麗司は冷たい夜の空気の中、慎重に息を吐き、周囲を観察していた。マンションの玄関を出た瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、異常な静まりと、闇の中でほのかに揺れる街灯の明かりだった。普段なら賑やかだったこの道も、今は誰一人として歩いていない。唯一の音は、遠くから聞こえる風の音と、麗司の心臓の鼓動だけだった。
彼は自分の持ち物を再確認した。背負ったリュックには、わずかに残された食料と水、そして手にしたナイフが添えられている。それでもこれからのサバイバルには不足だ。自分の安全を確保するためには、少しでも多くの物資を手に入れる必要があった。明るいうちに確認した計画を思い返し、彼は一つ決意を固めた。この街に潜む危険を冒し、物資を探索するのだ。
音を立てないよう、一歩一歩丁寧に進む。彼の動きは普段の生活とは違う、まるで獲物を狙うハンターのようだった。目の前に広がる道は不安と期待、そして恐怖が交錯した場所である。数メートル先には、倒れた自転車と、その周囲には破壊された車が点在している。これらは、かつて日常だった生活の名残を象徴しているようだった。
マンションの近くには、隣の大きなスーパーがある。そこで必要なものをすべて揃えなければならない。麗司は、自分の心の内側で緊張感が高まるのを感じた。このスーパーには、情報収集の段階で目星をつけていた物資が豊富にある。しかし、このゾンビの溢れかえっている街の中で、どれだけの安全が保障されているのかは分からなかった。
彼はスーパーまでの道のりを確認するため、頭を使いながら動き続けた。守るべき原則は
「静かに、注意深く」
である。あらかじめ探しておいた道を辿りながら、麗司は小さな音すら立てないように自分を抑え込む。無駄に目立つ存在になることで、ゾンビたちの興味を引くことは避けなければならなかった。
スーパーに近づくにつれ、あちこちで奇妙な音が紛れ込んでいるのに気がついた。何かの足音、うめき声が混じっている。麗司は思わず身を小さくし、周囲を見渡す。視覚が機能しないゾンビにとって、音は致命的な存在だ。そして今、彼が最も避けなければならないのは、彼自身の心臓が叩く音さえもゾンビを呼び寄せる原因になることだった。
前方に見えるスーパーの入口は、扉が破壊されている。麗司は一瞬その状況を見て恐れを感じたが、気を取り直し、進むことに決めた。人一人が入ることのできる隙間はかろうじて存在するが、この隙間から入ったが最後、逃げるという選択肢が奪われることも考慮しなければならなかった。
彼はまず、周囲を注意深く見回した。明かりの消えたスーパーの内部は恐ろしい静けさに包まれている。ふと、頑丈な構造の柱が崩れているのが目に入り、周囲のいかがわしさを感じさせた。もしかしたら、既に他の生存者がいるのかもしれない。麗司の心の中で、予期しない出来事が起こる可能性についての不安が募っていく。
だが今は、物資を確保するという目的が先である。ゆっくりとした動作で入口をかざし、音を立てないよう細心の注意を払った。静寂が支配する中、彼はスーパーの内部へと潜り込んだ。
内部は思った以上に暗く、ゾンビたちの呟く声がどこか遠くで響いている。麗司はその音を無視しながら、物資のありそうな場所へと進んでいった。食品セクション、特に缶詰や干し野菜が置かれた棚の近くを目指そうと決める。そこには、まだ生き残っているかもしれない貴重な栄養が詰まっているのだから。
走り抜ける瞬間、高鳴る心臓を必死に抑え込む。音が立たないように足元に注意を払い、静かに歩みを進める。このナイフは彼の最後の砦であり、力を込めた分だけ彼は強くなる気がした。これが生きるための抗えない戦いだと、心の中で何度も呟いていた。
ようやく缶詰の積まれた棚が視界に入った。そこには、思ったよりも多くの品が残っているようだった。麗司は何缶か手を伸ばすが、その時、突然背後で雑音がした。瞬間的に振り返る。目に映ったのは、ゾンビの姿だった。その一体は、彼の動きに反応して這い寄ってくる。冷や汗が背中を伝って流れ落ちる。
