第44話 「恋心を伝える手作りお弁当」

黒川梨乃は、朝の教室で窓の外を眺めていた。季節は秋になり、少し肌寒くなってきた。そのせいなのか、最近村上和真の調子が悪そうに見える。昨日も、彼が鼻をすすり上げているのを見て少し心配になった。
「彼氏でもないのに、心配しすぎかしら。でも、気づいてあげないと、和真くんが大変なことになってしまう」
と内心ドキドキしていた。

『やっぱり彼のために何かしなきゃ』。私は思い立つと、すぐに自分の行動を決めた。今晩は、和真くんのためにお見舞いの手作りお弁当を作ろうと。私の特技である料理を使って、彼の心を掴むチャンスだ。そう、今日は絶対に彼に私の気持ちを伝える日だと心に決めた。

放課後、私は友達にお弁当の材料を教えてもらい、市場で新鮮な野菜や肉を購入した。買い物を終えて一旦帰宅し、キッチンに立って、彼のために全力でお弁当を作り始めた。美味しいものを作ることはもちろん、愛情もたっぷり込めなきゃと、自分の気持ちを重ねながら料理を進めた。

お弁当が完成した頃には、夕暮れが周囲を染め始めていた。
「このお弁当、和真くん喜んでくれるかしら」
心配と期待の入り混じった気持ちを抱えながら、私は村上くんの家に向かった。

彼の家の前に立つと、ドキドキがさらに加速する。
「これが失敗したら、私の一大事だわ。でも、きっと大丈夫。彼にふさわしいお弁当を作ったのだから」
そう自分に言い聞かせ、私は家のドアをノックした。

「黒川?どうしたの?」
ドアが開き、少し元気のない和真くんの顔が見えた。彼は私を見るなり優しい笑顔を見せたが、少し疲れた印象を受ける。私の心の奥には『和真くんが風邪をひいているのに、無理して笑おうとしている』という気持ちが渦巻く。

「和真くん、風邪の具合はどうですか?」
そう言いながら、手に持っていたお弁当を彼に見せつけた。
「今日は特別に、あなたのために手作りのお弁当を作ったのですわ」
私の声には少し強い決意が込められていた。

「わあ、すごい!ありがとう、黒川。食べるの楽しみだ!」
彼の反応は予想通りで、心が嬉しさでいっぱいになった。
「あ、今はちょっとお腹が空いてないかも」
と言ってからも、彼は私の気持ちには気づいていないようだった。

「大丈夫ですわ。無理せず、しっかり食べてくださいませ」
とお弁当を差し出す。彼が嬉しそうにそれを受け取る瞬間、少し劣情を抱いてしまったのは内緒のことだ。

「家の中で食べる?それとも外で食べる?」
私は彼の提案を待ちながら、心の中で言葉を選んでいた。母親の浮かれている様子が頭をよぎった。珍しい彼女の笑みを思い出すが、私の純粋な恋心はそれを圧倒してしまった。

「外で食べようかな。少し外の空気を吸うのもいいし」
と和真は言って、リビングのドアを開けて外へ出る。私はその後に続く。
「本当に、風邪大丈夫そう?」
彼の顔を見つめるとともに、彼の魅力に今一度気づく。

外に着いて、
「じゃあ、早速食べましょう」
と声をかけた。彼はレジャーシートを広げ、お弁当を置く。しかし、私がそこまで準備を整えたにも関わらず、どこか気恥ずかしい思いがした。

お弁当を少しずつ彼に食べさせると、彼は幸せそうに微笑む。
「これ、本当に美味しい。黒川って料理上手だね」
とちょっと照れくさそうに言った。私の心は大きく跳ねた。

「和真くんに喜んでもらえるなんて、私本当に幸せですわ!」
そう言うと、彼はまざまざとこちらを見つめた。
「黒川、君の料理は本当に特別だよ。これからもお願いできるかな?」
まさにその瞬間、私の心臓がドキッとした。これが、私がずっと思い描いていた瞬間だ。

「もちろん、いくらでも作りますわ。いつでも言ってください」
私の声には、少し意地を張った響きもあった。意中の相手に自分の気持ちをストレートに伝えることができていると思った。しかし、あの天然男子はまた、私の思いをはぐらかす。

お弁当がなくなり、会話が弾み始めた。その中で、和真が話す内容を理解することができなかった。彼は自分の好きな散歩や、最近出会った犬の話をするが、私は彼が私の心をつかむ話をしてくれないかと焦っていた。

「そういえば、黒川は今度の文化祭で何かやるの?」
突然の質問に、私は少し動揺した。
「あ、えっと、私は手作りの品を販売することに決めたわ。でも、和真くんはどうなの?」
彼は少し考えてから、陽気に答えた。

「僕は、友達と軽音楽部で演奏することになってるんだ。君も見に来てくれる?」
その瞬間、私の心の中で嫉妬が渦巻く。
「それは、他の子と一緒に演奏するってこと?」
私の声はつい、少し強くなってしまう。

「うん、友達たちと一緒にだけど、別に気にしないでよ」
と和真は少し驚いた表情をした。
「友達なんだから、みんな楽しくやればいいよ」
その言葉は、私の心をさらにもやもやさせる。彼のことを、もっと独占的に思いたかったが、彼は気遣いが足りない。

お弁当を片づけて少し話を続けたが、私の思いを打ち明けるタイミングを逃した。
「今度こそ、私の気持ちを……」
と思いつつも、彼の目を見ることに勇気が出せずにいた。

その日の放課後は、意外にも静かな心持ちで帰った。友達とお茶しながら、私の気持ちを話すことにした。
「ねえ、最近の村上くん、どう思う?」
友人は言う。彼のことを好きなことを知らない彼女が、変な顔をしているのを見た。

「どうもないと思うよ。村上は、いつも穏やかだし、みんなの人気者じゃない?」
その言葉に少し傷ついた気持ち。でも、私の気持ちは変わらない。あの天然な笑顔を愛しているんだから。

「でも、少し天然すぎるところがある気がするけど」
と言って、友人は笑った。まさにその通りだ。彼はいつも、私の気持ちに鈍感で、私の行動に気づいていなかった。それでも、そこが彼の魅力であり、私の独占欲を駆り立てた。

次の日、私は再び彼の家にお弁当を持っていった。今度こそ、ちゃんと告白するつもりだ。しかし、彼の前で心臓がドキドキしすぎて、言葉にすることができない。このまま、彼を独占したい気持ちと、彼に思いを伝えたい気持ちがせめぎあっていた。

「今度は絶対に、私の気持ちを伝えるのよ!」
心の中で何度も繰り返しながら、私は彼の笑顔を見つめた。