第9話 「恋する私と村上和真のもどかしい日常」

私が彼に恋をしていることは、もう誤魔化せない事実だった。毎日同じ教室で、村上和真が無邪気に笑う姿を見るたびに、胸の鼓動は高鳴り、言いたい言葉が喉に詰まって息苦しくなる。私は今日も彼に近づくための一歩を踏み出そうとしていた。

放課後の教室。私たちの部活のミーティングが始まる時間だ。部室は、心地よい温かさに包まれている。外では夏の陽射しが照りつけているけれど、室内はエアコンが効いていて涼しい。私は黒板の前に立って、今日の議題をまとめたノートを見つめていた。

「皆、集まったかな?」
と、部長の松本先輩が声をかける。彼女の優しいトーンが部室を包み込み、メンバーたちもそれに応じて話し始める。しかし、私はその声音が耳に入らない。頭の中はただ一つの思いでいっぱいだった。

「和真くん……」
心の中で彼の名前を呼びかける。

部室の後ろに席を置いた彼を見つめる。彼はいつも通り、ふんわりしたミディアムヘアをくしゃっと撫でながら、目を輝かせて資料を眺めている。その笑顔は、私の心を締め付けるほどだ。
「そんなふうに私以外の人に向ける笑顔、私だけのものにしてほしい」
と、思わず本音が漏れる。

「梨乃、資料の説明してくれる?」
松本先輩の言葉に我に返る。みんなの視線が私に向けられた。その瞬間、心臓が再び鳴り響き、冷静さを失いそうになる。息を整えて、心の渦を押し殺しながら、私は言った。

「はい、もちろんですわ」
冷静を装うが、内心はもどかしい。彼に私の存在を意識させたくてたまらないのだ。今がチャンスだと思う。

「まず、今年の夏祭りの企画なんですが……」

私はできるだけ分かりやすく説明を始めた。話しているうちに、彼の顔を何度も目にする。彼の笑顔や、時折見せる真剣な眼差しが、私の心の中に妄想を生む。
「もしかしたら、彼も私を気にかけているのかもしれない」
と。

やがて、ミーティングが進んでいく中で、他の部員たちが話し始める。村上もお人好しらしく、自分の意見を述べる。
「こういうイベントを通して、皆の絆も深まると思うんだ」
と、彼の柔らかな声が響く。みんなも頷く。

しかし、私の目には彼の周辺だけが映る。必死に追いかけるように、彼の言動を観察する。一言でも会話ができるように、隙を見て声をかけたい。心の中で
「和真くん、私を見てください」
と叫んでいる自分がいる。

近くの席に座っている同級生の田中君が、
「村上の言う通りだね」
と言って笑っている。それを聞いて村上は少し照れくさそうに微笑む。
「そういってもらえると、やる気が出るなあ」
と彼は言った。

その瞬間、思わず嫉妬心が湧き上がる。
「どうして、みんながそんなに簡単に彼に話しかけられるの」
と心の中が荒れる。少しでも私の存在を強くアピールするために、せめて言葉の一つでも彼に送りたい。

「和真くん、私たちのイベントの準備、一緒に頑張りましょうね」
声が自然と出た。彼は驚いた様子で私を見つめ、
「ああ、梨乃が手伝ってくれるの?嬉しいな」
と素直に返事をしてくれた。その言葉に、私の心は一瞬だけ高鳴り、生きていることを実感する。しかし、彼の言葉が嘲笑に聞こえることもあった。

彼の気づかないところで秘密を抱えることの苦しさが、私にとっては急に重く感じた。しかし、同時に私の心の奥底にある独占欲もスリルを与えてくれる。彼の行動を監視し、彼の周囲にいる他の女子を警戒する。そんなことで、心の底からの想いを形にしようと、焦る私がいる。

ミーティングの最後に、部長が
「次回のミーティングまで各自意見を出して、進めていこう」
とまとめの言葉を述べる。私も頷きながら、和真の動きを目で追ってしまう。彼が教室を出てみんなと別れた後、私は冷静を装って、その場を離れた。

帰り道、私の心は不安でいっぱいだった。
「和真くんは本当に私のことを何とも思っていないの?」
そんな考えが頭を巡る。あんなに優しい彼のことを、私が独り占めすることなどできるのだろうか。

夜、自宅に帰りつくと、これまでの出来事が思い返される。私は彼に思いを伝えたい。でも、どうすればいいのか。そうして、少し悩んだ後、心の底から感じたことを書き留めることにした。

「私は村上和真くんが好きです。ずっと一緒にいたい」
それを手紙にしてみる。心の中で、彼の手を引く自分を想像してみる。
「この言葉、届けたい。でも、彼は鈍感だから……」
と考えながらも、心の中には確かな想いが確かに存在する。

ようやく書き終えた手紙を見つめながら、
「これをどうするべき?直接渡す?それとも……どうやって彼の手元に?」
と、悩みは尽きない。そんな私の心の中を分かってくれるのは、彼だけ。

次の日の朝、心の準備が整った気がする。手紙を持って、教室に向かう。その途中で彼とすれ違う時が来る。彼はにこっと私を見て、何かを話しかけようとしていた。

「黒川、今日は……」
と彼が言ったその瞬間、心臓が止まる。私は手に持った手紙を思わず見せようとする。しかし、そのタイミングで別の友達が通り過ぎて、彼の視線がその子に移ってしまった。聞こえない会話が始まる。

「ん?どうしたの、梨乃?」
彼は少し不思議そうに私に視線を戻す。その瞳に焦点を合わせるだけで、私の心のどこかが崩れてしまう。
「手紙なんて、どうでもよかったのかな」
と感じさせられた。

思わず言葉が詰まる。彼と目が合った瞬間、私の心は
「逃げたい」
という感情に支配されてしまった。こんなふうに彼の前で壊れてしまう自分が嫌でたまらない。でも、だからこそ彼のことを思い続けることができる。

結局、手紙を渡すタイミングは取れないまま、私たちの一日は過ぎていった。そして、次第に私は彼に思いを伝えることの難しさを実感する。もどかしさと同時に、私の心の中には
「彼を独占したい」
という気持ちが渦巻いていた。

その日もミーティングが行われ、彼との距離が縮まることはなかった。でも、彼を思うとき、やっと自分が生きているんだと思えるから。ヤンデレな私の恋の行方がどうなるのかわからないけれど、いつかこの想いを彼に伝えられる日を夢に見ながら、日常を送るのだ。

気持ちが定まらないまま、私は毎日彼の横で笑い、彼の温もりに触れる。それが、私の少しだけ幸福な日常だから。