第6話 「恋心が交差する学園祭の一日」

黒川梨乃は、季節外れの陽気な日々に包まれた高校生活を送っていた。もうすぐ学園祭が近づいていた。色とりどりの飾りが校内を彩り、生徒たちは新しい出会いや体験に胸を躍らせていた。私の心には、そんな楽しみの何倍もの高揚感が渦巻いていた。それは、彼—村上和真の存在があるからだ。

「和真くん、今日はどんな出し物をするんだろう…」
私は心の中で呟く。彼の明るい笑顔や優しいお人好しな性格が、私にとっての癒しであり、同時に一方的な愛情を抱く原因でもある。だが、周りの人たちは私の気持ちに薄々気づいているに違いない。ただ、村上和真だけは、その天然さゆえ、私の重い想いにはまったく気づいていないのだ。どうして彼は、こんなに鈍感なのだろう。

そんな私の思いは、密かに彼を見つめる目に表れていた。彼の行動パターンを日々観察し、時には彼の好きな食べ物を手作りすることもあった。今夜も彼のために、特製のお弁当を用意したいと思っている。そんな気持ちを抑えきれず、生徒たちの声に耳を傾けていた。

「梨乃、村上くんに何か企んでる?」
クラスメイトの佐藤が微笑ませながら問いかける。うっ、どうして彼女は私の心を見透かしているのだろう。

「いいえ、特に何も…ですわ」
言葉には出さなかったが、彼のことを考えるだけで自然と頬が緩む。私の愛情は、計り知れないほど大きく広がっているのに。

学園祭当日、校内は色とりどりの模様で賑わっていた。楽しい音楽が響き、友人同士の笑い声が響き渡る。私はここぞとばかりに和真くんを探した。彼の姿を見つけると、不思議と胸が照れくさくなった。彼は友人たちに囲まれ、笑顔で話している。その様子を見ているだけで、私は幸せな気持ちに包まれた。

「梨乃、何見てるの?」
と、ふと隣にいた佐藤が尋ねる。

「いや、特には…見てないですわ」
言い訳が、否定的な発言とは裏腹に私の心を隠すのに精いっぱいで、また和真くんの姿に目を奪われた。彼の楽しそうな笑顔、温かい声、すべてが私の心を掴んで離さない。

その時、ふと思った。彼に自分の想いを伝える良い機会かもしれない。しかし、私はどうやって彼に告白すればいいのだろう…考えれば考えるほど不安が募る。彼は私の気持ちを理解してくれるだろうか。いいえ、きっと天然な彼のことだから、冗談のように笑って流すかもしれない。

「にぎやかだなぁ」
と、和真くんがその場をどっしりと歩くようにそちらに向かってくる。私は少し緊張しながら、彼に視線を注ぐ。心の中では様々な言葉が巡るが、口から出る言葉は単純に
「和真くん、黒川ですわ」
と呟く。ああ、なんて自分は小さな存在だろうか。

「黒川、また一緒にお弁当食べる?」
和真くんが笑顔で問いかける。その言葉に、私の心は思わず駆け出しそうになる。冷静にお弁当を振りかざすと、自分がどういった意図でそれをただ食べるだけの関係に過ぎないのか、少し焦燥感を抱いた。

「もちろん、和真くんのために作りましたから」
心の中では、本来の気持ちを抑えながら、特製のお弁当を渡す。彼は笑顔でそれを受け取ると、感謝の言葉をもらって、胸がきゅっとなった。

「でも、今はお祭りだから、たまにはイベントを楽しんでもいいと思うよ」

その意見に賛同しつつも、彼の優しさがまた私を苦しめる。彼が周りの友達を大事にするのが私の心の奥で焼けつくように感じる。

その後、私たちは校内を巡りながら、少しずつ距離を縮めていった。フードコートでの賑やかな光景、可愛い飾りつけ、そして私たちの笑い声が重なる。和真くんは常に自然体で、何をしても楽しそうに見える。彼の好意を無駄にすることはできない、そんな背徳感に苛まれる。

「ねえ、梨乃。これ、一緒に食べてみない?」
彼はスイーツコーナーで見つけたタルトを私に持ってきた。甘い香りが漂い、私はその表情に胸を高鳴らせていた。何も考えず、手を伸ばす。

