第9話 「箱の秘密と大家の想い」

久遠乃愛は、大学の静かなキャンパスで自らの趣味である探偵ごっこに興じていた。彼女の相棒であり幼馴染の雪村彩音と共に、様々な小さな事件を解決していたが、この日はいつもと違った。

「乃愛ちゃん、見て見て!」
彩音が興奮気味に言った。彼女の指差す先には、サークルの倉庫だった。周囲には若い学生たちが談笑しているが、その中で異様な雰囲気が漂っていた。

「何があったのですか?」
乃愛はクールな表情を崩さず、周囲を観察した。彩音が指摘するように、倉庫の入口には警察のテープが張られ、しっかりとした腕の警官が立っていた。

「倉庫の中に、封印された箱が見つかったんだって」
彩音は目を輝かせる。

その言葉に乃愛の心は躍った。事件の匂いがする。彼女は心の中で、見えない謎を解くための準備を始めた。
「それなら、さっそく行ってみるですわ」

二人は警官に事情を説明し、倉庫の中へ進入する許可を得た。内部は薄暗く、ほこりっぽい空気が立ち込めていた。その中心には、封印された箱があった。古びた木製の箱は、まるで長い間人に忘れ去られていたかのようだった。

引き出しのような構造の箱は、どれも固く閉じられており、明らかに貴重な何かが隠されている様子だった。乃愛は慎重に観察を始め、彩音は周辺を見回る。

「この箱、鍵がかかってるみたいだね」
彩音が視線をさまよわせながら呟く。

「鍵がかかっているのは、ただの防御策かもしれませんわ。大切な物を守るためにあるか、あるいは中に何か都合の悪いものが隠されているか」
乃愛は口元をほんのりほころばせた。

