学校の風景はいつものように賑やかで、私、その中にいることに心の奥底で小さくなりながら、ほかの生徒たちの笑い声や教室の賑わいを感じ取っていた。そう、黒川梨乃、ただの冷静な優等生。表向きはそうだけれど、内心は真逆のことでいっぱい。今日は生徒会活動の手伝いがあるの。その中で、村上和真くんと少しでも近くにいることができたら、私はどれだけ幸せだろう。
彼はクラスメイトで、天然な男の子。周りの女子たちにモテモテで、でも本人はそのことに全く気づいていない。私が彼に恋をしていることも、気づいていない。クラスのみんなが私の気持ちを知っていることを、彼だけが知らないのが、ますます私の気をもたせるのだわ。心のどこかで、──いち早く気づいて欲しいなんて、思ってしまうけれど。
今日は生徒会で運動会の準備を手伝うことになっていた。和真くんは、サブリーダーとして指示を出している。私は密かにその姿を見つめつつ、彼が一生懸命に仕事をしている姿に胸が熱くなる。手伝う子たちに優しく声をかける彼の様子は、まるで太陽のように明るかった。
「黒川、これ手伝ってくれないか?」
和真くんが私に助けを求めてくる。嬉しい。これが私にとっての最高の瞬間なのだ。彼の声に反応し、急いで近づく。
「はい、和真くん、喜んでお手伝いしますわ」
私の言葉に彼は微笑み、何も気づかずにさらっと他の子たちに指示を出している。その瞬間、私の心はドキドキする。彼にちょっとでも近づけるチャンスが与えられたのだから。そのまま、一緒に作業を進めていく。
和真くんが運動会の日の計画を説明している。その声がささやきのように私の耳に響いてくる。彼の目は優しさに包まれていて、私の胸はさらに高鳴る。彼の傍にいると、好きだという気持ちがどんどん膨らんでいくのを感じるの。ああ、私はこの瞬間が永遠に続いてほしいと思ってしまう。
「黒川、ちょっとこれ取って」
彼が指差すのは高い棚の上にある道具。私は彼の言葉に従い、手を伸ばす。その瞬間、梨乃の心の中では葛藤が生まれる。近くに和真くんがいる。この距離、これこそが私に一番幸せを与えてくれるもの。だけど、気づかれたくない。彼には何をしているのか、分からないようにしなければ。
「おっ、ありがとう、黒川」
私の手から道具を取ると、彼は満面の笑みを向ける。その笑顔に私は今、夢中になっている。なぜ彼がこんなに天然なのか、私には理解ができなくなる。周りのみんなの視線も感じるけれど、それすらもどうでもよくなってしまう。
その後、運動会の準備はどんどん進んでいく。和真くんと話をしながら、なんとか気取られずに手伝いを続ける。クラスメイトたちは私のことを
「黒川さん」
と呼ぶけれど、和真くんだけが
「黒川」
と呼ぶ。彼の声が私の名前を呼ぶと、自分だけの特別な瞬間のように思えてくる。彼が私のことをどう思っているのか、いつか聞いてみたいと思う。
その日は生徒会の活動で一日が過ぎていき、幸せな気持ちでいっぱいだった。帰宅する道すがら、私は彼のことばかり考えていた。彼に近づくことにエネルギーを注ぎ、彼と同じ空間にいることが本当に幸せなのだから。
翌日、学校に着くと、クラスメイトが運動会の話で盛り上がっている。そこで、また和真くんと同じ班になれたらいいな、なんて思う。でも、彼は何も気づかずにまた天然トークをしている。そんな彼を見ると、私の心がドキドキするのがわかる。彼の言葉一つ一つに反応して、考えすぎないようにしようと自分に言い聞かせる。
「黒川、今度の運動会は全体の楽しさを爆発させたいね」
和真くんの言葉に、胸が高鳴る。彼はいつも明るく、私を引っ張ってくれる。彼のことを考えると、今にも胸がはちきれそうになる。彼と一緒にいると心のバリケードが破れて、想いが溢れ出す。その晩に、私はまた彼への思いを再確認した。
学校生活は、予想どおり、日々の小さな出来事が積み重なっていく。そして、その都度、私は様々な
「すれ違い」
を体験する。私が彼を見ているのに、彼は全く気づかず、他の女子たちにも自然に接している。この状況は、私にとって辛いことであるにも関わらず、それらは一つも彼へのちょっとした近道だった。彼が言った何気ない一言が、私の心を掴むこともあった。
