第46話 「運命の実験室の中で」

教室に漂う静寂の中、私は村上和真を見つめながら心臓が高鳴るのを感じていた。私たちは高校2年生で、理科の実験のために一緒のグループに振り分けられた。ああ、やっぱり運命だと思う。彼と一緒に過ごす時間がもたらす幸福感は、私の心をいっぱいに満たしてくれる。そして、彼の優しい笑顔を見るたびに、私の中の独占欲がうずくのだ。

「黒川、これってどうするんだっけ?」
和真は不安そうに実験の手順を見つめている。ふふ、可愛い。彼にとって、こんな簡単なことも難しいのかしら?お人好しの彼は、周りを気にして私に助けを求める。私が彼を支えるのは当然のことなのだ。

「和真くん、まずはこの試薬をこちらに注ぎますわ」
私は、お嬢様口調で指示を出す。彼はぼんやりと頷き、言われた通りに動く。直感的に彼の手元は滑らかではない。そして、案の定、試薬を注ぐ際、彼は少し多すぎたようで、液体が試験管から溢れ出してしまった。

「あ、やば、あああ!」
彼の声が混乱に変わる。私は心の中で笑いがこみ上げてくる。彼の天然さがここでも毎度のことながら発揮されている。この甘い瞬間を少しでも長く、一緒にいたいと思ってしまう。

「和真くん、大丈夫ですわ。慌てずに」
私は、彼のあたふたする姿を見て、無益な嫉妬心が芽生えてくるのを感じた。彼に何かあったらどうしよう、いつも彼の周りには誰かがいる。でも、彼は私を求めている。そういう思いが伝わる。

彼は私の言葉に頷くが、やはり動揺が隠せない。実験は、
「滴定」
という少し難度が高い作業で、私は早く彼を支えなければ。彼が不器用な手つきで反応を進めようとするのを見ると、私の中のヤンデレ魂がざわめく。

「もっとこう、少しずつ、ゆっくりやると良いですわ」
私は和真の腕に触れ、穏やかな微笑みを浮かべた。彼を支えることで助けになりたい、そして気持ちを伝えたい。少しでも彼に愛を感じ取ってもらえたら。

「あ、ごめん、黒川。これ、もう一度やり直してもいいかな?」
彼は無邪気な目で私を見る。彼のその瞳には、私の存在など何も映っていないのだろう。

「ええ、もちろんですわ。大丈夫ですから、私がいますし」
私の心はドキドキしていた。彼の視線が他の女子生徒に向いていないか、一秒たりとも見逃すわけにはいかない。実験器具の中で目立っているのは私の気持ちだけ、彼に思いを伝えなければ。

実験の続行。試験管の傾き。上手くいくかどうかわからない。私の心が不安で張り裂けそう。ドキドキ、ドキドキが止まらない。彼の視線が時折私に戻ってくる。ああ、もっと気づいて、和真くん!

その瞬間、再び彼の不器用さが顔を覗かせる。試薬の色が変わった瞬間、彼の動きによって大きな音を立てて試験管が倒れる。液体が教室の床にこぼれ、周囲は一瞬驚きに包まれる。私は彼を見つめ、心の中で計画を立てる。

「和真くん!」
思わず呼びかけてしまう。私の声には、彼を守りたい気持ちが詰まっていた。彼もクラスメイトたちの焦りを感じ取ったのか、顔が赤く染まる。心配なのは彼だけではない。その姿を見るたびに、私の独占欲が増していくのだ。

その様子をクラスメイトたちが笑いながらカメラに収めている。気持ちが焦る。彼に
「恥ずかしい思い」
をさせるわけにはいかない。いつも彼のことを見つめるだけの私が、彼を守る
「彼女」
になれるチャンスだ。

「和真くん、私が掃除しますわ」
私は周りの目を気にしないよう心に決める。液体を拭き取るためのタオルを手に取り、急いで床に跪く。彼が無邪気に微笑み続ける中、私は必死にその状況を収拾しようとしていた。

クラスメイトたちは私と和真をからかい、笑いが交じる。しかし私にとってはそんなことがどうでもいい。彼の恥ずかしさを和らげるために、私はこの状況を終わらせることが最優先だ。

「なあ、黒川。こんなこと、俺のせいでごめんね」
彼は不安げに言った。私の心が温かくなる。こういう素直さが彼の可愛さでもある。

「いいえ、和真くんのせいじゃありませんわ。皆さんも笑っているだけですもの。私が何とかしますから」
そう言うと、私はまた液体を拭き取る作業に戻る。まるで彼の気持ちを受け止めてしまいたいかのように、彼のことを思ってこの瞬間を楽しむ。

