第31話 「春の柔らかな日差しとともに探る真実の物語」

久遠乃愛は、春の柔らかな日差しが降り注ぐキャンパスを歩いていた。大学がある都会の中心は、すでに新学期の活気で満ちている。彼女の黒髪は風に揺れ、冷静な視線で周囲を見渡す。文学専攻の彼女にとって、心の中には無限の物語が広がっていたが、今はその物語に現実の事件が絡まることに興味を持っていた。

「乃愛ちゃん、ちょっと手伝ってくれない?」

彼女の思考を遮ったのは、幼馴染の雪村彩音だった。明るい茶髪のボブが、彼女の無邪気さを引き立てている。乃愛は小さくため息をついたが、その後に微笑みを浮かべた。
「もちろんですわ。どうしたの?」

彩音はぱっと顔を輝かせ、何かを期待する様子で乃愛を見上げた。
「実は、友達から聞いた話なんだけど、最近、電車の中で盗難事件があったらしいの。お金や携帯が取られて、被害者たちがすごく困っているみたい」

乃愛は眉をひそめた。
「なぜ、あなたがその話を私に持ってくるのかしら?」

彩音は少し恥ずかしそうに肩をすくめた。
「私のバイト先の店長が、被害者たちのために何かをしたいって言ってたの。助けを求めている人が多いから、その知らせを伝えるって」

「つまり、その店長は何かしらの支援を考えているのですわね」
ことの重大さを知った乃愛は、次第に興味が湧いてきた。
「それに、盗難事件の裏には隠れた真実があるかもしれませんわ」

彩音は目を輝かせた。
「乃愛ちゃん、やっぱりあなたはそう思うよね!一緒に調査しに行こう!」

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二人は、彩音のバイト先であるカフェに向かった。カフェの外観は、若者たちが集まるおしゃれな場所で、入り口近くには、時折忙しくしている店員たちが見えた。乃愛は冷静にその様子を観察しながら、徐々に耳を澄ませ始めた。店内にはお客の笑い声や食べ物の香りが漂い、彩音は元気にお客様に対応している。

「ここがその店長のいる場所ですわね」
乃愛は自らの観察を彩音に伝えた。

彩音はこくりと頷き、店長の姿を探し始めた。
「あ、いた!あの人が店長の田村さんよ!」

田村は30代前半で、スーツの裾を整えながら忙しそうに電話で話していた。彼の横に立っていたアルバイトの子たちも不安そうに彼の様子を見ていた。乃愛は、その状況から特に何かが起こっているのを感じ取った。

「お話をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか、田村さん?」
乃愛は声をかけた。

田村は驚いたように振り向き、
「あ、すみません、今は少し…」
と口をつぐんだが、乃愛のまっすぐな眼差しに強く引かれるように感じた。
「ああ、そうか。実はちょっと助けが必要なんだ」

乃愛は彼の言葉を聞き、すぐにその理由を理解した。
「盗難事件が起きたことについて、何かご存じなのですか?」

田村はため息をつきながら、事情を話し始めた。
「実は、昨日も一人被害者が出たんだ。電車の中でお金を盗まれて。その知らせに心を痛めている。だから、みんなで何かできないかと考えていたんだ」

彼の思いは真剣だった。乃愛は一瞬動揺を隠し、冷静さを保ちながら尋ねた。
「何か手掛かりは見つかりましたか?」

彼は首を振りながら言った。
「残念ながら、具体的な情報はない。それに、ただ何かをするだけでは足りないって分かっている。でも、何かしら力になりたいんだ」

その瞬間、彩音が田村を促しながら言った。
「もしかしたら、乃愛ちゃんが助けてくれるかもしれません!」

乃愛はその言葉を聞いて、思わず微笑んだ。
「私には手伝う意志がありますわ。まず、お話を詳しくお聞かせいただけますか?」

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店長の話を進める中で、乃愛は倉庫の中に何かしらの手がかりが隠されている予感を抱いた。そして、彼女の直感を信じることにした。乃愛と彩音は、そのまま倉庫へと向かった。

倉庫の扉が開くと、そこには色とりどりの品々がぎっしりと詰まっていた。カフェのメニューに使う食品や飲料、さらには仕入れた器具などが無造作に置かれている。乃愛はその中を詳細に観察し始めた。

「この中に、何か手がかりがあるかしら」
乃愛は言ったが、同時に自分の心の中でリストを作っていた。まずは、この確認が必要だ。

一方、彩音は倉庫の隅に目を向けた。そこには一見無造作に置かれた雑多なダンボールがあった。
「乃愛ちゃん、あの箱の中を開けてみない?」

乃愛は頷き、ダンボールを開けてみると、中には複数の鞄が入っていた。不審なことに、鞄の一つが散らばって、中に何かが落ちていた。それは、無造作に折りたたまれたメモだった。
「これは…」

彩音は興奮気味に叫んだ。
「乃愛ちゃん、もしかして手がかりかもしれない!」

乃愛はそのメモを手に取り、静かに内容を確認した。そこには不鮮明な文字で、特定の電車の号車番号が書かれていた。さらに、
「急げ」
といった短い言葉が跡形もなく書き記されていた。このメモがどのように盗難事件に結びつくのか、乃愛は静かに推理を進める。

