第52話 「古書店のミステリー: 薬品を巡る真実」

駅から徒歩数分のところにある古書店、古物屋
「文季堂」
は、静かな町にひっそりと佇んでいる。本棚の隙間から漏れる陽の光が、薄暗い店内をほんのりと照らし出し、古びた本の香りが漂う。そこは、久遠乃愛と雪村彩音が時折訪れる心地よい空間だった。二人はこの場所で、立ち読みを楽しんだり、珍しい本を探したりするのが日課だった。

そんなある日、古書店のオーナーから助けを求める電話が入る。
「乃愛ちゃん、早く、行きましょう!」
と、愛らしい声で彩音が促した。彼女の目はわくわくしていた。珍しい依頼の匂いがしたのだ。

古書店に入った二人は、オーナーの中野さんとその話を聞くことになった。彼はいつもは穏やかな表情をしているが、この日は明らかに不安げな様子だった。彼が口を開く。
「実は、最近、実験室の薬品が紛失してしまったんです。私が目を離した隙に、たったひとつだけ…」

「薬品が?それは大変ですね。どんな薬品ですの?」
乃愛は冷静に質問を投げかける。彼女の言葉には常に洞察力が伴う。

「それは、特殊な化合物で、一般には流通していません。大学から取り寄せたものなんですが…」
中野さんの声が震えている。彼は続けた。
「常連のお客さんの一人が先日、実験室を使用した際に、無意識に持ち帰ってしまったのではないかと疑っています。ですが、その人が本当に持ち帰ったのか、はたまた他の誰かが盗んだのか、それを確認できないのです」

「なるほど。つまり、あなたの常連客が怪しいと」
乃愛は不敵な微笑みを浮かべた。彼女はそう言って、このミステリーの核心に迫っていく決意を固めていた。

「そのお客さんに会わせていただけますか?」
乃愛はすぐに行動に移る。彩音もその流れに乗って、
「その人に話を聞いてみよう!私たち、どこまででも行くわ!」
と力強く宣言した。

中野さんは重々しく頷き、常連客である佐藤を呼ぶことに同意した。しばらくして、若い男性が現れた。彼は憔悴した表情で、
「すみません、最近は疲れが抜けず…」
と言いながら現れた。乃愛は彼の目を観察する。何か秘密を抱えているような、どこか逃げ腰な態度が気になった。

「佐藤さん、実験室での出来事について話を聞かせていただけますか?」
乃愛は彼に目を向けた。彼はびくりとした表情を見せ、少し言葉を詰まらせる。

「そ、それは…ただ、色々と使った後に片付けようと思っていて、うっかり忘れてしまったかもしれません…」

その言葉に矛盾を感じた乃愛は、改めて佐藤の口調に注意を向けた。
「薬品については、具体的にどんな作業をしていたのですか?また、誰と一緒だったのですか?」

佐藤は言葉を選びながら応える。
「いや、特に誰とも一緒ではないです。ただ、ひとりで作業をしていたと思います…」

「そうですか。しかし、古書店に来る必要があったのなら、何かを考えていたのではないでしょうか。少し突き詰めて聞かせてくださいませんか?」
乃愛は佐藤を淡々と見つめる。彼の心の動きを見逃さないために。

「それは…もしかしたら、もらった資料をもとに考え事をしていたかもしれません。本当に申し訳ありません」
彼は両手を握りしめて不安な顔を見せた。

彩音は、そんな彼の様子を見ながら心配そうに促した。
「佐藤さん、私たちに助けてほしいことがあるの。何か心当たりがあるなら教えてね」
彼女の明るい笑顔が少しも緊張感を和らげようとする。

その瞬間、乃愛の一瞬の観察が彼女の興味を掻き立てた。
「もしかして、何か薬品を持ち帰ったのではなく、他の誰かに見られてしまった可能性もありますね。あなたはその後、誰かに追われることはありませんでしたか?」

佐藤は少し間を置いてから言った。
「特に何も感じていませんが、最近、私のまわりで変わった出来事があったような…すみません、詳細を覚えていません」

乃愛は彼の表情に不安を感じた。さらに深掘りしたい気持ちを抑え、まずは情報を集めることにする。彼が言うように、実際に何かが予兆として存在するのかもしれない。

「わかりました。それでは、佐藤さんには一度、何も気にせずに帰っていただいて、私たちが周囲を調査しますわ」
冷静に計画を立てる乃愛に対し、彩音が興奮した様子で言った。
「乃愛ちゃん、どうする?私たちも彼の行動を見てみないと…」

「そうですね。まず、もう少し彼の周囲について知る必要がありそうですわ。それにしても、古書店の常連客というのが気になりますね。何か理由があるのかもしれません」

その夜、乃愛と彩音は、それぞれの資料を引っ張り出して、佐藤の行動のトリックを考えた。古書店の利用履歴を確認し、他の常連客の訪問記録も調べる。どうやら、彼は同じ時間帯に頻繁に訪れていた。

「乃愛ちゃん、この常連客が来た日はみんな何を買っていたの?」
彩音が興味津々で尋ねる。乃愛は記録を見つめながら答える。
「ここ数週間、彼が来る日には薬書に関連する本がよく売れていますね。特に、化学や薬品に関するものが多いです」

