日が沈みかけ、夕焼けが空を染める頃、久遠乃愛と雪村彩音は、大学のキャンパスを歩いていた。乃愛は黒髪を一つに束ね、長いストレートの髪を背中に流している。彩音は茶髪のボブカットで、明るく無邪気な表情を浮かべながら、乃愛を見上げていた。
「乃愛ちゃん、また新しい依頼が来たんだって!」
彩音がその日受け取ったばかりのメッセージを指さした。彼女の目がキラキラと輝いている。
「本当に?」
乃愛の声には静かな興味がこもっていた。
「内容は何かしら?」
「バイト先の売上金が無くなったんだって!店長がすごく心配してて、私たちに調査を頼んでるの」
彩音は周囲に人がいるのを気にせず、大声で言った。
乃愛は一瞬考え込む。
「売上金が無くなった、ね。それは普通の事件とは少し違うかもしれないわ。どんな状況だったのかしら?」
和彩音はメモを取り出し、急いで要点をまとめた。
「店長によると、犯行が行われたのは先週の金曜日で、金庫は施錠されていたのに売上金が消えてしまったって。でも、金庫の鍵は誰も持っていなかったらしい」
「そんなことが」
乃愛は眉をひそめながら言った。
「何か手がかりがあるかしら?」
「一応、店内での目撃者としてバイト仲間に話を聞いてみるつもりだよ」
彩音は自信たっぷりに応えた。
「彼らが何か見たかもしれないし、少しでも手がかりがあれば…」
乃愛は頷いた。
「それでは、早速現場に向かいましょう、彩音さん」
二人はバイト先である小さなカフェに直行した。外観は古びた木造で、開けた窓からはコーヒーの香りが漂ってくる。店長はすでにカウンターにいた。
「乃愛さん、彩音さん!お願い、助けてくれ!」
店長は心配そうに手を挙げた。
「ご依頼はお受けしましたわ。まずは状況を詳しくお話しいただけますか?」
乃愛は冷静に言った。
店長はしばらく目を閉じ、深呼吸をした。
「私たちは金曜日の夜の営業が終わった後、金庫を開けたんです。いつもなら、その日の売上を入れて鍵をかけるんですが…でも、開けた時には売上金が無くなっていたんです。見覚えのある金額が完全に消えていた」
「鍵は?」
彩音が尋ねる。
「鍵は私が持っていました。施錠し、帰宅したと思ったんですが、翌朝の開店前に金庫を見たら…金が無かったんです」
店長は、目に涙を浮かべて言った。
乃愛は店内を観察しながら、心の中で推理を巡らせた。
「このカフェには、何か特別なルールや、誰かが犯人だと疑われる要素はあったかしら?」
「特には…でも、最近バイトの若者たちの間でお金のトラブルがあったのは知っています。少し前に、カフェの編集部からも話があったんです」
店長は言葉を選ぶように続けた。
「編集部?」
乃愛は目を輝かせた。
「それは興味深い情報ですわ」
彩音は小さく頷き、乃愛の横に寄り添った。
「じゃあ、その編集部の話をもう少し詳しく聞いてみようか。誰がいるのか見てみるのもいいかも!」
「そうですね、まずはお話を伺いましょう」
乃愛は返事をし、ふたりは次に編集部に足を運んだ。
編集部の室内は賑やかで、若者たちがわいわいと集まっている。乃愛と彩音は様子を見ながら近づくと、編集長の姿を見つけた。
「失礼します、久遠乃愛です。こちらにお話を伺いに来ました」
編集長は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに取り繕った。
「ああ、久遠さん!どうもお待ちしていました。最近の会議でもその話が出たばかりです」
「状況をお話しいただけますか?」
乃愛は冷静に言った。
「カフェでの売上金の紛失について」
編集長は腕組みをして少し悩そうに見えた。
「実は、うちの編集部にも同じようなトラブルが最近あったんです。若手のバイトがいくつかのお金を誤って使っちゃったと」
彩音はすぐに反応した。
「そのバイトは何をしていたんですか?」