ただ、彼女はこの箱の裏に潜む真実を見抜けそうな気がしていた。周囲の他のサークルメンバーも騒ぎ始め、どうしたのかと集まってくる。

「警察も来てるし、早くこの箱の中身を知りたいなあ!」
彩音が言った。

「それにはまず、箱の出所を探る必要がありますわね」
乃愛は深く考え込むように、周囲を見渡した。

そこで、ふと一人の男の姿が目に留まった。彼は中にいるメンバーに大声を上げていて、非常に興奮しているようだった。乃愛は彼にアプローチすることに決めた。

「あなたはこの箱のことを知っているのですか?」
乃愛は相手に近寄り、冷静に問いかけた。

「ええ、実はこの箱は、大家から借りたものなんです」
彼は少し戸惑いながら説明した。

「大家から?その理由は?」
乃愛は質問を続けた。

「まあ、倉庫の管理をするためのもので、実際には中身は何も無かったんですが、最近大家さんの様子が変わったので…」
彼は言葉を詰まらせた。

「どういうことかしら?」
乃愛は興味を惹かれた。

その男は少し躊躇いながらも続けた。
「最近、大家さんが部屋に来ては様子を伺っていくんです。何か他の目的があるのか、とても気になって」

乃愛はその言葉を聞きながら、彼の表情に嘘や恐れが感じられるかどうかを観察した。何か大きな秘密を隠しているように思えた。

「彩音さん、他の人にも話を聞いてみた方が良さそうですわね」
乃愛はささやいた。

彩音もうなずき、他のメンバーに話を聞いてみることにした。数人に話を聞く中で、大家は最近サークルのメンバーの間で静かに影を落としている存在となっていた。

「大家さんって、どこに住んでいるの?」
乃愛がその男に尋ねる。

「近くのアパートですよ、あの外観の古いところです」
男は適当に指を指した。

「なるほど、皆さんに比べて、大屋の彼女は少し目立つ存在かもしれませんわね」
乃愛は思った。

「じゃあ、私たちもその大家さんを見に行こう!」
彩音が目を輝かせる。

乃愛も同意し、キャンパスを後にしてアパートへ向かうことにした。アパートは思ったよりも古びていて、もしかしたら大家も何かを抱えているのかもしれないと乃愛は考えた。

「どこだろう、大家さんは」
彩音が玄関前で首をかしげる。

「多分この部屋じゃないかしら」
乃愛は部屋番号を確認した。一見して静まり返った部屋の中に、何かが隠されている気がした。

乃愛はゆっくりとノックする。
「失礼いたします、大家さんいらっしゃいますか?」

しばらくの静寂の後、ドアが開き、まるで用意していたかのように一人の男性が姿を現した。年齢は推測通りで、しわの寄った顔がその人の疲れを物語っていた。

「何か御用ですか?」
彼は冷たい目で乃愛を見つめていた。

「実は私たち、最近サークルで事件が起きたものですわ。あなたに少しお話を伺いたいと思いまして」
乃愛はにこりと微笑んだ。

彼は一瞬驚いた表情を見せた後、すぐに冷静さを取り戻した。
「事件?それはあなたたちの問題でしょう。私には関係ありません」
と一言述べた。

「でも、あなたの倉庫から見つかった箱に関して何か知らないのかしら?」
乃愛が言葉を続けると、彼の表情が一瞬変わった。

「その箱について、詳しくないのかを確かめてからおいてください。見当違いの疑いをかけるのはどうかと思いませんか?」
彼は少し苛立ちを見せた。

少し間を置いて、乃愛は彼の動揺を見逃さなかった。
「そうですわね。ですが、事実は事実、箱があなたの管理下にあったことは変わりありませんわ」

彼の視線が揺らいだ。
「それに関しては、本当に何も知らない。あれはただの古い箱に過ぎない」
と強調するが、その目には恐れが隠れているように見えた。

「私たちには、何か大きな秘密が隠されている気がしますわ。何か知っていることがあれば、教えてくださらない?」
乃愛は彼の心を試すように再度問いかけた。

彼はしばらく考え、そして急に弱々しい笑みを浮かべた。
「これ以上いじらない方がいい。あなたたちが何をしているのか、分かりませんが、無駄なことはやめた方が良い」

「何を恐れているのですか?わたくしはただ真実を知りたいだけですわ」
と乃愛は引き下がらなかった。

その瞬間、彼は決定的な一言を吐いた。
「私は、この物件の管理者。サークルのメンバーも関与したこの件には関わっていませんが、犯罪の首謀者に仕立て上げられたくはありません」
彼の目に緊迫感が宿った。

乃愛はその返答に驚いた。
「その被害者とは一体誰なのですの?」

彼はその瞬間、何かを思い出し、苛立たされた顔つきをし、口を硬く結んだように見えた。
「それに関しては、詳しくお教えすることはできません。ただ、警察に出頭することを考えた方が良いかも」

「どういうことですか?」
乃愛は理解しきれずにいたが、彼の言外にある警告は感じ取った。

「箱に自分の物だという証明を付けたなら、状況が変わるかもしれません」

乃愛はその言葉をしっかりと心に刻んだ。この質問の後、彼は何も教えてくれなかったが、何かが彼に重くのしかかっている様子がうかがえた。

二人はアパートを離れ、今後の方針を相談することにした。
「こうなったら、元のサークルメンバーに戻ろう。もしかしたら、彼らの中に真実を知る者がいるかもしれないわね」
と彩音が提案した。

乃愛もその案に賛成した。
「私たちが彼との対話を無駄にしないためにも、もっと手がかりを集めて、彼に直面するところまで持ち込む必要がありますわね」

次の日、乃愛と彩音はキャンパスのカフェに集まったサークルメンバーたちを追跡した。彼らは事件の話題で盛り上がっており、その中には昨日の大家の表情を見たメンバーもいた。

「その大家さん、本当に怪しいよね」
一人の女子が言う。
「サークルの会合に来ることはないし、最近は冷たくなってたし」

「偶然じゃないかもしれない。もしかしたら、何かを隠しているのかも」
と乃愛が冷静に続ける。

「知ってることがあれば教えてほしい。彼が何をしていたか、何を考えているのか……それを知ることができれば、箱の秘密は見えてくるかもしれませんわ」
と乃愛が提案した。

彼女の言葉にみんなの視線が集まった。
「やっぱり大家さん、ただのあの世話好きじゃなかったのかも」
一人がつぶやいた。

その後、乃愛たちはさらに話を聞き、持ち帰った情報で大家の動機の輪郭が少しずつ明らかになってきた。どうも大家は最近サークルに嫌悪感を抱いており、その思考の中に孤立感を見せているようだった。

