第7話 「友情の香りとミステリーの真髄」

久遠乃愛は静かな大学生活を送っていた。彼女の趣味は推理小説を読むことで、幼少期からの家族の影響で、彼女は早くから推理の世界に魅了されていた。そんな乃愛の相棒は、幼馴染の雪村彩音だ。彼女は明るく、社交的であり、乃愛とは対照的な存在だった。どこかミステリアスな雰囲気を纏う乃愛と、無邪気さを持つ彩音。この二人は、大学生活の忙しさの中でもお互いを支え合い、共に探偵活動を行っていた。

ある日、そんな二人のもとに、彩音の友人から依頼が舞い込んだ。
「先日、バーベキュー会場で友達が盗聴器を見つけたの。これ、どうにかしてほしいのよ!」
と彼女は慌てて話し始める。盗聴器が発見された場所は、海辺の素敵な景色が広がるバーベキュー会場だった。乃愛は考え込む。その事件は、単なる盗聴器の話ではなく、もっと背後にある人間関係のトラブルが絡んでいるのではないかと直感した。

「彩音さん、行きましょう。この事件には何か特別な事情があると思いますわ」
乃愛は彩音に向かって微笑み、準備を始めた。
「うん、乃愛ちゃん。早く行こう!」
二人はすぐに出発した。

バーベキュー会場に到着すると、陽射しがまぶしく、海の青さが心を癒した。しかし、すぐに彼女たちは緊張感に包まれた。周囲には、友人たちが気持ちよさそうに遊んでいる中、頼りにされていた友人は不安そうな表情を浮かべていた。

「まずは、盗聴器が見つかった場所を見てみましょう」
と乃愛は言った。

その友人に案内され、現場に到着する。机の上には、まるで何事もなかったかのように様々な食材や酒が並べられていた。しかし、その机の一角に、確かに爪痕が残されていた。乃愛は興味深くその爪痕を観察した。
「この爪痕、何かの手がかりになりそうですわ」

「なんか、爪立てたって感じだね〜」
彩音は興味津々で近づいてきた。
「見せて見せて!」

「彩音さん、ただ触ってはいけません。これは大切な手がかりですわ」
乃愛は冷静に彩音を制止した。彼女は爪痕を指でなぞりながら考えを巡らせた。どうしてこのような爪痕が残されたのか。おそらく、争いがあったのだろう。そして、誰かがこの場所に強い感情を持っていたのだ。

「この跡は、意図的に残されたものかしら。誰かが強く爪を立てたようですが、盗聴器を置くための行動があったのかもしれませんわ」
と乃愛は分析した。彼女の目の前には、まるで真実が見えた瞬間のように、情報が結びついていく感覚があった。

「それじゃあ、その爪痕の持ち主を探さないとね!」
彩音の言葉はいつも通りの明るさを帯びていた。

乃愛は頷き、もう一度周囲を見渡すと、数人の友人たちがテントの下で話を交わしている姿が目に入った。
「まずは、彼らに話を聞いてみましょうか」

二人はテントの方へと向かう。友人たちは彼女たちを見ると緊張した面持ちを浮かべた。乃愛が
「すみませんが、盗聴器の件について少しお話を伺いたいと思っていますの」
と声をかけると、一人の男が頷いた。

「実は、友人の中に最近トラブルがあったんです。彼が他の友人と連絡を取りあっていたことを知って不安になったみたいで」
と彼は言った。

「ああ、それで盗聴器が仕掛けられたと思ったんですね」
と乃愛が続けた。

男は頷き、さらに続けた。
「でも、誰がこんなことをするのか分からない。トラブルがあったとしても、こんなことをするなんて…」

乃愛はその言葉に注目した。
「トラブルというのは、どのようなものでしょうか?」
と疑問を投げかける。

「その友達、最近付き合っている彼女に別れ話をされたんだ。で、友達が彼女が他の男たちと遊んでいるのを見て、かなり動揺していたみたいで。彼らの間に何か誤解があったのかも」
と男が続けた。