しばらくして、掃除が終わった頃、先生は心配そうに教室に入ってきた。
「どうしたんだ、何が起きたんだ?」
と聞くが、クラスは和やかな空気に包まれ始めていた。

ごまかせている。和真くんは無邪気に笑っている。この瞬間がずっと続けばいいのに、そう願う。彼が私と笑っている姿は心からの喜びだった。

「あ、先生、黒川が手伝ってくれたんだ。本当に助かった」
和真の言葉は私をさらに嬉しくさせる。彼は自分が起こした失敗のことで申し訳ないと思っているのだ。

「それは良かった。しかし、次は失敗しないようにね」
先生も優しい声で指導し、クラスメイトたちの笑い声がまた響く。私もその声を聞いて安心するが、和真が私に何か言いたいことがあるように見えて、ドキドキしてしまう。

その後の時間、実験は続く。私は和真の隣で彼を支えながら、一緒に過ごすこの瞬間が少しでも長く続くことを願った。心の中では、
「彼に私の気持ちが届いて欲しい」
という願望がぐるぐると渦巻いている。

「ねえ、黒川、これってこういう感じでいいの?」
彼が私に向かって問いかける。無邪気さが印象的で、逆に私がドキリとしてしまう。彼はどうしていつもこう、私の心を掴んで離さないのだろう。

「はい、和真くん。その通りですわ」
私は微笑みながら答える。その瞬間、私の心が少し弾んだ気がした。彼と過ごす何気ない時間が、私の心に確かな感情を刻み込んでいる。

「あのさ…、黒川」
彼が何かを言おうとしている。でも、続きが聞けない。教室の他の子たちが私たちの方を見ている。緊張が高まる。

「なんですの?」
私は彼の目をじっと見つめた。何か特別なことを言ってくれるのだろうか。彼の声は優しく、私の心を溶かすようだった。

「黒川のこと、いつも助けてくれてありがとう」
彼の言葉に、私は心が温かくなる。愛しさが満ちてきた。大好きよ、そしてあなたに伝えたい。

「そんな、当然のことですわ、和真くんに助けてもらったこともたくさんありますもの」
私の心の中では
「好きだ」
という言葉が渦巻いている。しかし、声には出せないまま。彼にどう伝えれば良いのか、焦る気持ちが高まった。

彼はそのまま何気なく実験を続ける。まるで何も起きていないかのような和真の天然さに、私はついに堪えきれなくなった。
「もう一度、彼に伝えなければ」
と心の中の決意が固まっていく。

「和真くん、実は…」
私の心臓が高鳴る。ドキドキ、彼の問いかけに続ける。彼に自分の想いを伝えたい、でも、どうしよう。言葉が胸の中でふるふると踊りながら、ついに口から言葉が流れ出ようとする。

その時、教室のドアが開き、他のクラスメイトが入ってきた。状況が一変してしまう。彼と私の間の空気が壊れてしまった。和真もこっちを見ている。挫けそうな気持ちを抑え、
「今は自分の気持ちを伝えるタイミングではない」
と自分に言い聞かせるしかなかった。

授業が終わり、仲間たちが教室を出ていく中、私は彼の側に残った。彼の視線が私に向いていることを確認して、もう一度、
「和真くん」
と口を開く。

「今日のこと、楽しかったですわ。私もお手伝いできて嬉しかった」
それが私の精一杯の言葉だった。彼の笑顔に惹かれながらも、何か特別なことを伝えられなかったことが悔やまれる。

「うん、黒川のおかげだね。本当にありがとう。次の実験も一緒にやらない?」
彼の優しい声が私の耳に届く。その瞬間、私は心が跳ね上がった。

「ええ、もちろんですわ。和真くんとなら、何でもできますわ」
私の心の声は、彼に対する想いを伝えるために言葉を尽くした。しかし、彼にはまだその真意が伝わっていないようだった。

夢見心地のまま、私は彼の横で笑顔を浮かべた。不器用な彼にどれだけの愛を与えられるのか、そしてどれだけ彼に寄り添えるのか。心の底から彼を好きだと思う。この気持ちは、いつか伝えなければならない。しかし、今はその時ではない。彼が天然なままでいてくれる限り、私の心は彼に満たされ続けるのだ。

もう少し、もうちょっとだけ。彼との距離を縮めるための試練を乗り越え、彼の笑顔にずっと寄り添っていたい。次の実験では、もう少しだけ勇気を出して、彼に素直な気持ちを伝える日が来ることを願いながら、私は日々の学校生活を楽しんでいた。