朝の教室は、眠気とざわめきが混在する独特の空気感に包まれていた。私、黒川梨乃は、窓際の席で村上和真が教壇の前を歩く姿を目で追っていた。彼のふわりとしたミディアムヘアが光に照らされて、まるで天使みたいに輝いている。そんな彼に心を奪われる自分がいることを、誰にも気づかれないように。今日も朝から、和真くんに視線を合わせるだけでドキドキしていた。
元々、冷静で優等生としてのイメージを持たれている私だが、内心は和真を想うあまり、日に日に思いが募るばかりだった。彼の無邪気な笑顔や、誰に対しても優しい視線。その全てが、まるで私の心を無邪気に掻き乱していく。彼が近くにいるだけで、心臓が高鳴り、つい視線を逸らしてしまう。
「黒川、何か面白いことでも考えてるのか?」
和真が隣の席から声をかけてくれた。彼の声は、まるで穏やかな泉のように流れ、私の心を和ませる。思わず心の中の緊張が解けていった。
「い、いえ、特には……ですわ」
思わずお嬢様口調が出てしまった。自分でも不安に思っていたのに、彼の無邪気な笑顔を見ると、そんな緊張も何処かへ消えてしまう。和真は笑顔を浮かべながら、何やら真剣な顔で教科書を開いていた。
「そうか。今日の授業が楽しみだな」
彼の声には、どこか温かさがあり、私は小さく微笑む。
「これが普通のクラスメイトかもしれない」
と自分に言い聞かせる。私には、彼の
「普通」
が重たく感じられることもあるけれど。
その思いに押しつぶされそうになりつつ、私は教科書を開いて和真にかける言葉を考える。普段通りに話しかけようとしても、つい大胆なアプローチをしてしまい、彼にどんな風に受け取られるのか心配だ。私の心の奥にある気持ちが伝わってしまうと、むしろ彼を困らせてしまうのではないかと思うから。その一方で、彼に
「好き」
と言いたい気持ちが生まれる。
「今日の授業、好きな科目だから、頑張るですわ」
思わず口に出してしまった。和真は少し首を傾げ、私の言葉を正面から受け止めた。
「黒川はすごいな、いつも真面目だね。俺も頑張ろう」
和真は、私をひたすらに信頼してくれている。そして、その視線は私を貫く。
「私も頑張る」
と言った瞬間、私の心は歓喜でいっぱいになった。思わず心の中で
「和真くん、あなたがいるからこそ私は頑張れるんです」
と叫びたい気持ちだった。
その後もしばらく、微笑ましい会話を続けながら、机に広げたノートに彼への愛の言葉をインクで綴りたくなる気持ちを抑えることに必死だった。お弁当を手作りして、彼が食べる時の笑顔を想像するだけでドキドキする。もっと彼に振り向いてほしい。でも、自然体でいる彼の無垢さが私を悩ませる。どうにか、ストーカー的な存在からシフトチェンジしたいと思う反面、彼との距離を縮めることができる気がしない。
教科書のページをめくりつつ、私は彼に自分の気持ちを伝えたいという願望が強くなった。しかし、黒川梨乃というブランドイメージを壊さないようにしなければならないという思いが脳裏をかすめる。
「自分の気持ちを全てさらけ出すのは、少し危険かもしれない」
と感じながらも、自分が抱いている想いが日々増す一方だ。
放課後、友達と少し離れて和真と二人で話すチャンスが巡ってきた。
「和真くん、今日の体育、楽しかったですわね?」
ドキドキしながら言葉を発すると、彼は笑顔で頷きながら、私の言葉を真剣に受け止めてくれた。
「うん、楽しかった!梨乃も頑張ってたし」
賛辞の言葉が私に届くと、一瞬心臓が高鳴る。この瞬間を大切にしたいと思った。少しでも距離を縮められたのではないか。だけど、彼の素朴な反応に、どれだけ重みのある愛情を表現しても届かないのではないかと不安になる。私の心は、彼に振り向いてもらいたくて、でもその想いを打ち明けられないジレンマにはまってしまっていた。
「でも、梨乃はもっとスケートボードやったらうまくなるかもね」
彼の言葉は冗談半分のようで、心には何か光るものを感じた。
「私は、あなたの心に住みたいですわ」
と告白したい気持ちが何度も浮かび上がるのに、喉の奥で詰まる。私が思っているよりも重い気持ちになってしまう。
そのままの空気が流れてゆく中で、教室が徐々に賑わってきた。
「もうすぐHRだよ」
と彼が言った。
「私、和真くんにさっきの話を伝えるチャンスだと思ったのに……」
時が流れるのはとても早かった。
教室に戻ると、他のクラスメイトたちが騒ぎ始める。話題は、最近の修学旅行の話に移り、和真もその中で楽しそうに参加していた。私だけがその中で取り残されて、心の中の思いをどうしても伝えきれない。そんな自分に苛立ちを感じる一方で、弱気になってしまう自分がいて、また思いが重くなった。お弁当も彼と一緒に食べながら喜びの分かち合いをしたい。
「ああ、もっと彼に近づきたい」
と願う自分。思いを伝えるためにはどうすれば良いのだろうか。和真の笑顔を見ているだけで、隣にいる幸せを感じる一方、その距離には確かに大きな壁が存在していた。人とのつながりを持ちながらも、自分を突き刺すような気持ちがある。
その時、先生が入室する。今日のHRが始まり、また教室の雰囲気が変わる。和真と二人で頑張った時間が過ぎ去り、今度はクラス全体に気を配る時間の始まりだ。授業が進む中でも、私の心のどこかには
「どんな形でも、和真との距離を近づけたい」
という思いが引っかかっていて、まるで緊張の糸のようだった。心と体をどこに置くべきか、次の瞬間に不安定になっていく。
それでも、こんな日々が続くと思うと、少しずつ心が落ち着いてくる。
「和真くんに少しでも近づくために、毎日頑張るんですわ」
そう強い意志を持って、あの天然男子を見つめながら心の中で思うのであった。
これからも、彼に思いを伝えられるように、努力を続けていこうと決意しながら。切なくも愛おしい日常が、こうして続いていくのだろう。私の和真くんに対する気持ちが、一歩近づくつもりだ。だって、彼が私の隣にいる限り、その日々はきっと、心が揺れ動く楽しいラブコメディのように続いてゆくのだから。