麗司はとっさに棚を背にして身を隠した。ゾンビたちは好奇心に駆られたかのように、彼の周囲をうろつき始めた。思った以上に近くにいる感触が、彼をさらに緊張させた。彼は心臓の音を抑え込むためにやり過ごし、なるべく冷静を保つことを心掛けた。
しばらくじっとしていると、周囲の音が変わっていくのを感じた。ゾンビが他の音に気を取られ、彼に目を向けなくなった瞬間、ようやく息を吐くことができた。しかし、安堵する時間は与えられない。麗司は注意を怠らず、棚から距離をとり、次なる行動を考え始めた。
缶詰を確保するためには今すぐ行動しなければならない。もう一度心を整えてから、麗司は身を小さくして棚の間に進んでいく。缶詰は高い位置に置かれているため、彼は手を伸ばし、商品を手に取った。それが全てではない、他にも重要な物資がそこにあるのだから。
選び取った缶詰の数は、様々な栄養があり、果たして彼の生存にとって大きな助けになるだろう。急ぎ、他の栄養源を求め、彼は動き続けた。水分補給をするための飲料水も急いで確保しなければ、いつまでもこの状況に耐えられるはずがない。
麗司が何缶か手にした瞬間、再び不安の波が押し寄せてくる。ゾンビのうめき声がまた近くから聞こえる。時間がない。彼は迅速に行動しなければならなかった。動きながら、目的地を目指す。今の彼は、暗闇に隠れている自分に対し、絶え間ない緊張を抱えたままだった。
生存のために得たものは、果たして彼に安全を保障してくれるのだろうか。これからこの都市で、さらに何度もこの恐怖を味わうのだろう。その思いが、彼の心に重苦しい影を染み込ませていた。
缶詰を手にした状態から、今度は飲料水の棚を目指した。さまざまな商品が手に取られやすいところに並べられ、使用される回数は限られている。水を手に入れることができれば、少しは安心できるだろう。その挑戦の真っ只中で、彼は生きろという圧力を感じながら、体を動かす。
やがて、警戒しながら飲料水のセクションにたどり着いた。缶詰同様、目に見える範囲には多くのボトルが並んでいた。しかし、その瞬間、どうしても避けられない事態が待ち受けていたのである。目の前にいるゾンビたちが、共鳴に反応して再びこちらに向かってくるのだ。
ただ望むよりも早く動かねばならない。麗司は、全速力で手を伸ばし、缶詰を手に持ってもう一歩踏み込み、手当たり次第にボトルを抱え込んだ。どれもこれも必要なものである。反射的に自分に何が最重要かを教えてくれるかのような感覚に突き動かされる。
手をかけて、荷物を抱える。その瞬間、再び前方で物音がした。急いで振り返ると、そこにはゾンビが迫ってきていた。生き延びるためには、もう逃げるしかない。麗司の直感が告げた。最も早く出口を目指すべきだ。彼は心臓が高鳴る中、出口へと向かう決心をじっくりとする。
無我夢中で足を動かし、彼はゾンビの視界から逃げ込むようにこの場を離れる。道に沿って進めば、今のところ無事である。目の前の出口が見えるにつれ、空気の緊張感も少しずつ緩んでいくようだったが、それでも心の隅には警戒心が残っている。
彼が出口に近づくと、反応が敏感なゾンビたちはその動きに感知してしまったようだ。麗司は扉に手をかけ、素早く外へと飛び出す。鮮烈な空気が彼の周りに広がり、彼はこの瞬間の解放感を噛み締めていた。
だが、安堵するのはまだ早すぎた。扉を開けた瞬間、マンションへと戻る道の上には、彼が避けていたゾンビたちの姿が待ち受けていた。その光景に驚愕し、麗司の心は一瞬凍りついた。
彼は恐怖にかられつつ、その瞬間に直感的に動いた。冷静さを保つことは難しいが、今は生き延びるための方法を考えるしかない。彼は逃げ道を決め、すぐに近くの陰に隠れるようにして移動した。出口が近づいているにつれ、彼はこの身がもたらす運命にすがりつくような思いを抱いていた。
暗闇の中、彼の心の奥底で、生き続けようという強い意志が力強く揺らめいている。命ある限り、望みを繋いで生きなければならないと感じた。無情な環境の中で、彼の孤独なサバイバルは新たな局面を迎えようとしていた。明日への希望はまだ彼の手の中にある。それを守るために、彼は新たな挑戦へと向かっていくのであった。