「はい、和真くんのおかげで私も食べますわ」
私はその瞬間、彼と目が合う。不意に感じたのは、彼からの優しさと私の中に渦巻く複雑な想い。ただのタルトを共有することで、私の恋心はさらに深く膨れ上がっていく。

「梨乃、結構甘いよ。どう思う?」

素朴に尋ねられた言葉が、私の心を乱す。
「甘いなんて、私の気持ちがどれだけ甘いと思っているのだろう」
と私は心の中で呟く。その瞬間、彼は何も気づいていない様子で笑っている。ああ、また彼は鈍感で無邪気な顔をしている。

少しだけ、彼の真剣さを感じさせる眼差しを投げて、もっと強く求めてみたいと思った。もっと私の想いを理解してほしい、でも何を言ったら彼は理解するのか。

そのとき、子どもたちの笑い声とともに、ひょっこりと小さな女の子が目の前を通過する。彼女は迷っているのだろうか、不安そうな表情を浮かべている。周りには大人たちがいるのに、誰もその子を助ける様子が見えない。

「和真くん、あの子、迷子かもしれないわ」
私は小さい声で呟いた。そのとき、和真くんは興味深くその女の子の方へ向かっていった。彼は困っている人を放っておけないお人好しなのだから。

「大丈夫?お母さんはどこ?」
和真くんは親切に話しかける。彼の優しさに、私はドキリと胸が揺さぶられる。周りの人たちが無関心な中、彼だけは一瞬のために手を差し伸べている。その瞬間、私の心の奥深くで彼の存在がより一層強くなった。

子どもは不安そうに泣きそうな顔を向けているが、和真くんはその子の目の前に跪く。彼の表情には、何ものにも変えられない温かさと、大きな安心感が滲み出ている。思わず私の心には嫉妬の感情が駆け巡ったが、この瞬間、彼の人柄に惹かれた自分がいる。

だが、そんな彼と同じ空間にいる私が、どうしてこんなに重い気持ちを抱えているのだろう。彼の優しさが私を引き裂こうとする中、私は戸惑ってしまった。

その後、無事に子どもが母親の元に戻れると、周りは自然と拍手で和真くんを称える。私は彼が与える無私の愛に胸が高鳴り、その場にいる全ての視線が彼に向いていることに絶望感を感じる。私だけの彼であってほしいという気持ちが、果てしなく広がった。

すると、さっきまでの光景を目の当たりにした和真くんが私を見て微笑んでいる。その笑顔は、何よりも大切な宝物だとわかるが、一方で私の想いは閉じ込めていた。どうして気持ちがこんなにもぶつかり合うのだろう。彼にどうやって想いを伝えればいいのか、私の心はいつも迷走している。

「黒川、すっごくいいことしたね」
と和真くんが声をかけてくる。冷静さを失った私は、その言葉に心が跳ねる。

「いえ、和真くんのおかげですわ。あなたの優しさがみんなに届くからですわ」

その言葉を告げると、彼はまた笑顔を浮かべる。まさにその相手を見守る彼の眼差しが、私を一層苦しめたかのように思えた。私は戸惑いと嫉妬の感情が交錯しながら、どうにか彼の笑顔を黙って見守ることしかできなかった。

学園祭は進むにつれて、明るく楽しい雰囲気に浸っていくが、私の心の中のもやもやは消えることがない。和真くんとの距離を縮めたくてたまらなくなる一方、彼の優しさに触れるたび、私の独占欲は募っていった。

それでも、彼と過ごす日々は決して無駄ではなかった。彼の天然な振る舞いや、温かい笑顔に随時惹かれていく。胸の内に秘めた想いが、私の深いところでいつももがいていた。

「明日もまた、彼が助けを必要としない世界で、私の気持ちを彼に伝えてみたい」
と願う。学生生活の中で終わりの見えない恋心を抱えながら、私はただ、彼に自分の存在を示す努力を続ける決意を固めた。この学園祭の延長線上である未来に、彼との関係がもっと深まることを心から望むのだった。

その日がいつ来るのか、また彼の無邪気な笑顔に翻弄される日々が続くのだろうか。それでも、私の心の中で和真くんの存在が大きくなり続けていることは確かだった。その日を待ち望む思いと共に、私は夢に向かって歩み続けるのだった。