第8話 「恋心の消しゴム」

雲一つない青空が広がる朝、私はいつものように通学路を歩いていた。学校に着くまで、頭の中は彼のことでいっぱいだ。彼とは同じクラスの村上和真くん。彼の優しい笑顔や、ふんわりとした髪の毛、そしてその天然さが、私の心を掴んで離さない。

「和真くん…」

思わず呟いてしまう。彼のことを考えるだけで、心臓がドキドキしてしまう。私は学校の生徒会でも活躍している優等生だが、彼の前ではいつも緊張してしまう自分がいる。どうして、彼にだけは素直になれないのだろう。内心では愛しさと独占欲が煮えたぎっているのに。

教室に入ると、村上くんはすでに席についている。彼の周りには、何人かのクラスメイトが集まっている。みんな彼に楽しそうに話しかけている姿を見ると、なんだかもやもやした気分になる。私が彼にアプローチできない理由がここにあるのだ。彼は誰とでも平等に接する。それが私を不安にさせる。

席に座ると、彼の笑顔がこちらを向いた。
「おはよう、黒川」

その優しい声に思わず胸が高鳴る。こんなに近くにいるのに、どうして彼は私の恋心に気づいてくれないのだろうか。私が彼に向ける視線は、もうすでにクラス中にバレているのに。特に友達の佐藤美咲は、
「梨乃、また和真くん見てる?」
と笑っている。

「だ、だって、和真くんがいるから…」

自然と頬が赤くなってしまう。彼は何も気づいていない様子で、周りの話に耳を傾けている。私がどれだけ彼に夢中なのか、彼には全く理解できていないのだろう。次の授業が始まるまで、心の中で決意する。
「今日は、何か特別なことをしなきゃいけない」

その時、隣の席の友達が私の机の上を指差していることに気づいた。そこには私の消しゴムが置いてあった。
「梨乃、その消しゴム貸して」

そのまま和真くんが私の消しゴムを手に取る。彼の手が触れるその瞬間、心が跳ねる。私は思わず、
「それ、私が作ったのよ。お弁当も、和真くんに合うように作ったんだから」
と呟いてしまう。

「え、そうなんだ。ありがとう、助かるよ」

和真くんが嬉しそうに言ってくれるのを見て、私の心が優しくなり、まるで彼に触れた部分から暖かい光があふれてくるのを感じる。彼に自分の想いを伝えようとするけれど、どうしても言葉が出てこない。この消しゴムがきっかけで、私たちの距離が近づくかもしれないのに。

授業中、私は和真くんの隣でドキドキしながら彼の様子を見守っていた。和真くんが私の消しゴムを使っている姿を見て、心の中で思わず微笑む。彼に貸した消しゴムが、彼との関係の架け橋になると信じている。

放課後。友達と一緒に教室を出ると、意外にも和真くんが私を呼び止めてきた。
「黒川、今日一緒に帰らない?」

彼と二人きりで帰る機会はいつも待ちわびていた。この瞬間が訪れるとは、夢にも思わなかった。私の心臓は激しく鼓動し、ドキドキしている。彼と肩を並べて帰るなんて、どれほど特別なことなんだろう。

「えっと…いいですよ」

少し照れ臭さを感じつつも、私は答える。二人で歩く道のりは、まるで青春の甘酸っぱさに満ちた瞬間のようだ。周りの景色が急に明るく見える。彼と一緒にいると、何もかもが素敵に感じる。

「黒川、最近勉強どう?」

和真くんがふと話しかけてくれる。彼の素朴な疑問に、思わず嬉しくなった。
「私は相変わらず頑張ってるけど、和真くんはどう?」
その言葉に対する彼の返事が楽しみだ。

「うん、まあぼちぼちかな。友達が教えてくれるから助かってるよ」

彼の無邪気な笑顔に、思わず心が和む。彼は本当に誰にでも優しい。私はその優しさに、ますます惹かれていく。

「和真くんも、みんなに頼るんだね」

思わず言ってしまう。
「うん、それが一番だと思うんだ。いろんな人から学ぶことが多いし、楽しいし」

彼の言葉には、彼らしい素朴な考えが詰まっている。その思考が、逆に私の心を掴んでしまう。彼が本の中のヒーローのように感じて、ますます彼に惹かれていく。

帰り道には公園があり、ちょっと立ち寄ることにした。私たちの足元には猫が眠っている。
「かわいい!」
和真くんが嬉しそうに猫に手を伸ばす。私はその姿を見ているだけで心が癒される。

「黒川も触ってみる?」

和真くんが猫を撫でながら言った。私は彼の横に立ち、猫を少しだけ触ってみることにした。
「触り方、優しくしないといけないね」
和真くんの言葉は、まるで私を心配しているように聞こえる。

その時、思いもよらぬことが起こった。猫が急に思い立ったように走り出し、私のスカートにまとわりついた。
「わあ!ちょっと!?」

私は驚いて、バランスを崩してしまう。見ると、和真くんが私の方に手を差し伸べてくれている。
「大丈夫?黒川」

その瞬間、彼の手が私の二の腕に触れた。鼓動が速まり、心の中で何かが弾けるような感覚がした。
「大丈夫…だと思う」

急に恥ずかしくなり、少し俯いてしまった。彼に引かれそうな自分が怖くて、でもこの瞬間が続いてほしいとも思った。その時、彼は笑って、
「よかった」
と言いながら私の隣に並んで寄り添う。

そのまま私たちは猫を眺めていた。この穏やかな時間が少しずつ刻まれ、何かが変わっていくのを感じる。

帰り際、和真くんが深呼吸をして、
「黒川、また一緒に帰ろう」
と言ってくれた。その一言が私の心の奥底に響き、嬉しさが広がった。それは私の想いの一歩でもあり、彼との距離を縮める第一歩でもある。

「うん、もちろん!これからも一緒に帰ろう」

その約束を交わすと、私の心の中に、彼との関係に進展があることを願う気持ちが膨らんでいく。和真くんには私の思いがどれだけ重いか、まだわからない。でも、この日々の中で、彼に自分の気持ちを伝えたいと思う。

そして、今夜も夢に和真くんが出てくることを願いながら、床についた。私の思いは彼に届くのだろうか。彼の天然さにいつも振り回されるが、きっとその先には素敵な未来が待っているに違いない。

彼との距離が今は遠いけれど、この消しゴムには私の思い出と、未来に向けての希望がたくさん詰まっている。明日もまた、和真くんに会える。それが私の幸せの始まりなのだ。