乃愛の心に浮かぶ疑問が、ますます深まる。なぜ、彼女とのトラブルが盗聴器に繋がるのか。彼女は冷静に、情報を整理する必要があった。

「少し、この場で皆さんの状況を整理させてくださいわ」
と乃愛は言った。
「まず、その友人とはどのような関係にあったのか、そして彼女の行動はどうだったのか、詳しく教えていただけますでしょうか?」

彼らは驚きつつも、乃愛の問いかけに答え始めた。それぞれの立場から、友人関係の背景や、不安を抱える心境、有力な手がかりが次第に見えてくる。乃愛は注意深く耳を傾け、同時に彩音が彼らの話をメモしていた。

情報が集まるにつれ、乃愛は新たな推理の糸を辿るように思考を巡らせた。そして、特に誤解から生じる葛藤が、友人たちの間に横たわっていることに気づく。

「それからもう一つ、何か特異な行動をする人物はいましたか?」
乃愛が問いかけると、一人の女性が手を挙げた。

「実は…この海辺で働いているキャンパスの建設作業員の一人が、彼女の元カレなんです。それで何か気にかけている様子を見かけました」
と彼女は顔をしかめた。

それを聞いた乃愛は、その作業員に可能性があると直感した。彼の行動がこのトラブルに何らかの関与を持っているのではないか。

「まずは、その作業員を見つけて、話を聞いてみましょう」
と乃愛が提案すると、彩音は
「いいアイディアだね、乃愛ちゃん!」
と返した。

彼女たちは海辺の方へと足を運ぶ。作業員の姿を探しながら、周囲の雰囲気を感じ取る。陽射しは少しずつ和らぎ、夕方の風が心地よく吹いていた。

すると、遠くにボロボロの作業服を着た一人の男性がいるのを見つけた。彼は、何かに悩んでいるように見えた。

「こちらの方が、その作業員ですね」
乃愛は小声で言った。

彩音は小走りでその男性の元に向かい、
「すみません、お話できますか?」
と声をかけた。男性は驚いたように顔を上げたが、彼女の明るい笑顔に少し安堵した様子を見せた。

「何か用?」
と男性は少し警戒した様子で応じる。

乃愛は冷静に話を続けた。
「海辺のバーベキュー会場で、盗聴器が見つかりました。それにかかわっている方ではないですか?」

男性は少し間を置いてから言った。
「関係ないよ。そんなことするわけないだろうが」

「関係ないとは思えませんわ。あなたの元カノがトラブルを抱えていると聞きましたが」
と乃愛は静かに問いかける。男性の表情が一瞬固まる。

「それは本当だ。ただ、彼女との関係はもう終わっている。今さらそんなことをする理由なんかないさ」
と彼は焦りながら答えた。

「ですが、あなたの行動は周囲に影響を与えているかもしれません。何かがあったとすれば、私たちが助けられるかもしれませんのよ」
と乃愛は優しさをもって言った。

男性は少し沈黙した後、ため息を漏らした。
「実は、俺も彼女が他の男と遊んでいるのを見かけて、少しショックを受けていたんだ。だから、もしかしたら…」

彩音がその瞬間を逃さず聞いていた。
「本当に他の人が関わっていると思ったってこと?」

「そんなの、何が本当かも分からないさ…」
彼は苦しそうに言った。
「でも、彼女が別の男といるのを見るたびに、どうしても気になってしまう」

乃愛はその言葉に耳を傾け、同時に彼の意図するものを感じ取った。それは不安や嫉妬、さらには絶望が混ざり合った感情だった。乃愛はその女性の方からやってくるトラブルを、何とか解決したいと心から思った。

「わかりましたわ。私たちが真相を追求し、あなたたちの誤解を解く手助けをしましょう。大丈夫、私たちに任せてください」
と乃愛は微笑みながら言った。

その後、彼からの感謝を受けつつ、乃愛は改めて現場に戻ってきた。自分たちの手がかりを再度確認する必要があったのだ。バーベキュー会場に戻る途中、乃愛は考え込む。
「爪痕は依然として疑惑が深まる。誰がそれを残したのか、そしてどのように盗聴器を取り扱ったのか」

