ある日の午後、久遠乃愛は自宅の机に向かい、文学の資料を広げていた。大学の課題に追われる中、彼女の心には少しばかりのひらめきが生まれていた。探偵としての直感が、ある事件を解決に導く予感を感じさせているのだった。
「乃愛ちゃん!」
突然、賑やかな声で彼女の名前が呼ばれた。振り返ると、雪村彩音が明るい笑顔で部屋に飛び込んできた。彩音は乃愛の幼馴染で、同じ大学に通う女子大生だった。
「どうしたの、彩音さん?」
乃愛は少しクールな口調を崩さずに聞いた。
「また事件が起こったのよ!私たちのアルバイト先で、金庫の鍵がなくなったって!」
その言葉に乃愛の心臓が跳ねた。彼女は興味を惹かれ、すぐに準備を始めることにした。
「少し情報を整理しましょう。彩音さん、詳しいことを教えていただけますか?」
彩音は急いでメモを取り出し、説明を始めた。
「金曜日のシフトで、仕事中に誰かが鍵を持って外に出てしまったの。金庫には先月の売り上げが入っているのよ。お気に入りの常連客の一人が、どうやらあの金庫を狙っているみたいで…」
「常連客がですの?少し違和感を感じますわね。そんな簡単に手を出すとは思えませんが、他には誰が知っているかしら?」
「そう、少なくともアルバイト仲間の誰かが手を貸しているかも。私たちの他には、店長の佐藤さんも。それから、金庫に入っているお金が大きいから、もしかしたら誘われてしまったのかもしれないわ」
乃愛は思考を巡らせる。金庫の鍵がアルバイトの仲間によって持ち出されたのなら、この事件は単なる窃盗ではなく、もっと深い理由があるはずだった。
「では、まずは現場を見に行きましょう。推理はそこで進めましょうか」
彼女はクールな表情で決断した。
二人はショッピングモールの中心にあるアルバイト先へと向かった。店に入ると、いつもと変わらない光景が広がっていたが、その裏には不穏な空気が漂っていた。内心の不安を感じながらも、乃愛は冷静に状況を観察することにした。
「乃愛ちゃん、あそこの金庫を見て」
彩音が指を指した。金庫は小ぢんまりとして、周囲には店内に備え付けられた棚が並んでいた。しかし、その雰囲気は明らかにいつもとは違っていた。
乃愛は近づいて金庫をじっと見つめる。鍵穴が異様に輝いているが、金庫は無傷のままだった。周囲の様子をうかがっていると、色々なアルバイト仲間が挨拶を交わしているのが見えた。その中に、最近よく見かける常連客の姿もあった。
「あの客、何か思わせぶりなことを言っていたわ」
彩音が言った。彼女も目を細めて常連客を観察していた。
「例えば?」
乃愛は興味を示しながら尋ねた。
「最近金運が上がるかもしれないって、店内で話していたの。今までそんなことを言ったことがなかったから、ちょっと不気味だと思ったのよ」
「金運…、その場合、彼は金を得るためにアルバイト仲間を引き入れた可能性がありますわね」
乃愛は冷静な表情で評価した。
一通り観察した後、二人はアルバイト仲間たちに事情を尋ねることにした。
「万が一何か聞いていることがあるなら、その情報を集めるために」
と乃愛は付け加えた。
まずは、店長の佐藤に聞いてみることにした。彼は普段から頼りにされている人物であり、確かな情報を持っているだろう。彼に声を掛けると、彼は困惑した様子で応じてくれた。
「おや、乃愛さん、彩音さん。鍵が無くなったことは知っているよ。非常に困った事態だ。でも、私はできる限り調査を進めているから心配しないでくれ」
「ありがとうございます、佐藤さん。最近のアルバイト仲間の様子や常連客のこと、何か気になることがありますか?」
乃愛はストレートに聞いた。
「そうだな…、ここ最近、常連客のあの人が何度もお金を借りている姿を見たことはある。彼は時々奇妙な行動をするから、要注意だと思っている」
その言葉に乃愛はピンときた。金庫の鍵という特別なアイテムを持ち出す動機がある常連客は、お金に困っているという背景があったのだ。しかし、その行動の背後には何があるのか、まだわからなかった。
「彩音さん、他のアルバイト仲間にも聞いてみましょう」
