黒川梨乃は、教室の角で一人、窓の外を見つめていた。この季節、風が少し冷たくなり、薄い雲が空を覆っている。心の中では、同じクラスの村上和真を思い浮かべながら、彼の優しい笑顔をイメージしていた。和真くんは、いつもみんなに優しく接してくれる。そんな姿に、私の心はいつもドキドキしていた。しかし、彼には私の想いが伝わっていない。どうしてなの?まるで私の心が透明になってしまっているみたい。
「梨乃、また和真くんのこと考えてる?」
友達の佐藤が、からかうように声をかけてきた。私は軽く頬を染めた。バレバレだ。どうしてこんなに彼のことを思っているのが、みんなにバレてしまうのだろう。彼は鈍感だから、そんな風に思っていることは気づいていないのに。
「いえ、そんなことは…ありませんわ」
私は微笑みながらそう答えたが、内心はドキドキしていた。どうにかして彼に想いを伝えたい。彼の優しさに触れたい。私の心が求めるのはただそれだけなのに。
そんなある日、クラスメイトの中で風邪をひいて学校を休んでいる友達、藤井がいることを思い出した。彼女は和真くんとも仲が良く、彼が
「看病してあげたら」
と言ったのを聞いたことがある。そうだ、今がチャンスだわ!私は彼女のお見舞いに行くことに決めた。それに、ちょうど彼に会えるかもしれない。
普段から手作りのお弁当を作るのが好きな私。今日は特別に、藤井の好きなものを作ることにした。札幌風のクリームシチューと、ハート型のおにぎり、さつまいもの甘露煮、デザートには彼女の好きなイチゴムース。これを手に持って、すぐに自転車をこいで向かう。
「藤井、こんにちは!」
元気よくドアを開けると、藤井は布団にくるまって横になっていた。彼女は驚いた表情で振り向く。
「梨乃!来てくれたの?」
「もちろん!看病しに来たんですわ」
私は、持ってきたお弁当を見せる。藤井は目を輝かせて、
「うわぁ、嬉しい!」
と言って喜んでくれた。彼女の笑顔を見ると、私の心もほっこりする。
「それじゃあ、早速食べましょうか」
私は、藤井が食べやすいようにお弁当を取り分け、優しく声をかけていた。看病という名目で藤井といる時間が、私にとって特別なひとときになっていく。
しばらくして、お弁当を食べ終えた藤井が笑顔で、
「梨乃、ちょっと疲れたから寝るね。また遊びに来て」
と言う。彼女が安らかに眠りにつく姿を見て、私は思わず微笑んだ。
ちょうどそのとき、玄関のドアが開く音がした。期待に胸が高鳴る。その声は、あの優しい声…。
「藤井、大丈夫か?」
和真くんが顔を覗かせた。彼も藤井を心配してお見舞いに来たのだ。私は急いで廊下に出て行き、彼に向かって手を振る。
「和真くん!」
彼は私の声に反応して、振り向いた。その瞬間、彼の優しい眼差しが私に向けられる。ドキッ。心臓が大きく脈打つ。彼に会えたことが嬉しくてたまらない。
「黒川、藤井は大丈夫?」
「はい、少し休めば元気になりますわ」
和真くんは安心した様子で頷く。私は、彼の困り顔が可愛くて仕方がなかった。彼が私を見つめている間、どうしてもこの瞬間を逃したくないと思った。
「和真くんも、風邪はひかないように気を付けてくださいね」
つい、心の声そのままに言ってしまった。彼は少し首を傾げ、
「大丈夫だよ。俺は丈夫だから」
と微笑んでくれた。そんな彼の笑顔は、私の心に更なる甘さを運んできた。
この時、ふと彼の視線が廊下の奥に行ってしまったのを見て、私は少し焦りを感じる。彼が藤井の部屋に入りたがっている様子が見えるからだ。ドキドキする気持ちを隠すように、私は彼を引き止めたい、何か言わなければと思った。
「和真くん、藤井のことで、少し話したいことが…」
「え?何か困ってるの?」
彼は私の胸の内を知らずに、心配そうに目を細めながら教室の方へ視線を向けた。私はそんな和真くんの優しさが苦しくなるほど好きだった。
「これ、藤井へのお見舞いだけど、もう一つ。私の愛情も、少し込めて作ってみたの」
私の言葉を聞いた和真くんは、またもや鈍感そうに首を傾げ、
「俺には愛情って、あまり関係ないからな」
と笑った。どうしてそんなさりげなく言うのだろう。その反応に、私は少し腑に落ちない思いと同時に、ますます彼に対しての気持ちが強くなるのを感じた。
その後、藤井も少しずつ元気を取り戻して、みんなで楽しく話をする時間が流れた。和真くんは周りに気を使う優しさで、果物やお菓子を差し入れし、私も一緒に藤井の気持ちを和ませる。この瞬間だけでも、彼に対して思いを伝えられたのだろうか。しかし、どうしても彼の心の中に潜む私への想いを感じることができない。
その日は何とか楽しく過ごし、和真くんが帰るときには
「また遊びに来るね」
と言ってくれた。しかし、彼にとって私は
「黒川」
でしかないのだ。心の奥の想いは、正直に言えぬまま、自分だけのもので終わるのだろうか。私の心がいっぱいいっぱいになりながらも、彼との距離を縮めるための努力を続ける決意が浮かぶ。
「梨乃、今日は本当にありがとう!」
藤井が嬉しそうに言ってくれた。私は心の中で満足感を味わいながら、彼女の快気を心から祝った。和真くんとの時間を通じて、少しでも彼の心に残ることができたらと願う。
風が優しく吹き抜け、外には夕暮れのオレンジ色の光が広がっていた。私はその美しい風景を見ながら、再び和真くんを想った。彼との関係は、まだまだ道のりが長いのかもしれない。それでも、少しずつでも近づけたらいいなと思った。
やがて帰り道、私は自転車をこぎながら心の中で誓った。
「次はもっと彼に近づけるチャンスを作ろう。どんなことでも、彼をサポートする方法を探して、自分をもっとアピールするのよ」
確かに彼には今の想いを伝えなくてはならない。しかし、果たして彼に私の気持ちがどのように映るのか、答えは簡単には見つからないことを痛感していた。それでも、私の決意は固まる。和真くんとの未来を夢見て、明日からの生活を攻略してみせる。
と、その時ふと思い出した。次の週末に、クラスでのキャンプがある。これは絶好のチャンス。みんなと一緒に過ごし、自然の中で和真くんと少しでも距離を縮めることができるかもしれない。彼の笑顔や優しさをもっと近くで感じられる、そんな素敵な時間が待っている。
私の心はまたざわめき始め、期待で膨らんでいくのを感じていた。次のアプローチが成功するように、今から計画を立てるつもりだ。大好きな和真くんと、幸せな未来へ進むために。私の恋物語は、まだ始まったばかりだ。