第45話 「サバイバルの始まり」

麗司はエルメットをかぶり、必要な物品を持ち帰るための装備を整えた。フェイスガードの隙間から入る冷たい空気が、彼の緊張を一層強める。無言のまま彼は深呼吸をし、頭の中で明確に次の一手を考えた。生存のためには、まず水を確保しなければならないと再確認する。

「出発する前にもう一度、周囲を確認しておこう」
と、彼は心の中で呟く。視覚が利かないゾンビにとって、人間の存在をどのように察知するのかを理解している。そのため、彼は音を立てないよう細心の注意を払いながら、マンションの窓から外を見ることにした。

静寂が広がる街の中、かつての賑やかな車道は放置された車両で埋め尽くされ、そこに生きていた人々の痕跡は何も残されていなかった。深い静けさの中に、自身の心臓の鼓動だけが響いている。麗司はその瞬間、外に出ることで待つのは恐怖と直面する運命だと感じた。彼の頭に過去の記憶がよみがえってきた。大学生活の中でオタク趣味に没頭していた頃、現実社会の動きとはかけ離れた世界に生きていたのだ。今、そのギャップが彼を苛立たせ、孤独感を一層際立たせていた。

「それでも行かなくてはならない」
と自分に言い聞かせ、彼は意を決してマンションのドアを開けた。

まず、階段を下りる音に注意を向けた。音を立てないように、つま先立ちで、慎重に足を運ぶ。彼にとって、今は自分を守るための最良の選択が求められている。エレベーターも機能していないため、いつもとは違った静けさに包まれた階段を下り続け、1階に到達した。心の中で
「今は一歩進むごとに、自己防衛が強化されている」
と自分に言い聞かせた。

外へ出ると、薄暗い空気が彼を包み込み、恐怖感が再び押し寄せる。周囲は異常な静けさに満ちており、ぞっとするような感覚が彼の背後を冷たくさせた。その瞬間、彼は周囲を忠実に観察した。生存するための環境センサーが作動する。近くの店や公園の位置、さらには逃げ道を一つ一つ記憶に刻み込みながら、少しずつ前に進んでいく。

まず目指すのは近くの公園だ。そこにはかつて水遊びの場で使われていた池があり、今でも少しの水が残っているかもしれないと考えたからだ。マンションの周囲を慎重に進むが、心の中に一つの不安が渦巻く。もし、あのゾンビたちが集まっていた場合、逃げ場所を見つけることができるのか。

そんな思考を巡らせながら、彼は公園に近づくことにした。公園へ至る道は、人々の様々な印象を持つ場所だった。彼にとっては、安らぎを求める場所であったが、現実はそれとは裏腹に、死にたくないという強い思いを持ったまま孤独と直面しなければならない場所である。その考えは、彼の足元を重くし、
「生き延びないといけない」
と気持ちを奮い立たせた。

公園の入口に近づくと、そこには雑草が生い茂り、草むらが一層鬱蒼とした様子を見せていた。ここでも、かつて賑わいをみせた遊具たちが無残に朽ち果て、悲しい歴史を物語っているようだった。この光景を目の当たりにして、彼は深い悲しみに包まれる。
「かつての景色を知っている自分がいる。その自分が完全に消えてしまったかのようだ」
と、彼は思う。

音に敏感なゾンビたちが近くにいないことを確認し、彼は近づく。水を集められる池の辺りに辿り着くと、池の水面には何かのゴミが浮かんでいたが、周囲に人間の気配はなさそうだった。ここは一時的に安全だと感じる。

麗司はペットボトルを取り出し、池の水を汲む準備を始める。しかし、その時、彼の感覚が鈍くなる。耳がピリピリとした感覚を覚え、彼の警戒心が冴え渡った。周囲を見渡すと、遠くの方で何かが動いている影が見えた。

「ゾンビだ…」
静かに呟く。その瞬間、彼の心は一瞬で凍り付き、動悸が早まる。冷や汗が背中を流れる。彼は動きを留め、音を立てないように沈黙を守った。目の前の景色を強く凝視することで、状況を極力把握しようと必死になった。

影は、どうやらゾンビが一匹ふらふらと動いている様子だった。それも、彼の背後からではなく、ある距離をおいて池の反対側を彷徨っているようだった。麗司は心の中で冷静さを保ち、
「静かに、水を汲むだけでなく、早く離れなければ」
と思考を巡らせる。目の前の状況に焦ることなく、冷静に行動しなければならない。

彼は素早くペットボトルの口を水面に付けた。少しずつ水がボトルの中に流れ込んでくる。その瞬間、ゾンビの動きに目をやりながら、集中力を切らさずに水が満たされるのを見守った。少しでも早く離れられるように、頭を働かせ、計算し、考えを巡らせ続けた。

水がボトルの半分ほど満ちた瞬間、彼は池から離れる決意をした。ゾンビの方へ目を反らさないようにしつつ、気配を感じながらさっと立ち上がる。冷たい汗が額を流れるが、決して焦るわけにはいかない。ここからが生き残りへの第一歩だ。

「次は、どこに向かうか考えよう」
と、彼の心の中に響く。周囲を再確認した後、わずかな間を取ってから、マンションの方へと引き返す道を選んだ。その道を避けようとするのは、恐怖から逃げるわけではない。明確な目的を持った行動が必要だと理解していた。

途中、公園の隅に目をやると、近くにあった自販機の前には数本の無残な放置飲料があった。仮に水分補給の選択肢があれば、無駄にはできないと心がひらめく。

「取り敢えず、ジョギング用に置いていけば、後で取りに来ることも可能だ」
と、彼は思い、その場にあるもの全てを利用することに決めた。何が役立つかわからないこの状況で、無駄に物を持つことはない。冷静に、自己防衛の道筋を描くことこそが生存のために重要なことだ。
「この街のどこに、何が残されているのかを知ることが essential だ」
と、彼はその瞬間を宝のように思った。

しっかりとした決意を持って再びマンションの方向へと進み出す。公園を後にして、緊張感の漂う通りを通る。あちこちに打ち捨てられた物や車両があり、人々が生きていたころの記憶を留めている。彼にとってその景色は過去に満ちていたが、今は彼を生かす力になる要素たちだとすら思われた。

麗司はこの新しい現実に対する理解を深めながら、少しずつ成長している実感を覚えていた。耳を澄ませ、彼は周りの音に敏感になりながら、余計なことに構わない。そして、自分の命を守るため、過去の自分と決別しなければならないことを感じた。
「これが私のサバイバルの始まりだ」
と、少しの誇りさえ感じられた。

道のりは長く、全てが彼にとって未知の体験ばかりだが、持っていた知識を駆使して、一歩一歩進んで行く覚悟を決めた。それを証明するためには、何より冷静さを保つことが必要だと思った。

視界にマンションが現れると、胸の高鳴りがもう一度彼を襲った。帰ることができる安心感と、外の世界への恐怖が混在する。しかし、興奮や緊張に怯むことなく、彼は扉を開け、部屋へと足を踏み入れた。

確保した水を物資の元へ戻し、これからの生存への想いを胸に刻む。
「次は、どこに行こう」
と考え続けながら、彼のサバイバル生活はまだ始まったばかりなのだと思う。この新たな現実の中で、彼は次なる一歩を踏み出す準備を進めていく。