乃愛は意気込んで提案した。
「今は推理を重ねるときですわ。私の頭がフル稼働する準備はできていますわ」
こうして、乃愛たちはアルバイト仲間たちに順に事情を聞いてまわった。中には、金庫の鍵が誰かと共有されていたのではないかという疑惑が浮上したり、最近の常連客の行動に気づいている者が多いことがわかった。
しばらくして、破られた写真のようなものが見つかった。それは金庫の裏に貼り付けられたもので、誰かが在庫を確認していた証拠のようにも思えた。
「これが手がかりかもしれませんわ」
乃愛は思わず目を細めた。
「この破かれた写真には何かが隠されています。特にこの客の姿が映っているとすれば、鍵を持ち出した決定的な証拠になります」
「でも、どうやって進めるの?」
彩音が不安そうな表情を見せた。
「証拠を強化する必要があります。まずはその客を探し出し、証言を得ることが重要ですわ。私たちが正しい推理をもとに行動しなくてはなりません」
乃愛は決意を新たにした。
彼女たちは勇気を振り絞り、常連客が現れる時間帯に店の外で待つことにした。しばらく経つと、その客がゆっくりとやってきた。彼は小柄で、黒いシャツを身にまとっていた。
「やあ、こんなところで待っていたのかい?」
彼は不思議そうに声をかけてきた。
「お話があるのですが、少しお時間をいただけますでしょうか?」
乃愛がまた一度冷静さを保ちながら尋ねた。
常連客は少し驚いたように首をかしげていた。
「問題があるのか?
「実は、金庫の件についてお伺いしたいんですわ。あなたの姿が写真に残っていました」
乃愛はその言葉をストレートに告げた。すると、客の表情が一瞬固まり、彼は考え込むように目を伏せた。
「…金庫のことか。この前、実は友だちに借金をしていたから、そのつもりで…」
「分かりました。しかし、具体的に何を話したか教えていただけますか?私たちは真実を知りたいのです」
その瞬間、客の表情が変わった。
「そうだね。友だちからお金を借りて、金庫を開ける計画を立てたことはある。ただ、話したのは一人のアルバイトの子だけだった。彼女がいると聞いていたんだけど」
その言葉が乃愛の頭の中で整理されていく。
「まさか、そのアルバイトの子が…」
彼女は思わず口元を手で隠し、彩音に見せる。
「彼女が鍵の持ち出しに関与している可能性が高いわ」
彩音は驚きつつも、冷静に考える。
「じゃあ、このお客さんがアルバイト仲間を通じて金庫を目指すのは間接的に起こってるの?」
「はい、そういうことになるでしょう。さて、証拠を押さえ切る前にまず確認しなければなりませんわ」
乃愛は事態を見据えながら語った。
二人はアルバイトの仲間にも話を聞き、ついにその真実が暴かれる瞬間がやってきた。金庫の鍵を持ち出したのは、彼女自身であり、常連客にそのことを教えていたのだ。
「友だちを助けたかっただけ」
と言い訳をしようとする彼女だったが、乃愛は冷たい目で見つめ続けた。
「あなたはあなた自身の利益のために仲間の信頼を裏切ったのですわ」
乃愛は淡々と語った。
その瞬間、周囲が静まり返った。真実が明らかになった瞬間、状況は一変し、再び知られざる緊張感が広がった。彼女は口をつぐんで沈黙し、そして一言
「ごめんなさい」
と漏らした。
その後、アルバイト仲間たちが集まり、乃愛は一連の経緯と真相を説明した。関係者たちの目に驚きと失望が交錯する中、彼女たちの心の中に何かが芽生えたようだった。
「与えた傷は戻らないかもしれないが、私たちはこれからも信じ合っていけたら…」
乃愛は静かに決意を胸に秘める。
事件は解決し、新たな絆が生まれた商品として在庫が並ぶ中、乃愛と彩音はこの経験を忘れずに胸に刻んでいた。金庫の鍵の真実が示すものは、時に人々を試練に導くが、それでも仲間や友情の絆を深めるものでもあるのだと。
乃愛の心の中に醸成され続ける探偵としての熱い情熱。これからも続く、事件と謎の世界への冒険が待っているのだと確信しつつ、彼女たちは新たな日々へと歩みを進めていくことにした。