冷たい風が吹き抜ける秋の午後、久遠乃愛(くおん のあ)と雪村彩音(ゆきむら あやね)は普段通りの大学のキャンパスを歩いていた。乃愛は、黒髪のロングストレートをなびかせながら、まるで何かを考えているかのように静かな表情を浮かべている。一方、彩音はおおらかな笑顔を絶やさず、その明るい雰囲気で乃愛の思考を崩そうとしていた。
「乃愛ちゃん、ちょっと聞いてもいい? あの最近の新作映画、すっごく面白かったよ!」
「お話は後にしてください、彩音さん。今、ちょっと考え事をしているのですわ」
乃愛は淡々とした口調で返答した。幼い頃から推理小説に親しみ、冷静でクールな探偵として知られる彼女は、自分の思考を優先させることが多い。彩音もそのことを理解しているが、好奇心からついつい話しかけてしまうのだった。
その時、突然彼女たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、大学のゼミの仲間である高橋が駆け寄ってきた。
「乃愛、彩音、ちょっとお願いがあるんだけど」
乃愛と彩音は顔を見合わせ、何か嫌な予感を感じる。しかし、高橋の焦った表情に押され、彼女たちの興味は引かれた。
「どうしたの?」
彩音が尋ねる。
「ゼミ室で大切な資料が燃やされちゃったんだ。火事じゃないけど、誰かが意図的に資料のファイルを燃やしてるみたいなんだ。助けてくれない?」
高橋の言葉に乃愛は思わず目を細めた。この状況はただの事故ではない。何か裏にあるのだろう。彼女は決意を秘めて、彩音に目で合図する。
「わかりました、ちょっと現場を見に行きましょうか」
乃愛は静かに告げた。
二人は高橋の後を追い、目的のゼミ室へと急いだ。そこは、大学の端に位置する利用が少ない部屋だった。邸宅のように内装が整えてあるが、今は何か不気味な影を落としていた。
ゼミ室に到着すると、高橋は部屋の中を指し示した。ビニールシートがかけられた机の上、焦げた書類が散乱している。部屋の空気にはまだ焦げ臭さが残っていた。
「これが、燃やされた資料だよ」
高橋は言う。
乃愛は部屋に目を向け、冷静に観察を始める。散乱した資料の中から、再生可能なファイルの一部を集めてみると、いくつかの研究テーマが書かれていた。
「これが狙われたということは、きっと重要な内容が含まれていたに違いありませんわ」
彼女は口にした。
彩音は部屋の隅に目を向けた。
「乃愛ちゃん、これ、何か見つけた?」
彼女は興味津々で乃愛に尋ねる。
「いいえ、まだですわ。ただ、資料を燃やした理由が明らかになるまで、手はかりを探さなければいけませんわね」
乃愛は資料を一つ一つ慎重に調べながら言った。
そのとき、彩音が部屋の明かりに近づくと、閃いたように叫んだ。
「あ、見て!このシャツの汚れ、ただの灰じゃないよ!」
乃愛は急いでその場所に駆けつけた。汚れはシャツの袖口に付着していた。黒い汚れが少しの間、焦げた跡を残していたのだ。それを目にした乃愛は眉をひそめた。
「誰かがこのゼミ室に来て、これを持ち込んだということですね。汚れの色から判断するに、かなりの力を入れて触れていたはずですわ」
彼女は深く考え込んだ。
高橋もその汚れを見守っている。
「でも、誰がそんなことをしたんだろう…やっぱり思い当たるのは」
乃愛は視線を高橋に向けた。
「やはり、大学の職員かもしれませんね。この資料の価値を知っている者が犯人であれば、容易にアクセスできる立場にいる必要がありますわ」
彩音はうなずきつつ、思いを馳せていた。
「それに、事件が起こる前にこの資料にアクセスできる人、を考えたら…」
「いいアイデアですわ、彩音さん」
乃愛は微笑んだ。
「さあ、手がかりを探り続けて、真相に近づいていきましょう」
数日後、彼女たちは犯人が事務職員の中にいる可能性が高いと踏んで、調査を開始した。まずは、最近の資料管理に関しての意見を聞くため、職員たちと接触することにした。彩音の明るい性格も相まり、自然に会話を引き出すことはできた。
「事務職員の李さん、最近何か変わったことはありましたか?」
彩音が笑顔で尋ねると、若い事務職員が少し戸惑った表情を浮かべた。