「たしか、あそこのカフェでもバイトをしている子がいたような…ああ、そうです。彼女の名前は日向。彼女が最近お金のことで少し苦しんでいるのを聞きました」
編集長は口を開いた。
乃愛はその情報を心の中で整理した。
「日向さん…どんな子かしら」
「彼女はおっとりした性格だけど、少しお金に対する意識が薄いところもあるかもしれない」
編集長が続けた。
「ただ、彼女がそんなことをするとは思えないんですが…」
「気になりますわね」
乃愛は小声で呟いた。
編集長は突然、不安そうな表情をした。
「あ、それと、最近彼女が私の指示した企画を真剣に考えているようでした。嫉妬心でそれを奪おうとするライバルもいるかもしれません」
「ライバル?」
彩音は目を輝かせた。
「それは、他のバイト仲間に何か心当たりがあるということ?」
編集長は困惑した顔をしながら、さらに話を続けた。
「その件については、確かに誰か他の子が嫉妬しているのではという噂も流れています。私たちの編集部では、日向や他の子たちのプレッシャーが大きいですから…」
「分かりました。それでは、日向さんに尋ねてみましょうか」
乃愛は意を決した様子で、彩音とともに編集部を出た。
翌日、乃愛と彩音は日向の自宅を訪ねた。彼女の家は小さめだが、整っている様子だった。ドアをノックし、しばらく待つと、日向が現れた。
「こんにちは、日向さん」
乃愛が明るい声で挨拶した。彩音も
「お邪魔します!」
と元気よく続けた。
日向はウェーブのかかった茶髪をかき上げ、
「ああ、こんにちは。何か用事ですか?」
と微笑む。
「実は、最近カフェで発生した事件についてお話を伺いにきました」
乃愛は落ち着いて言った。
日向の目に疑念が浮かんだ。
「ああ、あのことですか…私、何も知らないんです。本当に、何も」
乃愛はその反応を見逃さなかった。
「本当に何も知らないのですか?最近ご自身のバイトのことで悩んでいるような噂も耳に入ってきています」
日向は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに表情を引き締めた。
「そんなこと、全然ありません!それどころか、すごく忙しくて…」
彩音が察知した。彼女の様子が普段と違うのだ。乃愛は冷静に続けた。
「そうですか。しかし、誰かに嫉妬されている気がしませんか?この状況下でそう感じるようなことはありませんか?」
「嫉妬?」
日向の声は一瞬震えた。
乃愛はわざと柔らかい口調で言った。
「あなたがバイト仲間と何かトラブルがあったりしていませんか?」
「ええと、いえ、そんなことは…ただ時々、みんなが私を受け入れてくれないような気がすることはあったかもしれない」
日向は声を少し落としながら言った。
彩音が近づき、優しく言った。
「でも、日向さんには素晴らしいスキルがあるんだから、大丈夫だよ!」
日向は笑顔を見せたが、目に悲しみの影が見えた。
「ありがとう、でも…その時のことはもう忘れます。何もなかったかのように」
乃愛はその言葉を重く受け止めた。
「分かりました、日向さんは無理に話せなくても大丈夫です。ただ、私たちに何かでも構わないので、本音を教えていただけると嬉しいのですが…」
その言葉の直後、日向は急に静かになり、唇を噛んで何かを躊躇っているようだった。
「実は、最近お金のトラブルがあるようで…とても苦しい思いをしているのです」
一言を口にした瞬間、涙が頬を伝い落ちていった。
「そのことについて、私たちも協力しますわ」
乃愛は声を優しくした。
「お金のことで悩んでいるというのは、とても大変ですわ」
日向は涙を拭き、不安そうな表情で佇んでいた。
「でも、私は本当に無関係なのです。何も関係がなくて、ただ…ただ私のことで精一杯なのに」
「では、日向さんはどう感じるかしら?」
彩音が明るく言った。
「本音を話してみたら?何か悩んでいることがあるかもしれないよ!」
