ある晴れた午後、久遠乃愛は学院のキャンパスを散歩していた。青空に浮かぶ白い雲が、彼女の心を少しだけ軽やかにしてくれる。文学を専攻する彼女は、日常の中に潜む謎に魅了されている。推理小説が大好きな乃愛にとって、キャンパスはまるで一冊の本のようだった。
「乃愛ちゃん!こっちこっち!」
突然、明るい声が響く。乃愛はその声に振り返り、幼馴染の雪村彩音が手を振って近づいてくるのを見つけた。彩音は茶髪のボブカットが特徴で、明るい笑顔を絶やさない。その性格は、乃愛と正反対と言えるほど社交的で、人懐っこい。
「どうしたの、彩音さん?」
乃愛は少しだけ困惑しながら、手を振り返す。
「実はね、路上ライブで楽器が壊された事件があったの。私たちに調査を依頼されたのよ!」
彩音は目を輝かせながら言った。その目は、生き生きとしており、乃愛の心に火を灯した。
「それは興味深いですわ。早速、現場へ向かいましょう」
乃愛は好奇心を隠せず、彩音の後に続いた。
彼女たちは、キャンパスの階段付近へと足を運んだ。周囲には、多くの学生が行き交い、楽しそうな声が響いている。しかし、その中にあって異様な空気が漂う。興味本位で集まった人々の間に、楽器が破壊され散乱した場所があった。ノートパソコンの横で壊れたギターが転がっている。人々の視線が集まり、話し声が盛り上がった。
「みんな、これを見て!たぶん、あのOBがまたやったんじゃない?」
一人の学生が声を上げた。乃愛はその言葉に一筋の興味を抱く。OBとは、大学の部活動を卒業した先輩たちのことで、特定の人物に言及しているのだろうか。
「どのOBのことなの?」
乃愛は学生に問いかける。
「彼の名前は、藤原。いつも部室にいるし、なんか怪しい雰囲気を持ってるんだ」
学生は不安そうに頷く。
「藤原さん、ですか。詳細を聞かせていただけますか?」
乃愛は冷静に返した。
学生は藤原の噂話を続けた。彼に関しては聞きたいことが多かったが、乃愛は自身の心の中で整理することを忘れなかった。
「さて、私たちも調査を始めましょう、彩音さん」
乃愛はここでの話を集めつつ、現場での手がかりを探し始めた。
二人は現場を詳細に観察することにした。乃愛は冷静に周囲の状況を把握し、彩音は目を凝らして楽器の破壊状況を確認した。急に彩音が目を輝かせた。
「これ、何かの瓶があるわ!」
彼女は瓶のラベルが剥がれているのを見つけ、喜びを隠しきれなかった。
「その瓶、何かの手がかりになるかもしれませんわね。持って帰りましょう」
乃愛は自信を持って言った。
二人は瓶を慎重に取り扱いながら、次の段階へ進んだ。キャンパス内の怪しいOBと、事件の全容を明らかにする手がかりを探すため、彼女たちは藤原の部室へ向かった。
部室ドアを前にすると、乃愛は少し緊張した様子を見せた。しかし彩音は、何を思ったか独りでドアを開け、部室内に突入した。
「すみません、藤原さん!」
彼女の明るい声が響く。しかし反応がない。
部室は薄暗く、藤原の持ち物が散乱している。ギターや楽譜が無造作に置かれ、何か不穏な空気を醸し出していた。乃愛は目を細めながら部室を観察する。
「何か手がかりになるようなものが隠れているかもしれませんわ」
乃愛がつぶやく。
「もしかして、こんなところに隠れることができると思っているの?」
彩音は突然、部室の隅を指差した。そこには、何かがありそうな影が見える。
乃愛は心臓が高鳴るのを感じながら、彩音の後を追った。彼女たちは慎重に近づき、そこで大きな驚きを味わうことになる。そこには、藤原の姿があった。倒れ伏しており、意識を失っている様子だった。
