第15話 「恋心と嫉妬の間で」

黒川梨乃は冷静さを装いながら、心の奥底で燃え上がる想いを抱えていた。高校2年生の彼女は、同じクラスの村上和真に強く惹かれており、その気持ちは日々重くなるばかりだった。しかし、周囲のクラスメイトには、彼女の感情が少しずつ漏れ出していることに気づかれ始めていた。梨乃は、和真くんへの思いが他の誰にも伝わらないように、特に気を付けてはいたが、彼女の行動はどう見てもおかしなものだった。

特に密かに監視するような行動が彼女の心を一層焦がす。毎朝、給食の時間に和真くんのお弁当と一緒に持参した特製のお弁当を差し入れすると、彼は嬉しそうに食べる。その姿を見て、梨乃は心の中で小さくガッツポーズをする。気づいてくれているはず、と思う瞬間は彼女にとって至福のひと時だった。

今日は、いつもと違って少し肌寒い日だった。学校の水飲み場に近づくと、和真くんの姿が目に入った。彼は、ふんわりとしたミディアムヘアを揺らしながら水を飲んでいた。それを見た瞬間、梨乃の胸は高鳴った。今がチャンス!と思い、彼の近くに寄る。

「和真くん、ですわ」

すると、彼は水を飲み終えた後、少し驚いた様子で梨乃を見た。彼の優しい笑顔が、まるで太陽のように彼女の胸を温める。

「黒川、やあ。今日は寒いね」

言葉を発する彼の声に、梨乃は一瞬言葉を失った。天然で鈍感な彼は、彼女の気持ちには全く気づいていないのだ。そんな彼を見ていると、ちょっといじわるな気持ちが湧き起こる。彼が無自覚なだけに、梨乃は今の状況にドキドキが止まらない。

「和真くんがいると、寒さも忘れてしまう、ですわ」

彼の無邪気な返事を待ちつつ、梨乃は心の中で自分の言葉に恥じらいを覚える。もっと直球な言葉にした方が良さそうだが、どうしてもその勇気が出せない。

「そう言ってくれるのは嬉しいな。僕も黒川と一緒にいると、すごく落ち着くよ」

彼の言葉が直球で返ってくると、梨乃は想像以上の嬉しさに包まれた。しかし、同時に彼がそう言うことに、彼女の心には耐えがたい嫉妬が芽生えた。彼女の周りには他の女子クラスメイトが何人かいたが、どうしても彼女だけは特別であってほしいと願った。

小柄な体で、梨乃は思わず一歩前に出た。思わずその時の心情を表に出してしまいたい衝動が抑えられなかった。

「和真くん、私、和真くんが好きって言ってる子がいたら、どうするのですわ?」

思わず口に出たその言葉に、村上和真は困ったように目を細める。梨乃の心の中で、彼の反応を期待しつつ彼女はドキドキした。

「えっと、どうするんだろう。特に気にしないと思うけど、黒川が気にするなら何か言われたら対処するよ、でもまあ、放っておくかも」

彼のその返事を聞いて、梨乃の心は一瞬で真っ青になった。まさかの天然を発揮する和真くん。大胆な告白をしてきた女の子に対して、彼はまるで興味がないかのような反応を示した。

「どうして!?だって、和真くんは人気者なのに、どうしてそんな風に思ってしまうのですわ!?」

思わず言葉を継ぐと、今度は和真くんの驚いた顔を見た。やはりまだ彼には梨乃の気持ちがわからないようだ。彼の無邪気な反応は、梨乃にとっては逆に不安を煽る材料でしかなかった。

「俺、特に人気あるって思ってないから。むしろ、そう言われると恥ずかしいよ」

彼の素直な返事があまりにも可愛すぎて、梨乃の気持ちは一層複雑になった。同時に、彼の優しさに心を打たれるのも事実だった。どうして、素敵な和真くんがそんなに鈍感なの!と頭を抱えてしまう。

「でも、私が好きなのは和真くんだけ、ですわ」

一瞬で口に出過ぎてしまったその言葉に、彼は目を見開いた。驚きの色が彼の顔に浮かび、梨乃の心臓はバクバクと打ち始めた。

「え?黒川が、僕を?」

和真くんの驚く顔を見て、梨乃はやっぱり安心感を感じた。そう、彼はこういう反応をするから、全く気がかりな存在なのだ。

「はい、そうですわ。でも、和真くんが私を好きじゃなくても…。私はずっと、和真くんのことを好きでいる、ですわ」

年頃の少女らしい思いを真っ直ぐに伝えると、今度は彼の表情が和らいだ。

「それなら、いいよ。僕も黒川のことは大好きだし、感謝してるし。一緒にいると楽しいしね」

梨乃は彼の言葉にドキンとした。大好きだなんて言われて、彼女の顔は思わず火照る。天然な和真くんには気づかれなかったが、彼女の心の深い部分で嬉しさが弾け散った。

だが同時に、彼女の嫉妬心が無邪気な彼の周りに巣食う不安をかき乱す。彼が他の女子と仲良くしている姿を想像するだけで、心が締め付けられる気持ちになる。

「和真くんが他の女の子に優しくしていたら、私、どうしよう…。私だけの和真くん、なのですわ」

その想いを抱えたまま、梨乃は無邪気な彼を見つめ続け、何気ない会話を楽しむ。周りの視線を感じつつも、彼女はただ和真くんとの時間を大切にしたいと思っていた。

教室に戻る時間が近づくにつれ、梨乃の胸の高鳴りと不安が入り混じっていく。水飲み場での少しの会話が、彼女にとっては特別な思い出として残るだろう。しかし、彼女の中にはいつも心の闇が潜んでいて、その闇が再び顔を出さないかと不安を抱いていた。

「和真くん、今日は一緒に帰りませんか?ちょっとだけ散歩に行きたいのですわ」

その言葉に和真くんは少し照れた笑顔を浮かべた。梨乃はその瞬間、心が満たされていた。彼の瞳に映る自分をもっと近くで見てみたい、そう思いながら一歩近づく。彼の返事はどうなるだろうか。

「うん、いいよ!じゃあ、帰ろうか」

和真の優しい声が彼女の心に染みわたり、どんどん近づく二人。梨乃は心の中で何度も彼に繰り返す。

「私だけの和真くん、ですわ」

ふわりと舞う花びらと共に彼と歩む道は、これからも続いていくのかもしれない。これからの未来に、少しだけ希望を感じながら。