真夜中の静寂を切り裂くように響くのは、大学キャンパスの一角にある美術部のアトリエから漏れ出る低いざわめきだった。肌寒い夜風が、月明かりに照らされた校舎の窓を叩く。美術部の部員たちが集まり、何かの儀式を行っているらしい。しかし、その平和な光景は一瞬にして崩れ去る。
「乃愛ちゃん、見て!」
彩音の興奮した声が聞こえ、乃愛はその声の方へ視線を向けた。彼女は大学生探偵であり、幼馴染の彩音と共に事件に立ち向かう姿勢が、今の彼女にとって当たり前のことだった。
「ええ、何ですの?」
乃愛は冷静な口調で返しつつ、状況を読み取る。彩音は指先でアトリエの裏手を指し示した。そこには、あらゆる美術道具が散乱し、何やら異様な雰囲気が漂っている。乃愛は背筋を伸ばし、アトリエへと足を運ぶ決意を固める。
二人が裏手に回ると、そこで目にしたのは、一人の青年が意識を失って倒れている姿だった。彼は美術部の部員で、儀式の中心にいたらしい。乃愛はすぐに状況を判断し、彩音と共に彼を助け起こそうとした。
「大丈夫ですか?しっかりしてください!」
彩音が彼の肩を叩く。青年はかすかな声をあげるが、すぐに失神してしまう。乃愛は彼の脈を確認しながら、何が起こったのかを考える。
「彩音さん、何か手がかりはありませんか?」
乃愛は周囲を見渡した。すると、アトリエの床に破れた手袋が落ちているのを見つけた。その手袋は、何かの儀式に使われたもののようだったが、今は無残に捨てられている。
「これ、重要かもしれないわ」
と彩音が手袋を拾い上げ、乃愛に差し出す。彼女はその手袋をじっくり観察し、指先の傷跡や破れ具合から直前に使われたことが読み取れた。
「どうやら、誰かがこの儀式に干渉したようですわね」
と乃愛は冷静に観察を続ける。
「まずは、関係者に話を聞く必要がありますわ」
アトリエに戻ると、他の部員たちがざわめき始めていた。乃愛は彼らの中に入っていき、事情を尋ねることにした。
「何が起こったのか、詳しく教えてくださいませんか?」
乃愛の声は静かでありながらも、周囲の注意を惹きつける威圧感を持っていた。
美術部の部長がためらいながらも口を開く。
「実は、私たちの儀式は毎年行われるのですが、今年はそれが特別だと聞いていたんです。でも、突然彼が倒れてしまって…」
部長の言葉を聞いているうちに、乃愛は何かいびつな陰謀が潜んでいるのかもしれないと感じ始める。
「あの、一つお尋ねしたいんですけど、彼には最近何か変わったことがあったのでしょうか?」
乃愛が尋ねると、部員の一人がうなずいた。
「はい、彼は最近、何かに取り憑かれたようだったんです。変なことを言ったり、神秘的な儀式にこだわったり…」
その部員の言葉に耳を傾けると、乃愛は薄々とした何かを感じた。
「実は、彼は宗教団体に関与している噂を聞いたことがあります。人を引き寄せる力があるらしいんです」
と別の部員が続けた。
「宗教団体ですか…」
乃愛は思考を巡らせる。もしかしたら、これが事件の真相に近づく手がかりかもしれない。
「彩音さん、彼の関与について詳しく調査し、何が原因で彼が倒れたのかを突き止めましょう」
と決意を固めた乃愛は、彩音と共に動き出す。
二人は次の日、宗教団体の情報を集めるために、周囲の人々やインターネットを駆使することに決めた。彩音はすぐに友達に連絡を取り、宗教団体についての情報を得ることに奔走する。乃愛はいつも通り冷静にデータを集め、彼の行動パターンを探る。
数日後、乃愛は宗教団体が主催しているイベントを見つけ出し、参加することにした。そこには、多くの人が集まり、様々なスピリチュアルな活動が行われていた。
「乃愛ちゃん、見て!あの人、彼の友達じゃない?」
彩音が指をさす先には、あの倒れた青年の友人がいた。乃愛は彼に近づき、話を聞くことにした。
