黒川梨乃は、図書室の隅で静かに本を読みながら、心の中で和真くんのことを考えていた。彼は同じクラスの天然男子で、ふんわりとしたミディアムヘアと明るい笑顔が特徴だ。彼の無邪気な笑顔を見る度に胸が高鳴り、同時に彼の純粋さに惹かれてやまない。
「和真くん…今日は図書室に来ているかしら」
梨乃は本のページをゆっくりめくりながら、何度も彼の名前を呟いた。彼がこの静かな図書室にいるかどうか、確認したい衝動に駆られる。普段は冷静で優等生と見られている彼女だが、和真に関することになると、その想いはまるで洪水のように押し寄せてくる。
私のことを知っているのは、彼だけ。
その時、図書室の入り口から、村上和真がふらりと入ってきた。彼の存在を感じた瞬間、梨乃の心臓は不規則に鼓動し始めた。彼は大きく伸びをしながら、のんびりとした表情で図書室を掃瞄する。
「やっぱり、和真くんだ…」
彼の姿を見つけた瞬間、梨乃は急いで本を閉じ、彼に歩み寄った。彼の笑顔が、今日も彼女の心を掴んで離さない。
「こんにちは、和真くん」
心の中では、
「今こそ、想いを伝えるチャンス!」
と興奮しているが、表向きの冷静さを保ちながら言葉を発した。
「黒川、こんにちは」
和真は無邪気に手を振った。彼の声は明るく、温かみがあった。梨乃は彼の言葉の響きにうっとりしながら、和真の隣に座る。
「図書室に来たの? 何か探しているの?」
和真の無邪気な質問に答えるのは、いつもよりも少し恥ずかしかった。彼に興味を持たれることは、少しだけ我慢ならない。
「本」
を探す振りをしつつ、内心では彼の反応を伺っている。彼が私に向ける反応はどんなものだろうとドキドキしていた。
「ええ、その…一緒に勉強する本を探しているの」
梨乃は、心臓が高鳴る音に耳を澄ます。彼がこの言葉をどう受け取るのか、彼の反応が楽しみだ。和真は
「勉強か、いいね!」
と無邪気に笑った。彼の声には特に無関心さが混じっている。ああ、やっぱり気づいていないんだ。
「それより、黒川は何の本を読んでいるの?」
彼からの質問は梨乃を怯えさせた。心の中での迷いが表に出ないように、必死に平静を装う。もし心の底からの想いを語ったら、彼はどう反応するのだろうか。この瞬間、言葉がすぐに出ないほど、内心の葛藤が激しかった。
「えっと…恋愛小説を少し…」
その瞬間、彼は目を輝かせた。
「恋愛小説? どんな話なの?」
その質問に思わず心が踊った。自分の好きな物語を彼と共有できる、そんな嬉しさを噛み締めながら、梨乃は話し始めた。
「主人公が、誰かを好きになって、その人を一途に思い続ける話ですわ」
梨乃は読んでいる本の話をする。そして、その場面を思い出しながら、自分の心の中で和真くんへの想いがどういう形であったか、彼に語るかのように語りかけた。
「それって、すごく素敵だな」
和真の言葉が耳に優しく響く。彼はこの物語の正しい捉え方をしているのだが、梨乃には彼の背後に潜む心の声が浮かんできた。
私も、和真くんに一途に思い続けたい。彼のすぐそばで、ずっと一緒にいたい。
「私も、和真くんのことをこうやって思っている…かもしれない」
思わず口に出た言葉に、梨乃は我に返りおどおどした。彼はそれを冗談だと受け流してしまうのだ。天然の彼の反応を想像すると、ますます恥ずかしさがこみ上げてくる。
「何を言ってるの?黒川は、冷静な優等生じゃん」
彼は、笑顔を浮かべながらそう言った。そう、彼は私のことを冷静で理知的だとみなしている。果たして、彼は私の本心に気づく日は来るのだろうか。
「でも、私は和真くんのことを…」
受け止めてもらえない気がして、言葉を途中で止める。和真くんとのすれ違いが、私の心の中にうずまき続ける。彼が無邪気すぎることが、私の心にどう影響を及ぼすのか。そんな反応を見てしまうと、切なさが押し寄せてきた。
「そういえば、黒川はいつも誰かに手作りのお弁当を渡しているよね。どうしてそんなに美味しそうに作れるの?」
和真が話を変えた。それに少し安心しながら、彼の素朴な質問に答える。
「つ、つい、和真くんのために…」
冷静さを装っていたつもりだが、どこかはっきりした気持ちになってしまった。彼のためにお弁当を作ること自体、秘密主義の私にはつらいことだが、和真くんの笑顔を見たいからこそ、手作りするのだ。
彼はそれをただ
「美味しそうだね」
と無邪気に笑って受け取っていた。私はそれが嬉しくてたまらなかったが、同時に少し胸が締め付けられる思いもあった。
「和真くん、私は…」
再び、言葉が詰まる。内心焦る私に反して、和真は無邪気にスケッチブックを開き、何かを描こうとしている。彼が描くその姿が、余計に私の心を乱す。彼はもう何も気づいていない、その無垢な姿に私は惹かれてやまない。
「ほら、黒川も見てよこれ」
その瞬間、和真が描いた絵を見せてくれた。ふんわりとした動物の絵が描かれている。どこかピュアで愛らしいその絵に、思わず声を上げそうになった。
「可愛い、本当に和真くんは絵が上手ね」
心から称賛してしまう。彼は少し照れくさそうに笑って、その絵を通して私に興味を持っているような気がした。
「黒川も何か描いてみたらどう?」
和真の言葉が、私に新たな思いを与えた。彼が私のすることに興味を持ってくれている、その事実が心に響く。しかし、私はその先に進む勇気が出ない。
「ええ、そのうち…」
言葉の後に心にかかる影。それでも、彼が私に向ける無邪気な期待が、私の気持ちを少しずつ後押ししていくのを感じた。
「じゃあ、今度一緒に勉強でもしようか」
それに私は、次の言葉に思わず口を開く。
「ええ、もちろん」
和真くんとの約束が、私の心をわくわくさせる。同時に、彼の反応がどのようになるのか、心配でもあった。こんなに思いを抱えているのに、彼は気に留めてくれるのだろうか。
その日は、図書室で静かに過ごす時間がとても愛おしく思えた。しかし同時に、私の思いを和真くんに届かせるための悩みは、同じく重く心の中に居座っていた。
「月日が経つにつれて、和真くんの傍にいるこの胸の叫びをどう伝えようか」
梨乃はまた本を手に取りながら、心の中で彼に告白することを夢見ていた。彼との関係が進展することを願いながら、未来の可能性に思いを馳せる。