黒川梨乃は、快晴の空のもとで行われる体育祭を前に、ドキドキと心を躍らせていた。高鳴る鼓動は、単なるイベントに参加するという期待感だけではなく、胸の奥で秘めた村上和真への想いが絡んでいたからだった。今日こそ、彼に自分の想いを伝えるチャンスがあるかもしれないと思ったのだ。
「準備は万端ですわ、和真くんのために、特別なものを作ってきましたのよ」
私は、手作りのお弁当を持ち歩いている。厚焼き玉子に、和真の大好物の唐揚げ、そして可愛い形に切り抜いた野菜たち。これを彼に食べてもらえば、彼の心も私に向くかもしれない。放課後、彼と一緒にお弁当を食べる機会があれば、どんなに素敵なシチュエーションになるだろう。
授業が始まり、張り切って準備をする私を見て、クラスメイトたちは苦笑いしながらもわかっている。どうせまた、和真のことを考えながら行動しているのだろうと思っているのが見え見えだった。
実際、私の心は常に彼のことでいっぱいだった。彼の髪型、服装、笑顔、そのすべてが私を惹きつけてやまない。そんな私の気持ちを知っているのは、親友の美咲だけだ。彼女はいつも私の恋心に付き合ってくれる、良き理解者なのだ。
「梨乃、和真くんとの距離を縮めるチャンスだよ。体育祭では、チーム戦があるから、一緒に活動できるし」
美咲がいう。そう、体育祭はクラスごとにチームを作って競技を行う。私はすかさず、和真と同じチームになることを期待した。自然と、自分が彼の隣で応援する姿が頭に浮かぶ。
「そうですわね。私、和真くんが一緒のチームになるように、しっかりとアピールしますのよ!」
美咲は笑顔を浮かべながら頷く。
「それなら、梨乃の気持ちが通じるように、全力サポートするからね」
その言葉に励まされ、私の心はますます高揚した。体育祭が始まると、またたく間に校庭は賑やかな雰囲気で包まれる。生徒たちの歓声、応援団の掛け声、まさに青春の一幕が広がっていた。
まずは、綱引きとリレーの個々の競技が開催される。私は、和真がどの競技に出るのか、ドキドキしながら見守るつもりだった。団体競技に参加する彼を見逃さないように、狙いを定めていた。
「さあ、綱引きのチーム編成の時間よ」
美咲が声を上げる。周りでは、各クラスごとにチームが編成され、やがて私のクラスの抽選に移った。心臓がバクバクする中で、なんと和真が私のクラスに選ばれたのだ。
「和真くん!頑張ってくださいですわ!」
思わず声が出てしまい、それに呼応するように、和真は私の方を見て笑顔を返してくれた。
我ながら、何を言っているのか冷静に考えていなかった私だったが、彼の無邪気な笑顔にやられてしまった。心のあたりは、熱くなり、胸が高鳴る。
競技が始まる準備の間、和真は男子たちと談笑しながら冗談を交わしている。どんなことでも平等に接する彼に、クラスメイトの男子たちも好意的だ。可愛らしい彼の天然さは、皆を笑顔にさせている。
「これが貴族の持つ力ってやつかな」
和真は冗談交じりに言う。彼のその言葉を受けて、周りの男子たちは大笑いしていた。私も、つられて笑い声を上げる。
「和真くん、すごく面白いですわ」
私も思わず笑いながら、少し大胆に彼の横に寄った。周囲の視線は私に向いていたが、彼は気にも留めず、いつも通りの表情だった。彼の天然さが、ほんの少し不安を呼び起こす。本当に私の気持ちに気付いてくれるのだろうか。
綱引きの競技が進むにつれて、私の気持ちは高まる一方で、彼に対する独占欲も募ってきた。彼への愛情が重く、心の底で囁く声が聞こえてくる。
「和真くんが誰かと仲良くなろうとするなんて、許せませんわ」
私の心の中は、彼が誰かと楽しく会話している様子を見て、嫉妬心で埋め尽くされていた。競技が終わった後も、それぞれが好きに動き回る中、私が思いを届けることができない状況に焦った。
「梨乃、次はリレーだよ」
美咲が私を引っ張り、和真の元に移動する。
「和真くん、リレー頑張ってくださいですわ!」
また無意識に大声を張り上げた私を見て、彼は愛らしい微笑みを返した。その表情を見ただけで、私の心は嬉しさと、どうしようもない不安で揺れ動いていた。
リレーの準備が進む中、ああ、やっと巻き込めるかもしれないという思いが膨らむ。彼に思いが通じたら、次はお弁当の時間だ。私の手作りのお弁当を、二人で分け合いながら食べられるのだと想像するだけで、壊れそうなくらい胸が高鳴った。
