久遠乃愛は、大学の図書館の一角で、いつものように推理小説のページをめくっていた。黒髪のロングストレートが落ち着いた雰囲気を醸し出し、周囲からは何を考えているのか、お嬢様らしいミステリアスさに包まれている彼女に視線が集まっていた。
「乃愛ちゃん、やっと見つけた!」
突然、元気な声が響く。乃愛は顔を上げると、幼馴染の雪村彩音が明るい笑顔を浮かべて立っていた。茶髪のボブカットが小動物のように可愛らしく、彼女の純粋な性格が見て取れる。
「どうしたのですか、彩音さん?」
乃愛はお嬢様口調で問いかけた。彩音は少し息を切らしながら、周囲の他の学生たちの視線を気にすることもなく興奮気味に話し始める。
「実は、ある人から依頼があって…!テーマパークでの事件なんだって!」
乃愛の興味を引くキーワードが出てきた。元々、ミステリー小説に親しんできた彼女にとって、事件はいつでもウェルカムだ。テーマパークという舞台に心が躍る。
「それは楽しそうですわね。」
乃愛は立ち上がり、彩音に続いて図書館を後にした。二人はすぐにテーマパークへと向かった。
テーマパークの入場口からは、色とりどりのアトラクションや、楽しそうに笑っている家族連れが目に入る。まるで夢の世界にいるかのようだが、彼女たちの目は違った目的でここに来ていた。
「この休憩所で事件が起きたそうなの。」
彩音が指差した先には、テーマパークの休憩所があった。木製のテーブルとベンチ、そしてパラソルが設置されており、多くの人が休息を取っている。
乃愛はその場所へと向かうと、周囲を観察し始めた。彼女は冷静に、どのような手がかりが落ちているのか、注意深く見極める。
「っ!?あの時計、止まってない?」
乃愛の視線が、休憩所の壁に掛けられた古びた時計に向けられた。針は11時15分で止まっている。それはまるで、何か重大な瞬間を示しているかのようだった。
「時計が止まった時間に、事件が発生したのかしら?」
彩音が時計を見つめる横顔は、少し緊張した様子だ。乃愛はその後ろに立ち、彼女の気持ちを察した。
「恐らく関係があると思いますわ。この数値には何か意味があるはずです。まずは依頼者の話を聞きましょう」
乃愛は近くにいたテーマパークの従業員を呼び寄せ、詳細を尋ねる。彼女が注意深く情報を収集する中、彩音は周囲の人々に話しかけ、他の目撃証言を集めようと行動に出た。
「乃愛ちゃん、この辺りで真っ青な顔をした男性を見かけたよ。その人が何か関係あるのかも」
彩音の明るい声が響く。乃愛は一瞬考え込み、心の中で推理を進める。青い服を着た男性は、何らかの重要な情報を持っているかもしれない。
「青い服の男性ですね…少し、見つけに行きましょう」
二人は急ぎ足で、休憩所の周囲を歩き始めた。だが、目の前の混雑した場所では、容易には青い服の男性を見つけることはできずにいた。乃愛は冷静さを保ちながら、時折立ち止まり、周囲を観察し続ける。
「いっけない!お手洗いに行きたい!」
彩音が元気よく声をあげると、乃愛は少し驚いた。そして、彼女が休憩所を離れ、トイレへと向かうのを見送りながら、少しの間待つことに決めた。
しかし、突然、冷たい空気を感じた。乃愛はなぜか不安に襲われ、自分の感覚を信じることにした。
その時、一人の若い男性が、時計の側に立っているのを見つけた。彼は焦った様子で、誰かを探しているようだった。
「あなた、何か知っているのですか?」
乃愛は思わず声をかけた。彼は驚いた様子で振り向くと、目を大きく開けて彼女を見つめた。
「いえ、何も…あっ、でも時計が止まる前のことなら…!」
彼は言葉を詰まらせて次の言葉を考えている。その瞬間、彩音が戻ってきた。
「乃愛ちゃん、さっきの男性見かけた?」
彩音は眼鏡をかけた男性を指差し、乃愛が気付いた瞬間、彼女の視線がその男性に向けられた。
「この方、何かを知っているようですわ」
乃愛はゆっくりとその男性に近づき、彼の話をじっくりと聞こうとする。その男性はややたじろぎながら続けた。
「実は、さっきの結婚式を見ていたんです。休憩所で偽装結婚が行われていました。あれは…」
彼の言葉は泥のように重く、乃愛は心の中で急いで推理を巡らせる。偽装結婚…それは、何を意味しているのか。さらに皮肉なことに、この事件の背景には、留学生の生活費を稼ぐための事情が隠れているようだった。
彩音が前に出て、興奮気味に男性に尋ねる。
「偽装結婚が行われていたんですか?具体的に何を見たのか教えてもらえますか?」
男性は彼女の問いかけに眉をひそめ、しばらく黙って考えていた。そして再び口を開く。
「結婚式の儀式が進み、写真を撮った後、男たちが一瞬消えたのです。その後、実際の結婚式とはかけ離れた光景を見てしまった…」
乃愛はその言葉に耳を傾けながら、時計の針が進まない理由を噛みしめる。結婚式を偽装することが目的だったということは、人々の目を欺くための計画だったと理解した。
「それが生活費稼ぎだとすれば、相手は一体誰なのでしょうか?」
乃愛は一瞬考え込み、目の前の男性に視線を戻す。彼の表情は徐々に重くなり、彼自身の関与を示すかのような雰囲気だった。
「まさか、あなたもその男性の一員だったのですか?」
その時、彩音が彼を攻めた。彼は目を逸らし、重い沈黙が流れる。乃愛はすぐにそれが弁明の余地なしと判断し、ゆっくりと彼の目を見つめた。
「嘘をついていましたね。あなたは事件に関与しているに違いありません」
乃愛は徐々に明確な証拠を掴む。彼は偽装結婚の一部を引き受けた留学生で、生活のために他人を利用していたことが明らかになった。
その時、時計の針が緩やかに進み始めた。先ほどの11時15分から、11時16分に移り変わったのだ。
「それが証拠ですわ。あなたの話には矛盾が隠れていました」
乃愛は自信を持って話す。その瞬間、周囲にいた人々が彼に注目した。皆が知っている男性の正体を疑い始める。
「分かった、もう逃げない。全てを話す」
彼の言葉は、何かが解き放たれたかのようだった。彼は、自らの偽装結婚の真相を語り始めた。実際には彼が本物の結婚式を行うことを意図しており、外部の人間に依頼をしていたのだった。しかし、彩音と乃愛が来たことで、全てが台無しになったと反省していた。
「あなたの行動は、他の人に迷惑をかけましたわね。お金のためだけに行動するのは間違いです」
乃愛は、彼の反省を待ちながら冷静に思った。事件は解決したが、その根底に存在する人間の欲望に対して、彼女はため息をついた。
「良かったね、乃愛ちゃん!事件解決だよ!」
彩音は明るい声を上げる。乃愛は微笑みながら、彼女の行動力に感謝した。純粋さと明るさが、この事件を解決へ導く鍵だったのだ。
「これからも、続けて探偵をやりますわよ。彩音さんも一緒にね」
乃愛はそう言い、二人は休憩所を後にした。テーマパークの喧騒を背に、新たなスタートを切ろうとする彼女たち。現実の事件に対する興味は尽きることがない。次なるミステリーが待っていることを信じて、彼女たちは再び日常へと戻っていった。