寒い風が吹きすさぶ月曜日の朝、久遠乃愛は大学の周りを悠然と歩いていた。彼女の黒髪は長く、冷たい空気に触れるとさらさらとした音を立てる。
「乃愛ちゃん、ちょっと待って!」
後ろから駆け寄るのは、彼女の幼馴染、雪村彩音だ。彩音は明るい茶髪のボブカットで、いつもニコニコと笑顔を絶やさない。
「何かあったのですか?彩音さん」
乃愛は、彩音の元気な声に振り返ると、自然と口元が緩む。
「大変なの!ゼミ旅行中に起きたことが、ちょっと気になって――」
彩音の目が潤む。乃愛は彼女の顔を見ると、すぐに雰囲気がただならぬことを悟った。
「詳しく教えてください」
乃愛は、周りの学生たちのざわめきを耳にしながら、彩音の話に耳を傾けることにした。
「ゼミ旅行で泊まったホテルなんだけど、泊まっている学生の中に、何だか不思議なことが起きてさ。トイレが壊れたとか、急に部屋の電気が消えたりとか……」
彩音は眉をひそめ、さらに続ける。
「それだけじゃないの。誰も話さない、謎の学生がいて、彼女がいる部屋では特に奇妙な現象が続いているらしいの」
乃愛は興味をそそられた。調査の依頼がくるのはいつでも嬉しいものだ。心の奥の探偵熱が再び燃え上がる。彼女は決意を固め、口元にスマイルを浮かべる。
「行ってみましょう、彩音さん」
***
数日後、乃愛と彩音は観光地の展望台に向かう途中、問題のホテルに到着した。外観は古びていて、一見すると重苦しい雰囲気を醸し出している。
「本当にここで、あの謎の学生がいるの?」
彩音は不安そうに言う。乃愛はその気持ちを振り払い、彼女の手を優しく握る。
「安心してください。わたくしがついているのですから」
ホテルの中に入ると、空気が一気に変わった。誰もが無言で、緊張感が漂っている。乃愛はその冷たい視線を感じながら、周囲を観察する。
「ねぇ、乃愛ちゃん。この場所、ちょっと怖いよ」
彩音の声は弱々しく、乃愛は彼女を励ますように微笑んだ。
「問題の学生を見つけなければいけませんから、冷静に行動しましょう」
二人は近くのロビーで、ゼミのメンバーたちに事情を聞いてみることにした。誰もが口を揃えて、あの学生について何も話さない。ましてや、彼女の名前すら知らないとのことだった。
「あの学生、毎晩誰とも話さずに出歩いているみたい。変な声が聞こえたりもするって……」
一人の女生徒が怯えた様子でそう語る。
「彼女の部屋のタンスには、何が隠されているのかしら?」
乃愛の言葉に彩音は考え込む。
「気になる。早速見に行こうよ」
二人は教えられた部屋、あの謎の学生が泊まっている場所に向かう。廊下の先には、薄暗い扉が待ち受けている。
乃愛はドアをノックすると、低い声が返ってくる。
「誰ですか?」
「私たちはあなたの友達です。少しお話が――」
と、乃愛は言いかけたが、ドアの向こう側から何も反応がない。
「開かないみたい」
彩音は肩をすくめる。
「どうしよう……」
「そのために手がかりを探しましょう」
乃愛はそっと廊下を歩き始める。彼女の観察力が働き、老人がいる部屋の横にあるタンスの一角に目が留まった。
「この部屋のタンス、気になるですわね」
乃愛はタンスの近くに立つと、制服の制服のスカートをめくり、隙間に手を差し込んだ。まるで何かを掴もうとしているかのように、慎重に手を探り続けた。
「あ、何か出てきた!」
乃愛は驚きの声をあげ、手元には少し黄ばんだ写真があった。その写真をよく見ると、一組の恋人たちが写っている。しかし、その顔はもやのように、不明瞭だ。
「これ、何か重要な手がかりかも」
乃愛はふと思った。恋人たちの間には何かがあったのだろうか?それが、トラブルの発端なら、謎の学生の事情にも関わってくる可能性がある。