「こんにちは、少しお話しできませんか?」
乃愛は彼に声をかけると、青年は驚いた様子でこちらを見た。
「何かあったんですか?」
友人は不安そうに尋ね、乃愛は自分たちがこの問題に関わっていることを説明した。
彼は少し考え込み、不安そうに語り始めた。
「最近、彼は何かに取り憑かれたように、おかしくなっていって…それに、团队と関わりを持ちたがるようになったんです」
その言葉は、乃愛にさらなる疑問を抱かせる。情報を整理し、彼の友人から聞いた内容をもとに推理を進める。事件の経過からすると、倒れた青年は単なる犠牲者ではなく、陰に潜む意図を持った何者かによって導かれたのかもしれない。
アトリエに戻ると、ノートパソコンを広げ、事件に関する情報を並べて整理した。各々の情報に基づいて関係者の行動と動機を考察する。一方の彩音は、最近雇われたキャンパスの建設作業員に目をつけていた。
「彼が一緒にいる時、なんだか怪しかったよね。ちょっと話しかけてくるだけで、気配が異なった」
と彩音が言う。その言葉に乃愛は反応した。
「そういえば、その作業員は儀式の場所にも出入りしていたという話がありますわね。彼が意図的に儀式に干渉していた可能性がありますわ」
と乃愛は直感した。
その夜、乃愛と彩音はキャンパスの裏手にある倉庫へ向かうことにした。建設作業員が怪しい行動をとっているという情報を得たためだ。彼らの行動を観察し、何か手がかりを掴もうとしていた。
「これからどうするの?」
彩音が不安そうに尋ねる。乃愛はこれまでの調査を元に自信を持って返事をした。
「様子を見ながら、動向を探りましょう。相手が何を考えているのか、徐々に明らかにしていきますわ」
暗い倉庫の中、二人は影に身を潜め、様子をうかがった。すると、作業員が数人、何やら話をしているのが見えた。
「彼を利用すれば、注目を集められる…」
一人の作業員の声が蓮と響き渡る。
「そうすれば、俺たちも一枚噛めるし、宗教団体も面白がってくれるはずだ」
別の声が続いた。
乃愛は驚きを隠せなかった。彼らは倒れた青年を利用して注目を集めようとしていたのだ。ノートにその内容を書き留め、最終的な証拠を得るための行動に出た。
「彩音さん、今がチャンスですわ。行きましょう」
乃愛は彩音に合図し、暗がりから一歩を踏み出した。
ふと、彼らの目が合った瞬間、作業員たちが気がつく。
「こ、こいつら!」
一人が叫ぶと、他のメンバーも警戒を強め、乃愛たちに近づいてきた。
「私たちは、この事件を追っているだけですわ。あなたたちの悪事はすべて暴いてやりますから」
乃愛は堂々と対峙した。
「うるせえ、引っ込んでろ!」
作業員が怒鳴り声を上げる。しかし、乃愛は冷静さを保ちつつ、その場から逃げる選択肢はなく、反撃を決意した。
「どうかしら、私たちは警察に通報したくないのですが?」
乃愛はニヤリと笑みを浮かべると、作業員たちの表情が変わった。一瞬の隙をついて、乃愛と彩音はその場から逃げ出した。
「乃愛ちゃん、どうしたらいいの?」
彩音は焦って言う。
「まずは、警察に連絡しましょう。彼らの行動がただの悪ふざけで終わるはずがないわ」
と乃愛は冷静に策を練った。彩音と一緒にキャンパスへ戻り、警察を呼んでその場を整備することに決めた。
数時間後、警察の捜査が始まった。乃愛たちの情報をもとに、作業員たちが逮捕され、事件の真相が暴かれることとなる。彼らの動機や計画は明らかになり、少年は無事に意識を取り戻した。
「乃愛ちゃん、本当にすごいね!」
彩音が笑顔を浮かべる。乃愛は冷静に微笑み返す。
「もちろんですわ、私たちの目的は真実を明らかにすることですから」
と乃愛は誇らしげに言う。事件の解決を通じて、二人は絆を深め、一層強固なコンビとなったのであった。