「彼のことをもっと探ってみないと、動機ははっきりしませんね、彩音さん」
乃愛は思索にふける。

「でもどうやって?もう一度大家さんのところに行くの?」
彩音は不安げに思った。

「それも一つの方法ですわね。ただ、周囲に気を付けながら、様子を見る必要がありそうです」
乃愛は更に思いを巡らせる。

次の行動を検討する中で、彼女たちの心にはどことなく緊張感が漂っていた。事件の本質がどこにあるのかを理解するためには、もう少し踏み込まなければならないと思った──ただ、リスクがあることを忘れてはいけなかった。

数日後、乃愛は再び大家のアパートを訪れる決心をした。
「今度は、直接話をするつもりでいきますわ。それによって真実を見抜けるかもしれません」
と彼女は彩音に告げた。

その日、乃愛は緊張しつつも毅然とした態度で大家に再度接触を試みた。ドアのノックが静かに響く。一瞬の静寂の後、ドアが開くと、大家が現れた。

「また君たちか」
と彼は眉をひそめる。

「お話ししたいことがありますの。ぜひ時間を取っていただけませんか?」
乃愛は冷静に言った。

大家はしばらく躊躇った後、ゆっくりとドアを開いた。
「中に入れ」

アパートの室内に入ると、重い空気が漂っていた。周囲には物が散乱していて、まるで彼の心の闇がそのまま形を成したかのようだった。

「見てほしいことがあるのですわ」
乃愛は持ち込んだファイルを広げ、サークルメンバーに関する情報を示した。
「私たちは真実を知りたいだけですの。隠されている事実やあなたの思いも、全て話してくれれば大丈夫ですわ」

彼の表情は混乱しているように見えた。
「私はただ、彼らのことが許せない。隠すつもりはないんだ」

乃愛は彼に迫った。
「なぜそれが問題なのでしょう?あなたの思いを理解したいのです」
صناعية

彼は無言で目を逸らしたまましばらく悩んだ。そしてついに口を開いた。
「彼らにとって、あの箱はただの悪戯に過ぎなかったんだ。だけど、私にとっては大事なものだった」

「あなたにとって、大事なもの?それは何なのでしょうか」
乃愛の興味を掻き立てられた。

彼は頬をひきつらせる。
「私の一部のようなものだ。倉庫にしまったまま忘れていたのだ……」

乃愛はその言葉の重さを感じた。
「では、あなたが自分の手で私たちを脅かすことはなかった、隠されていたのですね?」

大家は静かに頷いた。
「でも、もう無理だ。この状況から逃げられそうもない」

その瞬間、彩音が背後から声をかけた。
「それでも、私たちは一緒に考えあるかもしれませんよ」
彼女の言葉は大家の心を少しだけ開いたかのようだった。

乃愛は続けた。
「私たちが協力して、あなたがどうするのか見つけていければ、皆が理解し合う道が開かれるかもしれませんわ」

彼はぼんやりとした表情のまま、二人の目を見つめ返した。一瞬の沈黙が二人を包み、次第にその意味を考えるように見えた。心の奥に抱える問題が、ようやく表に出た瞬間だった。

「もしかしたら……」
大家はつぶやき始めた。
「最後のチャンスとして、君たちを信じるべきかもしれない…」

その瞬間、乃愛は大きく息を吸い込んだ。彼の心が少しでも解放されるなら、事件へと繋がる真実が見えてくるだろう。

その後、彼は乃愛たちと共に、サークルメンバーたちへ状況を説明することに決め、事態の解決へと向かう未来が見えてきた。彼は自分の選択を悔いながら、懸命に手を振りかざすように声を張り上げた。

そして、サークルメンバーも彼の声に耳を傾け、騒ぎを聞きつけた周りの人々も集まってきた。そして、
「何があったのか、真実を知りたい」
と語りかける者も出現した。

皆の気持ちが高まり、同時に大家の新たなスタートを促す声が響いた。リーダーとして、過去の自分を克服するため、彼はその場に立ち向かって大きく誓った。

「私が被害者だと主張したかった。それが全ての始まりだった……」
彼の声は力強く、まるで重い使命を背負い、共に前進するように。

乃愛はその言葉を胸に刻んだ。彼の真実を受け止めることで、かつての影が消え、みんなが共に支え合うことができる過程を見届けようとしていた。

ひとたび蓋が開いたなら、もう二度と戻さない。青春の一頁に刻まれるであろう、彼らにとっての新たな事件の幕明け、乃愛の心はそれを信じていた。

どんな真実が待っているのか、その言葉は教訓となり、共に進むことで生まれる新たな未来への希望を思い描くことであった。