でも今回は、彼の天然ぶりとはまるで違う状況に遭遇した。生徒会の活動の後、私は部室に居残り、彼に伝えたかったことをどうにかうまく言おうと考えていた。ドキドキしながらも、何を言おうか悩み、心は不安定になっていた。
「和真くん、ちょっと、話があるんですわ」
お嬢様口調が自分の意に反して出てきた瞬間、和真くんは不思議そうな顔を向けてきた。その瞬間、再び私の心は動揺し、彼の前で倒れそうになる。
「どうしたの、黒川?」
その言葉が、私の緊張を少し和らげる。彼の顔を真剣に見つめ、その瞬間海のように澄んだ彼の笑顔が心に響いた。そこから出る言葉は、どんなものでも私には特別なのだから。
「あの、和真くんがいると、私の気持ちが……あ、あなたがいると落ち着くのですわ」
思い切って伝えた。彼にとっては単なる一言なのかもしれないが、私にとっては喉が渇くほどの一歩だ。それでも、彼の笑顔で少し和らいだ。
「そっか、嬉しいよ。いつも気にかけてくれて、ありがとうね」
その言葉が私の心を鷲掴みにした。わずかに笑顔を見せる彼の顔を前にして、私はますます彼の存在が愛おしくなる。もっと近づきたい、もっと彼を知りたい、そして彼にとって特別な存在になりたいという思いが、私の中で燃え上がっていく。しかし、彼は相変わらず私はただの友達だと思っているに違いない。そんな彼の無自覚な態度に、私は時折嫉妬感を抱くこともある。
時は流れ、運動会の前日がやってきた。その日はクラスメイトと一緒に準備を進めることになっていた。和真くんと一緒に運動会の練習をしながら、やっと少しだけ彼の心を掴みたいと思っていた。彼に自分の存在をしっかり印象づけたいと、すごく焦っていた。でも、私のストーカー気質はなかなか絞まりきれず、考えれば考えるほど彼の反応にどう出るか不安になる。
準備を終えた帰り道、ぼんやりとしながら彼を見つつ、私は自分の思考に浸る。もっと彼に近づいて、わかってほしい。気づいてほしい。彼は私に無自覚な笑顔をむけ、私はそれにドキドキする。無邪気で天然な彼が泉のように湧く笑顔を見せるたび、私の心は砕けそうになる。何を言っても伝わらないかもしれない、一生このままだったらどうしようと、不安が渦巻いた。
でも、元気に走り回る彼を見ていたら、それ以上のことを考えるのは無意味に思えた。彼と接しているときは、一瞬でも日常を忘れて、彼の笑顔がすべてだと考えられる。私の心の中で彼と一緒にいるかのように、幸せが静かに、しかし確かに膨らんでいる。
運動会の日、やっとその時が訪れた。運動会が始まり、競技が進むにつれて感情が高揚していく。みんなが和真くんを応援し、彼は力強く走り回っている。彼の姿を見ているだけで、私は胸がいっぱいになってしまう。競技中、一瞬目が合った瞬間、彼は私に向かってにっこりと笑いかけた。その瞬間、私の心はまるで熱風に押し上げられるようにふわっと高揚する。彼がいることで自分の存在が強まる、私にとってのかけがえのない瞬間だった。
この運動会で、彼と一緒に楽しむ記憶を作りたい。そのために、私は限界を超えて挑み続ける。向かい合う視線、彼の手が繋がる瞬間、私の心の中ではすべてが構成される。その景色が心に焼き付いて離れないことを、私は覚えている。
運動会が終わり、夜の学校へと戻る。和真くんとクラスメイトたちで振り返りながら、楽しい思い出を語り合う。その光景を見つめる私は、彼の隣にいるかのような特別な気持ちで一杯だ。だが、彼にはその思いを伝えるタイミングがなかなか掴めず、そのまま夜が静かに訪れる。
ただ素直な彼の笑顔が私の心をつかんでいる。彼への思いを持ち続け、次の瞬間を楽しみにする。どうか、彼が少しでも私の気持ちに気づいてくれることを、切実に願わずにはいられない。こんなふうに、彼を想い続けることが本当に幸せで、同時に少し切ない日々が続く。
私の心は、彼への想いと日常の思い出が、少しずつ繰り返されながら膨らんでいくのだった。これからも、彼と一緒に素敵な瞬間を育んでいけたら、私はきっと幸せになるのだろうと。
その時、私の心の中には、彼への思いを伝える新たな言葉が静かに蠢いていた。
私だけの彼、私だけの瞬間、どうかこの気持ちが彼に届きますように。私たちの物語は続いていくのだから。