「次は、その学生を見つける必要がある」
彼女は決意し、彩音に向けて頷く。
「彩音さん、おそらく彼女の行動を追う必要がありますわ」
「うん、行こう!」
***
探偵としての鋭いインスピレーションにより、乃愛と彩音は観光名所の展望台に向かって、毎晩出かける謎の学生を探し始めた。暗い廊下を渡り、展望台へと足を進めた。
風が吹き抜け、周囲は静まり返っている。彩音は不安を隠しきれずにそわそわしていた。
「乃愛ちゃん、どこにいるのかしら?」
「もう少し待ちましょう、きっと来るはずですわ」
乃愛は冷静に目を凝らす。その瞬間、彼女は影が現れるのを見た。孤独に歩く一人の学生だ。彼女は決して周囲を見回すことなく、ただ前に向かって歩いている。
「見つけた……!」
乃愛は彩音と目を合わせ、互いに頷いた。彼女たちは、その学生の後を静かに追うことにした。足音を立てないように気をつけながら、その学生がどこに行くのか観察し続けた。
***
学生は展望台に到着し、深い息をついた。乃愛と彩音も慎重に近づく。展望台からの美しい景色に目を奪われ、彼女は何かを呟く。
「どうしてみんな分かってくれないの……」
その言葉は悲しみを含んでいた。乃愛は心の奥に疑問を抱く。何が彼女をそうさせているのか。
「少しだけ近づいてみましょう」
乃愛は勇気を振り絞り、彩音とともにその学生に話しかけることにした。
「あなた、何があったのですか?」
学生は驚いて振り向く。目が真っ赤で、涙を浮かべている。次の瞬間、彼女は仄かに微笑む。
「どうして分かってくれたの……?」
乃愛は声に力を込めた。
「わたくしは探偵です。あなたが不安に思っていることを知りたくて来ました」
しかし、その言葉が逆に彼女を追い詰めたのか、学生は顔を歪ませて答える。
「私、もう逃げられない……」
乃愛は彼女の目を見つめ直す。内に秘めた真実が、ここにあると確信した。
「あなたの心の中に、何があるのか教えてください」
***
一瞬の沈黙が流れ、学生は口を開いた。
「彼と別れたことが、私をこんなに苦しめているの……愛のもつれが溶けない……。そのせいで私の周りの全てが壊れてしまった」
乃愛はもちろん、その心の闇を理解するのは難しい。しかし、彼女の推理力がその背後にある事情を解明し始めた。
「そんなあなたを、彼のことを思ってどうするつもりですか?」
彼女の問いかけが、学生の心に響いたらしい。
「分からない。ただ、先に進む勇気だけは必要だと思う……」
乃愛はうなずき、彼女の味方であることを示した。友人である彩音も笑顔で支持する。
「私たちがいるから、どんなことがあっても一緒だよ!」
影に埋もれていた彼女の心が、少しずつ暖かくなっていくのが感じられた。乃愛の冷静さと、彩音の優しさが奇跡を起こし、その場の雰囲気が一変した。
「これが、真実の一部ですわ。私たちの助けがいるときは、いつでも言ってください」
乃愛の声が、学生の心を軽やかにしてゆく。謎は解けても、友人たちとの絆が次の道を切り開く。
***
後日、乃愛と彩音は無事に学生の問題が解決したことに安堵していた。彼女たちの探偵の冒険は、また一つ新たな絆を生み出した。乃愛のクールな美しさと、彩音の明るさがあるからこその成果だった。
「乃愛ちゃん、成果に感謝だよ!」
彩音が無邪気に笑った。
「いやいや、これはお互いの協力によるものですわ」
乃愛も微笑む。ただ二人でいることが、彼女たちの力になる。次の新たな謎が待っていると期待しながら、彼女たちは新たな冒険へと足を踏み出した。探偵としての道は、ここから続いていく。