久遠乃愛は、キャンパスの一角にある小さな喫煙所へと足を運んでいた。彼女の隣では、相棒の雪村彩音が元気いっぱいに話しかけてくる。彼女たちはふたりとも20歳の大学生であり、同じ文学部に在籍している。
「乃愛ちゃん、今日の授業も楽しかったね! でも、ちょっと気になることがあるの」
と彩音が言った。彼の明るい声に何気なく視線を向けると、彼女は好奇心満載の目をしている。
「気になることとは、何ですの?」
乃愛は冷静な態度を崩さずに質問した。彼女は、お嬢様口調を貫くことで、社交的な彩音との対照的な雰囲気を醸し出す。
彩音は周囲を確認し、声を低めた。
「昨夜、友達の一人が急に昔の記憶を語りだしたんだけど、その内容に矛盾があって、何かがおかしいと思ったの」
「それは、確かに気になりますわね。どのような矛盾があったのか、詳しく教えていただけますか?」
乃愛は思考を巡らせる。彼女の推理が始まる予感がした。
彩音は深呼吸をし、話を続けた。
「彼は小さい頃に家族と一緒に海に行った話をしたんだけど、どうやらその家族とは別の場所に住んでいたって言ってたの。でも、その海は友達の家から距離が離れていたはずなんだよ」
乃愛はしばらく考え込み、発言を分析する。彼女は過去の推理経験から、記憶の詳細には必ず何かしらの手がかりが隠されていることを知っていた。
「その友達には直接話を聞いてみる必要がありますわね。他に気になることはありましたか?」
「うん、実はみんなが集まる喫煙所で話していたの。そこに、最近、何かと怪しい女性がいるのを見かけて……」
彩音が言った。
乃愛の心は一瞬躍った。彼女は直感的に、喫煙所が何かの鍵になるのではないかと感じた。「では、その喫煙所を見に行きましょう。私たちにとって、事件の真相を明らかにするための一歩ですわ」
喫煙所に近づくと、薄暗い場所に浮かぶ数台のスモークスタンドから立ち上る煙が漂っていた。そこには、朝の光に生える小さな木々と、周りに張り巡らされた疲れたベンチが無造作に置かれていた。
「ほら、あの女性! あそこにいる!」
彩音が指差す先には、長い黒髪を揺らしながら植木鉢を抱えた女性がいた。その姿はどこか不自然で、目を離せない。
「近づいてみましょう」
乃愛は慎重に行動を開始した。彩音は元気良く歩み寄り、女性の脇に立つ。
「こんにちは、この植物、どこで買ったの?」
彩音が無邪気に問いかける。
女性は驚いた表情で振り返り、笑顔を作った。
「これは、私が自分で育てたのよ。ぜひ買っていってね。でも、あまり詳しくは教えられないわ。私の大切な宝物だから」
透明な不安感が二人の間に漂う。
「大切な宝物……」
乃愛は思索を巡らせ、ふと思い出した。
「彩音さん、その方の眼鏡、壊れていません?」
確かに、女性がかけている眼鏡は片方のレンズが割れていた。乃愛は、この視覚的な手がかりに興味を持つ。
「ええ、確かに壊れていますね。それで、植物を育てていることに何か関係があるのかしら?」
乃愛が冷静に考えを深めると、女性の目が一瞬きらりと光った。
「私は心が揺れてしまっただけ、やってみるべきことがたくさんあったから……」
彼女は言葉を濁したが、その表情には何か暗いものが潜んでいた。
「彼女の視線から、何かが隠されている気がしますわ」
乃愛は語る。
「次に必要なのは、この女性の過去を探ること……ただし、彩音さんの行動力を利用して」
「うん、私が話をしてみるから! あの女性のお名前、知らない?」
彩音は元気よく提言した。
「調査が必要ですわ。自然に彼女のことをもっと引き出せるかもしれませんね」
乃愛は少し微笑みながら、彩音の決意に信頼を寄せていた。
日が沈みかけ、喫煙所の雰囲気が変わり始めた。乃愛と彩音は、女性に対して直接的に質問をする機会を伺っていた。何度目かの観察の中で、彩音は女性の隣のベンチに座る。
「お話を聞かせてくれますか? 最近あまり元気がないようですね」
彩音は手を差し出し、心優しく話しかける。
女性は少しの間、戸惑った様子で口ごもっていたが、次第に心の中を打ち明け始めた。
「実は、子供の頃からずっと家族のために、色々なことを背負って生きてきた。この植物たちは、私の家族を養うための手段……」
乃愛は沈黙を保ちながら、女性の言葉に耳を傾けていた。彼女の話には、家族のために無理をしている姿が浮かび上がってくる。
「でも、その選択が正しかったのか、自分を責めてしまうの。自分でもどうしたらいいのか分からなくて……」
と女性が涙をこらえながら言った。
この言葉に乃愛は、彼女の心理的な葛藤が今回の事件の鍵であることを確信する。
「この女性は、確かに何かを守ろうとしているのですが、それが本当の脅威であるならば、その事情を掘り下げる必要がありますわね」
ようやく、彼女が話し終えた後、乃愛は女性の視線を直視した。
「あなたは過去の記憶に縛られているかもしれませんが、それでも未来は変えられる。何を選ぶかは、あなたの心が決めることですわ」
女性の目には驚きが漂う。
「あなたたちは、私を……」
言葉を詰まらせながら、彼女は壊れた眼鏡を取り上げ、手を触れた。乃愛はその瞬間、彼女の心の鍵が開かれたように感じた。
結局、乃愛と彩音は、女性が小さな植物を育てるために、違法行為に手を染めていた事情を明らかにした。彼女の家族が困窮し、助けるために道を逸れてしまったのだった。喫煙所の暗い壺の如く、その影には様々な物語が詰まっていた。
「おしまいですわ、しっかりとこの問題を解決できましたわ」
「はい、乃愛ちゃん。そして、これから先は彼女が自分の選択をしっかりとできるようにサポートしますね!」
彩音の言葉には、新たな希望が込められている。
後日、乃愛は喫煙所に置かれた植物を見て、ふと思った。暗い場所にいても、明るい未来があることもあるのだと。その日、彼女は新たな仲間と共に、次の冒険に向けて行動を開始するのだった。