「乃愛ちゃん、どうするの?」
彩音は興味津々で彼女を見つめていた。

「まず一度、その作業員以外にも疑わしい人物がいないか探って、皆の話を確認するのが良いかもしれませんわ」
と乃愛は答えた。

彼女たちは再度、周囲のいくつかの友人たちに一人ずつ詳しい話を聞いてまわった。その過程で気づいたのは、盗聴器の前段階で実際に何か他の出来事があったことだ。その出来事に関わる者が多く、結局、その真相は複雑であることが分かった。

「乃愛ちゃん、これってもしかしたら…」
彩音は少し驚きに満ちた目をしながら言った。

「そうですわ。みんなが同じように誤解を生みうる状況だったということです」
乃愛は頷き、全体像が見えてきたように思えた。彼女の思考がまるでパズルを埋めるように、次第に形を持ち始めてきた。

最終的に、乃愛の頭に浮かんだのは、一つの結論だった。盗聴器は思わぬキャッチに過ぎず、実は相手の友情や愛情に重きを置いていたのがこのトラブルの原因だった。

「行きましょう、皆の前でその真相を解き明かしましょう」
と乃愛は言った。彩音もその意気に感じ、共に歩き出した。

皆が再びバーベキュー会場に集まった。乃愛は静かに話し始めた。
「皆さん、盗聴器についての真相をお話ししたいと思います。このことは、誤解から生じた友情や愛情のトラブルに過ぎなかったのです」

その言葉に皆が驚いた様子で彼女に視線を向ける。
「実際に、誤解を生んでいたのは、直接の原因でない人々が関与していたためです。皆さんの中には、誤解を恐れるあまり不安を抱くことがあったのでしょうが、信頼が大切ですのよ」

乃愛は一人一人の目を見つめながら、真剣な口調で続けた。
「もし、あなたたちがこのトラブルを解決することができるのなら、それは友情の証になるでしょう。信じ合うことが、全ての鍵ですわ」

その言葉に、周囲の雰囲気が少しずつ変わり始めた。皆が何かしら考え込み、静かな仲間の空気に包まれていく。

「しかし、盗聴器を仕掛けた人物が誰であったかは、はっきり分かりました。キャンパスで働く作業員の一人が、皆の状況を不安に思って仕掛けてしまったのです」
乃愛は真実を語る。

そして、彼の名前を出すと、周囲の動揺が走った。
「彼もまた、考え過ぎから生じたトラブルに巻き込まれたに過ぎません。ですから、彼に対して理解してあげることが大切ですわ」

最後に乃愛は
「大切なのは、皆さんの思いやりですわ。友情や信頼は、時に誤解からでも築き直せるものです」
と締めくくった。

彼女の言葉は静かに響き渡り、周囲には拍手が起こった。彩音も目を潤ませていた。
「乃愛ちゃん、すごい!こういうのも助けになったんだね!」

「いいえ、これは皆の努力が繋いだ信頼に他ならないのですわ」
と乃愛は微笑む。

その後、皆は盗聴器の件について、無事に解決策を見つけたことに感謝した。乃愛と彩音は、新たな友情が芽生え、誤解が解けていく様子を見守っていた。

海の風が心地よく吹く中で、乃愛は思った。彼女の日常は、ただの大学生活ではない。彼女はミステリーの真髄へと足を踏み入れ、人々の心を繋ぐ役割を果たしているのだと。それは、彼女自身が求めていたミステリーに他ならなかった。

その日、彼女たちの心に残ったのは、友情と愛情の香りだった。彼らの信頼が深まり、彼らの絆はさらに強くなるだろう。彼女たちの次なる冒険は、どんな形で始まるのか。それを思うだけで、乃愛は胸が高鳴るのだった。