そして、いよいよリレーが始まる。和真は大いに期待されるメンバーの一人で、その走りにはみんなが目を光らせていた。私は、どうしても彼を応援したくて、最前列に飛び出した。
「和真くん、頑張って!」
彼の名前を叫ぶと、彼は私の方を一瞬振り向き、微笑んだ。やっぱり彼は気付いていない。その無垢な眼差しに、ますます惹かれてしまう。しかし、これだけでは足りない。このチャンスを無駄にしたくない。
「私がいないと、和真くんはダメですわ。私がいるからこそ、一緒にいてもらえるのですわ……」
心の中の声が強く言った。
リレーが進む中、和真はトップを走り、他の選手たちに差をつけていた。え?どこか他のチームに気を取られて、彼は次のバトンを受け取るタイミングを逃している。
「和真くん、気を付けて!」
私は自分の声を響かせながら、身を乗り出した。その時、和真の動きが一瞬止まった瞬間に、バトンを受け取った仲間が通りすぎ、和真が形成したラインから外れて走り出す。みんながついていけていないことに気が付く瞬間、私は目の前が真っ暗になった。どうして彼は、こんなに鈍感なのだろう。
「ああ、和真くん、早く戻ってくださいですわ!」
ダッシュ!自分も走り出し、真っ直ぐ彼の元へ駆け寄る。周囲では全力で戦うクラスメイトたちが見守っているのに、彼一人に恋い焦がれる想いが胸を締め付ける。
運が良かったことに、彼は私の声に気付いて振り返ってくれた。私は、彼を無理やり引き戻そうとした。彼は驚いた顔をしている。言葉も出ないまま、私の思いが届いてほしいと願う。
リレーは結局、そのまま最後まで進んでしまったが、私の心には彼の温もりがただ一つ残った。競技が終わり、彼は全力を尽くした達成感に満ちた表情をしている一方で、私の心の中はグチャグチャに崩れていた。
彼が周囲の人々に囲まれ、称賛に受けている様子を見て、次第に私の心は嫉妬と怒りに苛まれ始めた。彼はただ純粋に他の人たちを気遣っているのだろうけれど、私にとって彼は特別。それなのに、どうして他の人たちと笑っているのか。
「和真くん、こっちへ来てくださいですわ!私がいるから、和真くんは一人ではないのですから!」
自分でも重たいアプローチだとは思う。それでも、彼に無関心のまま好き勝手に過ごさせるわけにはいかない。私の思いを届けたい、そして彼の心の中に入っていかなくてはならない。
「黒川、和真くんはいい奴だから、他の子とも仲良くしてあげてほしいんだけど……」
美咲の声が耳に入る。しかし、どうしても彼を手放したくない自分がいる。文化祭のように近づくわけにはいかない。私の心の中は、もう一つのストーリーが流れ込んでいる。
その日、体育祭の後半にお弁当を食べるチャンスが訪れた。美咲が和真をその場に呼び寄せてくれた。私は心臓をバクバク鳴らしながら、手作りのお弁当を取り出した。
「和真くん、これ、これ私の特製ですわ。どうかな?」
ドキドキしながら言葉を発する私。しかし彼は、無邪気に唐揚げを口に運び、
「美味しい!」
と満面の笑みを返す。その瞬間、私の心の中に幸せが溢れ出てくる。彼が喜ぶ姿だけで、私の世界は色づくのだ。
「黒川、ほんとにありがとう」
彼の言葉は、もっと私に寄り添うように響く。それがどこまでも尽くすことの喜びを教えてくれる瞬間だ。しかしその一方で、不安が襲ってくる。
『和真くん、他の女の子にも喜ばせるなんて、ダメですわ。私はあなただけのものです』
心の奥で素直になれずにいる私には、欲情が渦巻いていた。この思いを彼に伝えられないままだったら、何も解決しないと強く思っている。
すれ違っている今の距離を、少しでも縮めるためにどうにかしなくては。次のイベント、文化祭までには、心を決めて目を向けよう。
このまま和真を手放すわけにはいかないのだ。私の想いは、彼への愛しか存在しないのだから。そしてその日、体育祭という場での出会いが決定的瞬間を生むのだ。そしてそれが、私の心の奥底に芽生えた愛情の始まりであったことを知るまで、彼方との思い出は続くのだ。
次のステップへ、私の思いは続いていく。心の中で静かに決意した。それが私の新たな一歩を踏み出すことを意味していると。