱えながら、梨乃はただ彼を見守ることにした。
教室の窓から差し込む光が、どこか柔らかで温かい。彼との時間が少しでも長く続くように、そんな願いを込めて、梨乃は心の中で愛のメッセージを捧げ続けるのだった。やがて彼女の微笑みが、彼にも通じると信じて。