「それなら、彼が何か研究をしている可能性があるかもしれないね」
彩音はその指摘に頷く。
「でも、どうして薬品を持ち帰ったのか、動機が気になる」

その日のうちに佐藤の行動を徹底的に分析した二人は、彼の周囲で起こったことをすべてひっくるめて、一つの結論に飽和した。乃愛の推理によると、彼は無意識に薬品を持って帰ってしまった可能性が高い。しかし、それだけでは納得できない。彼は何を研究していたのか、どのようにしてそれを得たのか、その謎が気になった。

翌日、乃愛は彩音に提案した。
「今日は佐藤さんが大学に行く時間を見計らって、そこに行ってみましょう。彼がどんなことを言うのか、直接聞いてみたいですわ」

「わかった!でも、もし私が何かを見つけたら、即座に叫ぶからね!」
彩音は元気よく返事した。彼女の行動力は彼女の特技そのものだ。

昼過ぎ、乃愛と彩音は大学に向かった。佐藤が来ると、彼が穏やかな表情で通り過ぎていくのを見た。乃愛はその際に、ちらりと彼の持っているバッグに目を向けた。少し目を皿のようにして、バッグの中を見ることができた。

「ねぇ、あの袋の中に何か入っていそうじゃない?私、あれを見た方がいいかも!」
彩音は目を輝かせ、少し先を見続けた。乃愛は微笑んで答えた。
「そうね、そのバッグを見せてもらいましょう」

二人は佐藤がキャンパスに入る様子を見て、その後追っていった。そして、彼が立ち止まる瞬間を狙った。佐藤はどうやら研究室に入るようだった。

その時。乃愛はちらっと佐藤の影に何か生むものを感じ、彼の目をじっと見つめる。佐藤はさっと視線を逸らしたが、彼女はその感情の動きに気付いていた。

「佐藤さん!」
乃愛が声をかけると、彼は驚いた表情で振り返った。
「私たちのことを少しだけ話してくれないかしら?」

彼はしばらく黙っていたが、ついに口を開いた。
「わかりました。このところ、私の周囲で人が増えて、落ち着けないんです」

「どういうことですの?」
乃愛が促すと、彼はゆっくりと話しはじめた。
「私の友人が、最近、実験室の薬品を使って調べ物を始めたんです。普通のものではなく、特に危険な物だと」

「それがどう関わっているのかしら?」
乃愛が質問を重ねる。媚びるような口調ではなく、彼を真剣に思って尋ねる。

「そういうことを考えただけで。多分、私が無意識に持って帰ったのはその友人のせいかもしれない。隠れて不正を犯していることを知らずに」
佐藤の目には恐怖が宿っていた。

一方、彩音はあのバッグをしっかりと見つめ、言った。
「それって何のこと?」
彼女はすぐさま行動に出ると、バッグに近づき、手をかけた。

「やめて!」
佐藤が詰まった声を挙げる。
「何かが見つかるかもしれない…」

乃愛はその様子を見て、直感で何かを感じた。
「あなたはこのまま仲間を守ろうとしているのですね?それでも、真実を隠すのはおやめなさい。私たちが解決しなければ、もっと大きな問題になるかもしれない」

その瞬間、佐藤は変わったように叫んだ。
「私が無意識に持ち帰ったのは本当に彼のせいかもしれない…でもそれ以上は言えない…!」

そんな彼の言葉を耳にした乃愛は冷静はを保ちながら、そこにかかわる全ての真実を見抜く。バッグを開くとそこには、紛失した薬品が見えたのだ。

「あなたは本当に無意識なのか?」
乃愛の問いかけに佐藤は汗をかきながら頷く。

「そういうことか。無意識の場合、確かにあなたに罪があるわけではありませんが、隠しているのは友人のことでしょう。なぜ彼がこの薬品を使っているのか、あなたは知っているはずです」
乃愛は厳しい目で彼を見つめる。

その言葉を聞いた瞬間、佐藤の表情が変わった。彼は思わず口を開いた。
「それは…彼が結果を求めるあまり、禁忌をも犯そうとしている。聞いてないのですが、彼は薬品を密かに集めているかもしれません。これがあなたたちの探偵の答えでも…」

乃愛はそれが真実であることを実感し、彼の告白を掴んだ。
「私たちにできることは、友人を脅かすのではなく、真実を解決すること。あなたにもその責任があるはずです。もし何か分かったら、すぐに連絡して頂戴」

佐藤は動揺しながら頷いた。そしてその足は、彼らの視線から逃げるように急ぎ去って行った。

「いったいどうなるの?」
彩音が不安そうに言った。

「分からないわ。ですが、真実が出るまでは分からないことも多い。私たちの役割はここで終わりではありません」
乃愛は淡々と心の中で理解をさせた。

数日後、佐藤からの連絡があった。彼の友人から、無許可で集めていた研究経歴が発見され、問題が解決へと向かった。ただ、彼にとっては辛い思いをしなければならないことになった。

「佐藤さんは本当に無実で、でも友人のことで悩んでいたと…。私たちの想いが通じていると嬉しいわ」
と乃愛が微笑むと、 彩音は
「やっと解決できたね!」
と弾んだ。

その後、古書店に戻った二人は、店主中野さんに結果を報告した。
「私たちが気にしていたことは、実際には友人によるものだったんです。彼は無意識に薬品を持ち去ってしまっていました」

中野さんは目を輝かせ、
「それなら、もう少し安心してもらえますね」
と安堵の表情を浮かべた。

この事件の結末は辛いものだったが、今後の問題が大きくなる前に解決できたことに安堵した乃愛と彩音は、その後も古書店を訪れ、新たな物語を探すのであった。彼女たちは人々の秘密を掘り下げながらも、真実を見つけるための道を歩み続ける探偵だった。