ある春の午後、久遠乃愛は大学の図書館の片隅で、推理小説の一節をじっくりと読み込んでいた。彼女の黒髪はロングストレートで、冷静な表情を浮かべるその姿は、まるで有名な探偵の小説に登場するキャラクターそのものであった。乃愛の脇には、幼馴染の雪村彩音が座り、時折彼女の勉強のことを気にするように覗き込んでいた。彩音は茶髪のボブカットで、明るい笑顔を絶やさない性格である。
「乃愛ちゃん、また小説を読んでいるの?少し勉強の手を貸してもいい?」
乃愛は微笑みを浮かべ、優雅な口調で答えた。
「彩音さん、わたくしはこの推理小説が気に入っているのですわ。ですが、学業も怠ってはいけませんね」
その瞬間、何かがふと彼女の心を掠めた。その日の授業が終わった後、アルバイト先から電話がかかってきたのである。
「乃愛ちゃん、バイト先の常連客がいなくなっちゃったんだって。何か事件が起きてるんじゃない?」
彩音の言葉を聞いて、乃愛の中で何かがこぼれ落ちた。彼女はすぐに目を覚まし、彩音のその発言に注目した。
「なぜそんなことが言えるのですか、彩音さん?」
「なんか、みんなその人がいなくなったことを心配しているみたい。騒ぎになってるよ」
乃愛はお嬢様口調ではなくなり、いつもとは違う真剣さを帯びた。彼女はすぐにアルバイト先へ向かうことを決意した。
「わたくしたち、今すぐ行きましょう」
彼女たちは急いでバイト先に向かうことにした。風が少し冷たく、心地よい春の香りが漂っていたが、その匂いの中には不穏な感情も含まれていた。
バイト先に到着した乃愛と彩音は、その場にいる仲間たちが心配そうに話し合っているのを見つけた。彼女たちが店内に入ると、途端に視線が集中した。
「乃愛さん、彩音さん…」
仲間の一人がたじろぎ、声を上げた。
「あの常連のお客さん、菊池さんが…いなくなったんです」
「菊池さん…ええと、確かいつもウィスキーを頼む方でしたわね」
乃愛は冷静に思い出す。すると、アルバイト仲間の一人が
「あの人には恋人がいるんだ。その人も心配してるって」
と続けた。
急に気まずい空気が流れる。乃愛はさらに質問を続ける。
「最近、何か変わったことはありませんでしたか?特に菊池さんの周りで」
仲間たちの表情が陰る。どうやら、菊池には何か秘密があるようだ。でも、その秘密は一体何なのか。
「実は…」
と話し始めたのは、アルバイト仲間の翠だった。
「菊池は最近、常にストーカーに悩まされているって言ってたんです。恋人を守るため、何か考えているようでしたけど、詳しくは教えてくれなくて…」
乃愛は思考を巡らせる。恋愛は時に危険を孕んでいる。彼らの間に何があったのだろうか。そして、そのストーカーの存在はどのように菊池の失踪に結びついているのか。
「この事件、私たちに依頼されているようですね、彩音さん」
乃愛はさらに考えを進めていた。
「まず、今も菊池さんのことを心配している人物を調べましょうか」
「さすが乃愛ちゃん、考えが早い!じゃあ私、仲間に聞いてみるね」
と彩音は張り切って立ち上がった。
彼女たちは事件解決に向けて行動を開始することにした。まずは、菊池の恋人である早紀に連絡を取ることにした。乃愛がその場でスマホを取り出し、早紀に電話をかけた。
「早紀さん、もしもし?菊池さんのことでお話ししたいことがあるんですが…」
会話をしながら、乃愛は早紀の声のトーンや、情緒の変化を注意深く観察する。早紀は菊池の失踪に深く心を痛めているようだった。
「彼、最近ストーカーに悩んでいて…私もすごく心配していました。でも、彼は私を守るために、何かを決意しているようだったのです」
その言葉が、乃愛の中にさらなる疑問を生み出す。ストーカーから恋人を守るために、菊池は消えたのだろうか。それとも何か他の理由があったのか。
「早紀さん、そのストーカーについてもう少しお話ししていただけますか?」
乃愛は冷静に続けた。
「最近、ある男性からの電話が多くてそのタイミングで菊池に会おうとしないって…。彼は私を守るために距離を置いたのかもしれません」
その返答は、乃愛にとって重要な手がかりのように感じられる。彼女はその情報を受けて、別の視線からこの事件を考え始めた。そして、彩音が周りにいる仲間たちに話を聞いてきたことを思い出した。