彼女の言葉は少しずつ日向を安心させ、心のこもった表情が少しずつ浮かんできた。
「すみません、私はいつも頑張っているのに、うまくいかないと自分を責めてしまうんです」
「誰もが自分のことを思うんです」
乃愛は言った。
「それを話せば、必ず何か解決策が見つかりますわ!」
その時、日向は更に深い不安を抱えていることが見えた。彼女の心の奥には、たくさんの悩みが隠れているようだった。
「それでは、もう一つ質問をしましょうか」
乃愛は話を巧みに進めた。
「最近、バイト仲間の間でなにか言われていることはありませんか?」
日向は一瞬困ったような表情を浮かべた。
「最近、私が獲得した給料が多くなった時、みんながそれを妬んでいるように感じました。そのことが気になっています」
乃愛はその言葉に敏感に反応した。ついに日の目を見たその事実は、何かトリガーになりそうだった。
「特にある子が、あなたのことを妬んでいると?」
日向は目を伏せてしまった。
「はい…実は、同じバイトをしている子たちと時々話していたら、私が編集部の専攻で多くの時間を持っているから違う部署に回されるよう言われたことがありました」
乃愛の頭の中で様々な情報がつながり始めた。
「その子は誰なのかしら?」
日向は
「ええと、確か…あ、りん、という子です」
と言った。
「りんさん…おそらく、彼女があなたに嫉妬し、金を盗む動機があったということになりますわ」
乃愛はどんどん事実がつながっていく感覚がした。
突然、彩音が口を開いた。
「りんさんは研究テーマでも有名で、競争心が強い子だから、最近の金のことで悩んでいたのかもしれないよね!」
日向はしばらく考えた後、頷いた。
「そうかもしれません。彼女、そういうこと言ってました。私に助けてほしいって言ったこともあったけど、私自身のことで精一杯でした」
「今度、りんさんのところに向かってみようかしら」
乃愛は言った。
日向の心情が複雑であることを思いながら、乃愛はしっかりとその場を引き締めていた。それは怒りを沈めた平和な流れ。しかし、特別な感情が彼女の胸の中に渦巻いていた。
「私たち、りんさんに真実を尋ねるつもりです。それによって、事件が解決できればいいのですが」
乃愛は静かに言った。
日向は眉をひそめた。
「でも、彼女に話すと何が起こるか分かりません」
「だからこそ、私たちの力が必要なのですわ、日向さん」
乃愛は力強く言った。
「必ず真実を見つけ出しますわよ」
二人はその後、りんのアパートを訪れた。彼女の部屋は静かで、そこに住む若者たちの落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「失礼します」
乃愛がドアをノックした。
「誰だい?」
中から声が返ってきた。
「久遠乃愛です。お話をお伺いしたいのですが」
ドアが徐々に開き、りんが現れた。彼女はピンク色の髪を無造作に束ねており、やや疲れた顔をしていた。
「何か用事?」
りんの声にはどこか警戒心が漂っていた。
「最近、カフェのバイトで売上金が消えたと聞きました。その件について少しお話を伺いたいのですわ」
乃愛は冷静に告げ、りんの様子を観察した。
りんの表情が一瞬引きつり、掠れた声が返ってきた。
「そんなこと知らないよ。私には関係ないことだし」
「しかし、あなたがその時のバイト仲間ではありませんか?少しでも目撃したことがあればお話いただけないかしら?」
乃愛は言った。
「私は何も見ていないし、関わりたくもない」
りんは明らかに動揺している様子が見えた。
彩音は思い切って言った。
「りんさん、不安な気持ちを持つ必要はないよ。私たちは友達だから、話してもいいんだ!」
「だったら、何を話せばいいのか、分からない」
りんは苛立ったように腕組みをしつつも、内心の動揺を隠しきれなかった。
乃愛は静かに押し詰める。
