第25話 「四葉のクローバーと恋の行方」

校舎裏に広がる緑の芝生の中から、日差しを浴びながら微風が心地よく染み込んでくる。今日は四葉のクローバーを探す日。クラスでのさりげないイベントだが、私、黒川梨乃は普段の生活の中で溢れ出る彼(村上和真)への思いを色々な形で表現できる良い機会だと、胸を高鳴らせていた。

「和真くん、今日は一緒に探す?」
と、彼に向かって声をかける。私の声には恥じらいの気持ちなど微塵も込めない。これこそが、彼に対する私の真剣なアプローチなのだから。しかし、和真くんはというと、まったく私の心情に気づかず、
「ああ、もちろん!」
とチャンネルを合わせてくれる。

彼の笑顔は心を和ませ、少しでも一緒にいる時間が増えることを願ってしまう。だけど私は、彼の関心を引こうと思いつつ、最近少し心配することがあった。

私の行動が明らかになっているのではないかという懸念だ。クラスメイトたちは、和真くんを見つめる私の目つきや、彼の行動をベッドのようにずっと追っている私の姿に、さすがに気づいている。彼にもそれを伝えてしまったら、もしかしたら彼は私を不気味に感じてしまうのではないかと、恐怖を持っていた。

私が名前を呼ぶとき、普段は
「黒川」
と下の名前で呼んでくれるのだけれど、今は
「梨乃はどれくらいのクローバーが見つかると思う?」
と問いかけてくる。自然な流れで友達感覚だが、もっと私たちの関係を深めたい。お互いの距離を縮めたい。どうにかして、彼に私の思いを伝えたい。

「和真くん、きっと四葉のクローバーを見つけるには、この場所が一番いいと思うの」
私は一歩前に進み、あえて和真くんの目の前に立ってみせる。緊張する心に外見を整え、彼との空間を楽しみにしていた。この瞬間に全てをかけているのに、和真くんは
「うん、いいところだね!」
とにっこり。まったく、天然な彼には本当に困る。

探し始めるものの、私が目を細めてクローバーの葉を探している時、彼はその横で虫でも見つけたのであろうか、地面に這いつくばって何かを見ていた。私の心は一瞬、和真くんがどんな虫に夢中になっているのか、彼の優雅さに感心する時間を許してしまった。

しかし、数分後、和真くんが近寄ってきて、嬉しそうに
「梨乃、これ見て!」
という。手には小さな虫がちょこっと握られ、
「すごく変わった形をしているんだ!」
と誇らしげに見せてくる。私は一瞬、戸惑う。これが私たちのものではないと気づいた瞬間、言葉が出てこなくなる。

「ちょっと怖いかも…」
そう言おうとした時、和真は
「梨乃は虫が苦手なの?」
と真剣に聞いてくる。そう言われると、私は内心で
「そんなことはないわ!彼に自然に振り向いてもらいたいだけなのに」
と焦りながらも、冷静に
「うん、実はちょっと…」
と告白する。すると彼は
「じゃあ、悪いことをしたね」
と言いながら、その虫を手の中に戻した。

私が虫に対して否定的な態度を見せた瞬間、和真くんは自分を責め始め、
「もっと考えてあげればよかった…」
などと言う。私は思わず、
「違うの、和真くんが悪いわけじゃないのよ」
と心で叫んでしまう。

この天然な鈍感さが、私の思いを伝えることを妨げている。彼の優しさが仇となるなんて、なんて皮肉だろう。そう思う余裕もないほど、彼を見つめて心を叫ばせている。その横顔は、美しい大きな木のようで、何かを理解せず伸びゆく芽を見ているような気分にさせられる。

再びクローバーに目を向けると、和真くんも一緒にサポートをしてくれる。
「この辺はどうかな? ああ、こっちも探してみる?」
彼は私の横で手を動かし、楽しむ様子。それでも私のドキドキと恥ずかしさは強く、彼の横で心が一層高鳴る。そして、私の目に留まったのは、あの伝説の四葉のクローバーだった。

「和真くん、見て!これ、きっと四葉だよ!」
私は自分の発見を誇示したくて、嬉しさのあまり声が弾けるように響いた。

「本当だ!すごい梨乃!」
彼もまた、私の喜びを素直に分かち合う。私の心は、この瞬間に彼との距離が一気に近づいたように感じた。私の想いが成就する瞬間なんて、どうせ小さいことと思っていたけれど、彼とともにこの一瞬を楽しむことで、少しずつ心が満たされていく。

手のひらにある四葉のクローバーを、私は彼に差し出して見せる。
「これ、和真くんにもあげたいと思って…」
まだ冷静でいなければいけない思いと、心がはじけそうな欲望が同時に押し寄せてくる。

「ありがとう、梨乃!すごく嬉しいよ」
和真くんの輝く笑顔。私はその瞬間に心の中で
「やっぱり私、今すぐ彼に告白してもいいんじゃないか」
と思った。

ただ、同時に恐れも生まれる。彼に重すぎると思われやしないか、私の想いが彼を逃げさせる原因となるんじゃないか。思うことが多すぎて、心の中にある想いが嬉しさに変わっていくのが伝わってくる。気がつけば、私は彼との間に新しい絆のようなものが結ばれている気がした。

「和真くん、これからも…ずっと一緒にいて、一緒にクローバー探してくれる?」
意を決して質問してみる。彼の瞳が一瞬、驚いたように大きくなる。

「もちろん!友達だからね、梨乃」
との答えに、どえらい緊張感が走った。それでも、私は心の中で
「友達以上の絆を育てたいのに、どうして友達なんて言うの?」
と思い、少し不満が残る。

フワリとした花の香りが漂い、彼の笑顔がそこにあった優しさを確かめるように、私たちの間を包み込む。一瞬、私はその香りに包まれ、何も言えないまま彼と向かい合った。あの瞬間、私たち二人の間には、あの四葉のクローバーと同じような運命的なつながりを感じた。

何かが、少しずつ動き出している。私の心も、彼にそっと触れ合おうとしている。そして、ただの友達などという言葉の限界を越えて、私の心が彼と通じることを切に願った。この時が一瞬でも長く続くことを願いながら、私たちは静かに昨今の空気に埋もれていた。

結局、私の心の叫びは未だ彼には届いていない。だけれど、私はいつか和真くんに自分の想いをきちんと伝えられる日が来ることを信じている。

四葉のクローバーの運命のように、運命だって私にはまだ在るに違いない。そう、信じていたい。私の恋心は、今始まったばかりだから。