「それに関連して、私の仲間から聞いたのですが…菊池さんは最近、あるアルバイト仲間とよく話しをしていたみたいです。何か心配事を相談していたのかもしれません」
乃愛は思わず眉をひそめた。
「その仲間の名前は分かりますか?」
「えっと、確か…佐藤くんだったと思います。でも、あまり話をするようには見えませんでした」
早紀は不安そうに答えた。
「分かりました、ありがとうございました」
乃愛は通話を終え、冷静に彩音に振り返った。
「私たちはこの佐藤くんを探す必要があります」
その時、突如として事件の雲行きが怪しくなる。何かの拍子に、店内のゴミ箱の周囲で小さな封筒が捨てられているのを見つけた。乃愛はその封筒を拾い上げ、彩音と共にその場で中を確認した。
「これは…何かの証拠ですわね」
と乃愛は静かに言った。封筒の中には、菊池の恋人への手紙のようなものが入っていた。内容は、菊池が何らかの危険を感じていることを示唆していた。
乃愛はその手紙を読み終えた後、冷たい表情で彩音を見た。
「この手紙によると、ストーカーの存在が大きいようですわ。今、私たちが理解していることを元に活用しなければなりません」
彼女は言葉を続けた。
「それに、佐藤くんの行動も気になるところですわね」
「じゃあ、早速彼に会いに行こう!」
彩音は元気よく答えた。
彼女たちは佐藤を探しに行くことを決意し、大学内に向かった。その間、乃愛の頭の中にはストーカーの存在と、菊池の行動についての疑念が渦巻いていた。
大学のキャンパスに到着すると、乃愛と彩音は佐藤を探し始めた。数名の学生に尋ねながら、ようやく佐藤の位置を把握できた。彼は図書館の裏手、静かな場所にいるとの情報だった。
乃愛は少しドキドキしながらも、冷静な表情を崩さずに進んでいった。
「ここが佐藤くんがいる場所ですわ」
と乃愛は静かに言った。
彼女たちのそばに佐藤がいた。彼は少しぼんやりしていたが、乃愛たちに気づいて立ち上がった。
「君たちは…久遠と雪村だね?何か用か?」
「実は、菊池さんの行方について伺いたいことがありますの」
乃愛は自信を持って言った。
「菊池?ああ、彼のことは知っているよ。最近、ちょっと心配だって言ってたけど…気になることでもあるの?」
「実は、彼が連絡を取ろうとしていたストーカーのことについて聞きたいのですわ。何か知っていることはありませんか?」
乃愛は相手の反応を見つめながら質問した。
その瞬間、佐藤の顔色が変わった。彼は一瞬にして緊張し、視線を地面に落とした。
「よく分からないな、ただの噂だと思う。ただ…彼女には秘密を抱えているかもしれない」
佐藤は少し動揺して告げた。
「秘密というと、どんな内容なのかしら?」
乃愛は淡々とした口調で尋ね続けた。
「彼が言っていたことなんだけど…彼女が変な男に付きまとわれているって言ってた。でも、恋愛のことについては彼女には強い信頼を寄せてるみたいだった。だから、彼は彼女を守るために何かを決心しているんじゃないかと思う」
その互いに困惑した表情を見て、乃愛は再度思考を巡らせた。佐藤の言葉は何かを匂わせている。菊池はストーカーから守るために、早紀と距離を取って機を見計らっていたのだろうか。
「じゃあ、今から早紀さんのところに戻ろう。この情報を基にしないといけないわ」
乃愛は意を決して先を急いだ。
再び、早紀のもとに戻る。道中、乃愛は考えを巡らせる。
「一体、菊池はどこにいるのだろうか。彼の意図は何なのか…」
密かに不安を抱えつつ、彼女たちは再度早紀に向かうことにした。到着した時、天気は突然曇り始めた。
「早紀さん…またお話を伺いたいんです」
乃愛は一歩踏み出した。
「何か気になることがあったの?その後、何か分かったの?」
早紀の目は不安でいっぱいだった。
「実は、菊池さんの行動やその秘密に関して色々な話が出てきましたの。早紀さんも彼が避けていた理由を知っているのでしょうか」
乃愛は静かに質問した。
「彼…何か言わずに私を守ろうとしていたのかもしれない。私はそれを信じている」
早紀は悲しげに目を伏せた。
その瞬間、乃愛は何かがひらめいた。彼女は早紀に再度目を向けた。
「早紀さん、そのストーカーが仮に菊池さんに近づいているとしたら、菊池が隠れる理由が増えますわね」