「あなたの日々の思いを聞かせて頂けると、解決の糸口が見つかると思いますわ」
だが、りんは明らかに怯えた様子を見せた。
「私は何も知らない。本当に、何も知らないから…お願い、離れて!」
「あなたの中にある秘密、私たちが手を取り合うための鍵なのですわ」
乃愛は優しく、しかしきっぱりと続けた。
「何の鍵だって言ってんだよ!」
りんが反論する。
この状況で静観していた彩音が、少しずつ前に出た。
「でも、私たちがあなたを助けたいと言っているのよ。どうか本当のことを教えてほしい」
りんは思わず立ち尽くし、深い息をついた。
「そうだよな、実際にはお金が無くなった時、私もとても困っていて…」
話が進むにつれ、りんの表情が明確になり、冷静さを取り戻している様子が見えた。
「実は、私もたまたまお金が必要だったんだと、思ったけど、本当に実行したことはないのに…口に出すことができなかった」
その瞬間、乃愛は彼女の心の中の葛藤を見た。自身を責める気持ちと向き合い、優しさを持って話すことができるのだ。
「その気持ち、理解しますわ。誰にだって事情やプレッシャーがありますもの」
乃愛は、できる限り優しさを持って寄り添った。
りんは続けた。
「でも、その感情がどんどん膨れ上がっていくうちに、嫉妬や不満を持つことはなかったのか考えた時、ひどく辛かった…」
その言葉とは裏腹に、彼女の中には嫉妬心が宿っていることが誰もが感じ取れた。
「本当に金が無くなった時、日向に対する嫉妬もあった。それが彼女の立場に固執してしまうターニングポイントになってしまったかな…」
りんはどうしようもない思いを明かした。
彩音が半歩前に出て言った。
「でも、彼女も私たちの友達だから、助けるためにここにいるの。業界を追いかけるのではなく、協力していこう!」
りんは涙をこらえて頷いた。
「私も彼女の良さを認めている。でも、誰かに負けると、無駄に自分を責めてしまう」
乃愛は、立ち直らせるためのチャンスが訪れた気がした。
「私たちが手を組み、それを感じ合うことができたら、きっと一緒になって乗り越えられますわ」
すぐにそれに同調するように、りんの表情が柔らかくなった。
「本当の友達を持つことで、助け合いの関係を築きたいわ」
その瞬間、心の痛みを共有し合う時間が訪れた。友情の絆が始まり、恐れの先にあった可能性がそこに形作られた。
乃愛は少し気持ちを楽にし、優しく微笑みながら言った。
「それでは、日向さんや他の友達ともお話しをして、私たちの知識を生かして協力しませんか」
りんはその提案に強く頷いた。
「ありがとう。実は、まだ充分に信じられていなかったのですが、今はそうすることが大切だと思う」
そして、
「私も受け入れ足を踏み込みたい…」
という言葉を続けた。
「では、今後のことについて詳しくお話しし合いましょう」
乃愛は検証の態度でいた。
翌日のカフェに戻った彼女たち。どこか新しい友の輪が生まれてきたように、進むべく道を共に見つけていた。
カフェでは日向が彼女たちと一緒に仕事をしていて、日々の会話や思いを交換し合っていた。
「やっぱり、私たちが力を合わせてサポートし合うことで、協力が生まれるわね」
乃愛が言うと、ぽかぽかとした感情が広がっていった。
「そうだね、みんながそれぞれの苦しみを助け合えることが大切だよ!」
彩音も笑顔で答えた。
「このコミュニティにハッピーエンディングが訪れることが待ち遠しいわね」
乃愛は満足感を感じていた。
彼女たちの友情が新しくなることで、新しい付加価値を生み出しこの日、カフェの中での温かい時間が流れ始めた。が、その時、何か大きな予感が彼女の心の中に残り続けたことに気づいていた…。
彼女たちの探偵としての活動も一歩ずつ前進させていく中で、無事に解決を見つけた日々が展開されるだろう。
そう願っての展開の中で、何かの暗示が残り続け…彼女たちの物語は終わらない。