「藤原さん、大丈夫ですか?」
彩音は急いで駆け寄り、彼を揺さぶった。彼はまるで夢の中にいるかのように目を閉じている。
乃愛はすぐに周囲を見渡し、何が起こったのかを考えた。あの破壊された楽器との関係がありそうだ。彼女の脳裏には、剥がれた瓶の記憶が蘇った。その瞬間、彼女はひらめいた。
「彩音さん、この瓶の意味を考えてみましょう。ラベルが剥がれているからこそ、あのOBが何かを隠そうとしている証拠ですわ」
乃愛は詳しく分析することにした。
「でも、なんで藤原さんがこんなところで倒れているの?何かがあったのかしら?」
彩音は首をかしげながら言う。
「彼が何かに困っていたとして、それが窃盗に至る原因であったのかもしれません。お金に困っていた、というのが動機でしょうか。楽器を襲うことで何かを得ようとしたのね」
乃愛は結論づけた。
藤原が起き上がり、目を覚ました時、二人の目が釘付けになる。しかし彼はまだ混乱した様子で、彼女たちの目をまっすぐに見つめられない。乃愛は瞬時に心の中で分け入った。彼には何か隠し事があるのだ。
「藤原さん、あなたは路上ライブの楽器を破壊したのですか?」
乃愛は一歩前に出て言った。
彼は最初は反論したが、すぐに目をそらし、言葉が詰まった。まさに彼女の推理が正しい方向へ向かっている。
「違う、俺じゃない!」
彼はいきなり騒ぎ、心の叫びが彼をさらに追い詰めた。
「冷静に、藤原さん。何かがあるのでは?」
乃愛は静かに質問を繰り返した。彼の手元に何かあったような気がする。
彩音もすぐに藤原の身の回りを確認し始めた。彼女の行動力が冴えわたる。
「あっ!この楽器の一部に、あなたの名前の刻印がある!」
彩音は手元の破壊された楽器から名札を取り出した。
藤原は驚愕の表情で目を見開いた。
「それは…」
しかし、言葉が出ない。彼の言葉を引き出すためには、乃愛が考えなければならなかった。
「そう、あなたが隠していたことがあるのね。お金に困っていて、窃盗の計画を立てていた。しかし、競争する意味を考えなければ、結果はこのようになることもありますわ」
乃愛はその目で彼をじっと見つめた。
藤原は涙をこぼし始めた。
「もう、我慢できない。欲しくて、手を出したけど…止められなかった」
それをきっかけに、彼に何があったのか、彼女たちは全容を徐々に掴んでいく。しかしその背景には、お金以外にもさまざまな事情が絡んでいた。友人たちとの関係性や彼自身の状況も薄々見え隠れする。
「もっと早く気づいてくれればよかったんだ…。俺がこんなことをするなんて…信じられない」
藤原は自身を責めて涙を流した。乃愛はその涙を見て、かすかな同情を抱く。しかし、彼の行動は許されるものではない。
「あなたが何かを始めた時には、選択肢があったはずですわ。それを間違えたことは、悔いるべきです」
乃愛は毅然とした口調で言った。
藤原はしどろもどろになりながら、事実を認めていった。そして乃愛は、彼に警察を呼ぶよう告げた。事件は解決したのだ。しかし、このような出来事が二度と起こらないよう願いつつ、乃愛と彩音は立ち去ることにした。
キャンパスの無邪気な光景が戻ってくる。二人はその光景を眺めながら、推理小説を通じて育んできた友情を思い出した。
「乃愛ちゃん、今日も楽しい事件だったね!」
彩音が無邪気に笑った。
「ええ、今度はもっと難解な事件に挑みましょう」
乃愛は微笑みを返した。そして二人は新たな謎を求めて、キャンパスを後にした。彼女たちの冒険は終わることがなく、次の事件が待ち受けていると信じて。