「これがすべての鍵ですわ」
乃愛はその時点で感覚的に思った。
「メモに書かれている駅に何かがある。疑われる人物を探す必要がありますわね」

彩音は目を輝かせながら言った。
「乃愛ちゃん、わたしも行く!」

二人はすぐに行動に移り、書かれていた駅へと向かうことにしたのだった。

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到着した駅は、繁忙な中央駅で、改札を抜ける人々で賑わっていた。乃愛は一瞬立ち止まって、周囲を観察した。電車が到着するたびに、乗降客が出入りしている。彼女は人混みの中から、冷静に目を凝らし、誰かがすでにこの場所に潜んでいるのではないかと感じ取った。

「どうするの?」
彩音が目を輝かせて乃愛を振り向く。

「まずは、このメモの意味を探りましょう」
乃愛は心の中で戦略を立てていた。
「ここでの行動に、注意深く目を向ける必要がありますわね。特に、周囲に怪しい動きがないかを見逃さないことですわ」

彩音は頷きながらも、少し不安そうに周囲を見回した。
「でも、どこを見ればいいの?」

乃愛はそれに笑みを浮かべた。
「その時の直感を信じて、とにかく人々の動きに注目しましょう。そうすれば、必ず何かが見つかりますわ」

数分後、乃愛はある人物に目を留めた。それは、電車から降りた後、鞄を持って急いで改札を抜ける一人の男性だった。彼の動きは周囲の人々と違く、まるで誰かに見られないように急いでいる様子であった。

「見て。あの人、明らかにあわただしい」
乃愛は心の中で興奮が高まっていくのを感じた。

彩音も見逃さずに言った。
「私、あの人を追ってみる!」

乃愛は静かに頷き、彩音を促して後ろからついて行くことにした。人混みをかき分けながら、彼を追いかける。彼はさまざまな通路を進み、ついには駅の出口へ向かって歩を速めていく。

「急げ、彩音さん」
乃愛はささやきながら、彼との距離を詰める。

駅の外に出た彼は、周囲を見回しながら、遠くの方向へと急ぎ足で走り去ってしまった。乃愛と彩音もその後を追って、道を横切る。

「どこへ行くつもりなのかしら」
乃愛は心中で思いつつも、行動を早めた。彼女の直感が此方の導きを求めていることを感じ取っていた。

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逃げた彼は外の繁華街に出た。そして、彼はこっそりと、角の民家の裏へ入る。しかし、そこで何かをしている様子はなかった。
「彩音さん、急いで」
乃愛は大声で呼びかけ、すぐに近づいて周囲を調査しふたりはその裏道に入った。

「ちょっと恐いけれど、大丈夫だよね、乃愛ちゃん?」
彩音が緊張した表情で尋ねてきた。

乃愛は、その不安を感じながらも、笑みを浮かべた。
「もちろんですわ。何か不審な動きが見つけられれば、すぐに行動に移しましょう」

彼の動きを探るように、その裏道を少し進むと、彼は背中を向けて何かを弄んでいた。乃愛たちが近づくと、突如彼は振り返り、顔が見えた瞬間、乃愛の心臓が飛び跳ねる。

「あなたは…田村さんの店長?!」
彩音が驚きの声を上げる。

それと同時に、その男性は彼女たちの存在を見とがめた。視線が交差し、その瞬間、彼の表情が一変し、申し訳なさで満ちていく。

「何故、あなたがここに!?何も運んでいないわ!」
田村店長は動揺し、手の中の物を隠すように背中を向けた。

「説明は後でさせてもらいますわ。まずは事情をお話しください」
乃愛は冷静に彼に近づく。そして彼の手から目を逸らす。

田村は息をのむように立ち尽くしながら、ついには口を開いた。
「実は…盗難事件は私の所為だった。私の善意で、カフェのために悪いことをしてしまった」

彼の言葉に、乃愛は驚いた。
「つまり、本当は、助けたかったのですわね。それでも、あなたの行動は法律に反するのです。少なくとも、事情を説明して、被害者に謝罪する義務があるわ」

田村は顔を下にむけた。
「実は、私が電車を利用する途中、財布を見つけてしまったんだ。それを困惑して交番に届ける時間がなかったから、そのままカフェに持ち込んで所有者に届けようと思った。でも、全てを壊してしまった」

「無理に盗むことが、助けになると思われたの?他の人の物を盗むことで、善意が消えてしまった」
乃愛は冷静さを失わずに彼に尋ねた。

田村は俯きながら苦悶の表情を浮かべ、
「申し訳ありませんでした。自分の善意が、他人に害を及ぼす結果になってしまった」
と呟いた。

「これで全てが分かりましたわ」
乃愛がつぶやくように言った。世の中の事情を把握すること、善意と悪意の境目がどこに存在するのかを考える時、心の中には真実がある。

「私たちと一緒に行動し、被害者たちに謝罪しましょう。お疲れ様だったわ、田村さん。私たちに手伝わせてくださいますか?」
乃愛は微笑を浮かべながら提案した。

そして、彼を連れて駅に戻ると、未解決だった盗難事件は解決に向かうことになったのだった。乃愛と彩音は店長が自ら行動を起こし、皆の信頼を取り戻せることを手伝ったのだ。

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道のりは厳しく、時に迷いもあったが、彼女たちの間には友情が結実し、真実にたどり着くことができた。今度の事件は彼女たちにとって一つの試練となり、また一つの物語として心に残るのだった。

「やっぱり、乃愛ちゃんと一緒にいると色々なことが起きるね」
彩音が微笑んで言った。

乃愛はその言葉に頷きながら、次の事件が待ち構えていることをしっかりと感じ取っていた。
「次は、どんな事件が待っているのかしら」
彼女は心の中で思いつつ、彩音と共に新たな物語の中へと進んでいくのだった。