「ええと…特には。まあ、たまに上司から急な指示があったりすることはあるけれど…」
乃愛はその返答に疑問を感じながらも、次の職員にも目を向けた。
「何か困ったことや、思い当たることはありませんか?」
別の職員は、
「最近、今回の火事のことを聞いて心配している人が多いですね。その事務がどうなったのか、って」
そう言って一都市議団で話す。
その様子を観察していた乃愛は、ふとあることを思いついた。
「もっと通常の行動について調べてみれば、あるかもしれませんね」
彼女と彩音は、火事の直前に事務所で何が起こっていたのかを突き止めるため、日誌や訪問記録を当たることにした。すると意外にも、数日前に家族のことで悩んでいた職員がいたことが明らかになった。
「どうしてもお金が必要な状態だったのかしら」
彩音は目を輝かせる。
「ええ、干渉している人もいれば、逆に難しい状況であることがわかりますわ。特に家族に対して不安があった場合、違法行為に走る可能性は高いですわね」
乃愛は言葉に力を込めた。
彼女たちの推察をさらに進めると、特定の事務職員の情報が浮かび上がった。それが、資料を狙い火をつけた張本人であることを確信させる材料になったのだ。
再び高橋のもとに戻り、彼女たちは証拠を元にした概要をまとめて報告することにした。高橋は目を見開き、驚きと期待の入り混じった表情を浮かべている。
「もしかして、李さんが怪しいってこと?」
「その通りですわ。書類を燃やす必要があった動機の部分まで、家族に向けられた資金調達が絡んでいる可能性があります」
乃愛は事務職員の李の目的を詳しく吟味した。
高橋は目を輝かせて言った。
「じゃあ、どうするの?」
「証拠を集め、彼を直接問い詰めるしかありませんわね。彼の様子を見て、怪しんでいることを示すことが効果的です」
乃愛が静かに告げた。
そして、彼女たちはある計画を練り始めた。彩音の行動力を生かし、
「不審な行動」
を装い、李がどのように反応するかを観察することにしたのだ。
数日後、彩音はキャンパスのカフェで李に接触した。いつもは温和な彼だが、その日は何か緊張感が漂っていた。彼の座る位置の隣に座り、会話を展開する彩音。
「最近大変そうですね、何かあったの?」
李は一瞬、言葉を詰まらせた。やがて
「ただの仕事で忙しいんだ。特に最近は慌ただしくてさ」
と答えた。
その言葉を受けて、彩音はさらに
「何か手伝えることがあったら教えてくださいね」
と明るく答える。
「あ、そうそう。私のお友達が最近火災の事故があったとかまだ知らない?人が燃えたのかしら」
その瞬間、李の目が瞬時に揺れる。顔色が変わり、苦い表情を浮かべた。
「それは…俺が関わっているようなことじゃないよ」
と彼は強く言った。
その反応から、乃愛は彩音の目を見て小さくうなずく。これが彼を追い詰めるきっかけになる。しばらくの間、李の行動を見守っていたが、次第に彼の態度には不安が漂い、明らかに動揺している様子が見えた。
何度かやり取りを重ねた後、彩音が彼を持ち出そうとした瞬間、乃愛が決定的な言葉を放った。
「李さん、私たちが知っていることを話ですね、あなたが火事のことで何を知っているのか?」
その言葉に李は驚き、顔を青ざめさせた。そこで事情が一気に白日の下に晒され、彼は怯えた様子で、苦しみながら自らのしたことを告白することになった。
「仕方がなかったんです。家族が困窮していて、俺に何かを求めてきた。でも、やってしまったことを悔いているんだ」
彼の告白は、経済的な理由から不正行為に至ったと語り、深い反省の言葉を残した。乃愛と彩音はこのようにして事件の真相を見事に解決することができた。
数日後、大学内で今後の方針について発表があった。李はとうとう事務職員としての職務を辞め、彼が火災の主犯であることが公式に認定された。彼の行動がもたらした影響を考えると、まだ悔やみきれない部分が残るが、これも成長の一環なのだろう。
乃愛は一番心の中で感じいた。事件を解決したことで、彼女たちの絆はさらに深まっていった。そして、これからも新たな冒険が待っていることを予感しつつ、彼女は次の探偵活動に向けて心を新たにしたのであった。