「どういうこと?」
「ストーカーの存在を恐れて、菊池が自ら姿を消していた可能性があるかもしれませんわ」
乃愛は言葉に力を込めた。
「ですから、その場合…当然、あなたも狙われる事になります」
「私が狙われる?」
早紀は驚きの表情を浮かべた。
「そうですから、早紀さんが気をつけることが大切です。でも、今度は一緒に対策を考えなければいけませんわ」
その後、早紀と共に彼女たちは何が最良の策かを考え始めた。その時、彩音が提案した。
「もしかして、私たちが一緒にいることで菊池くんを引き寄せられるのではないかな?」
乃愛は思わず頷いた。
「それがいい考えかもしれないわ!ですが、その際には彼の行動をしっかり見守る必要があります」
「それに、ストーカーの存在も利用しないと。私たちが安全を確保するためにも、連絡を取り合って協力しないといけないわね」
と彩音は追加した。
彼女たちは集まった情報を基に計画を練り、再度菊池を探す旅に出ることにした。そして、その勇気が彼らにどんな結果をもたらすのかを見届けるために、彼女たちは進み始めた。
時が経つ中、乃愛と彩音はますます意気込みを強め、残された手がかりを手繰り寄せると、彼らの推理は徐々に具体化していった。特定の場所や時間を絞り込み、菊池がどこにいるか、その影に潜む真実を追い求め始めた。
そして、ある晩、彼女たちは大学の屋上で菊池と再会することとなった。彼の表情には迷いと悩みが混在していた。菊池は、たった一人の時間を持つためにそこにいたのだ。彼女たちの目が合った瞬間、彼は意を決したように歩み寄ってきた。
「君たちが来てくれてうれしい」
彼は言った。しかし、その言葉の裏には、緊張した空気が流れていた。
「菊池さん、実は私たちが心配していましたの。早紀さんも心配しているので戻るべきですわ」
と乃愛は冷静に言った。
「いや、今は誰にも会えない。ストーカーが…」
彼は続けたが、言葉を途中で止めた。
「ストーカーに関しては、私たちも知っているのです」
と彩音が加わった。
「私たちと一緒に行動して、お互い守るのが一番ですわ」
菊池はその言葉を聞いたとき、迷ったように頭をかきながら考え込んだ。
「でも、俺が早紀を危険に晒すかもしれないし…この事情がある限り、彼女には近づけないと思っていて」
「それは彼女もあなたをそのまま心配していますし、解決には向かわないのですわ」
と乃愛は意思を強めた。
「私たちと共に行動しませんか」
菊池はいったん静かになった後、重い口を開いた。
「分かった。君たちの言うとおりだ。でも、今のところ、早紀を守るために…君たちが近くにいてくれるなら、心強い」
文句を言う余地などなかった。その瞬間、乃愛は内なる勝利感を感じた。全ての手がかりを結び付けた結果が、彼らをここに導いたのであった。
彼らは、この問題を解決するために協力しあい、ストーカーの正体を突き止める道のりが始まった。菊池は無邪気な表情を戻し、彼の未来を守るために、仲間として迎え入れもした。
結局、ストーカーの正体は、アルバイト仲間の佐藤であった。彼は菊池と早紀に対する執着心から、そのような行動を取っていたのだ。不思議なことに、彼は恋愛においての歪んだ気持ちから過ちを犯していた。
乃愛は、友情や恋愛というものの難しさについて学び、調査の経過を通じて大事なことを実感する。また、友情が結束することでこそ、真実が見えてくるということを、彼女たちは理解したのであった。
無事にストーカーの危機から早紀を守ることができ、彼女と菊池の再会も果たせたのだった。菊池は早紀に向かって、重い事情を包み込むように告げる。
「ごめん、待たせた。何も言わずに離れていたことを謝る」
彼の言葉は真摯かつ温かさを含んでいた。
「いいのよ。あなたが無事でいてくれることが一番だから」
と早紀の視線には安堵が広がる。
乃愛と彩音は、その光景を微笑みを浮かべて見つめていた。
「さて、この事件も一段落しましたわね。私たちにとっても重要な経験でしたの」
と乃愛がつぶやく。
「うん、とっても大変だったけど、みんなが一緒に頑張ったからこそ乗り越えたよね」
と彩音がうなずく。
友情が結束し、新たな道が開けた日々の幕引きを迎えることができた。