第24話 「雨の日の事件と心の葛藤」

 久遠乃愛は、あいにくの雨空を見上げながら、自身の大学構内を歩いていた。黒髪のロングストレートが、風に舞う雨粒に混じり、濡れてしっとりとした艶を放つ。彼女の心は、何か事件が起こりそうな予感で満ちていた。

「あれ、乃愛ちゃん!」
と、元気な声が背後から聞こえた。振り返ると、茶髪のボブカットの相棒、雪村彩音が傘を持って走ってきた。彼女は明るくて社交的な性格で、いつも周囲を華やかに照らしている。

「やはり、彩音さんですね」
乃愛は、少し微笑みを浮かべながら彼女を迎えた。
「何か事件でも持ち込んできたのですか」

「あのね、映画館のアルバイト先で、変なことが起こったの」
彩音は、軽やかに話を続ける。
「荷物が配達されたんだけど、何かがすり替えられたっていうの」

「すり替えられたとは、興味深い現象ですわね」
乃愛は感心しつつ、彼女の顔を覗き込んだ。
「詳しく聞かせてください」

「実は、私の同僚の子が、その荷物を開けようとしたら、思ったより全然軽かったの。それで中身を確認したら、キャンドルが入っていたんだ」

 乃愛はその言葉に驚きを隠せなかった。
「キャンドルが……あの映画館で、何のために?」

「それが、今も調査中なの。でも、普通のキャンドルじゃなくて、焦げたような跡があったらしいの」

 乃愛は少し考え込む。焦げたキャンドルという手がかりは、何か脈絡のある事件と結びついている可能性がある。彼女はすぐ、お思いつきました。
「では、現場に戻りましょう。何か見つかるかもしれませんわ」

 彼女たちは映画館へ向かい、雨が降りしきる中、光る街灯のもとを通り抜けた。映画館に到着するころには、しっとりとした雰囲気の中で彼女たちの探偵モードが高まっていくのを感じていた。

「この階段を上ったら裏口に行けるはずだよ」
彩音は指をさしながら案内する。

「ありがとう、彩音さん。それではどうぞ」
と乃愛は、彼女の後を追った。

 裏口に着くと、彼女たちの目の前には静かな物置があった。中には、映画のポスターや古びた道具が散乱していた。乃愛は慎重に入っていく。

「なにこれ……ひどい乱雑さだわ」
乃愛は、すでに事件の匂いを感じ取った。物を探す際の整然とした状態が損なわれているのが明白だった。

「これ、何か手がかりになるかも!」
彩音が声を上げ、目の前の物置の一角に配置されたキャンドルのような物に駆け寄った。
「見る?」

「焦げたキャンドルですわね。まさか、これが……」
乃愛は思った。
「本当に、誰かが入れ替えたかもしれません」

「できれば、捜索を続けたほうがいいと思う。だいぶ怪しいもん」
彩音も同意した。

 乃愛は物置の中をゆっくり観察し、特に目を引くものが何かないか考えた。すると、一際目立つ紙くずに目が留まった。

「彩音さん、あの紙くずに何か記載されているかも」
乃愛が指示すると、彩音はすぐにそれを手に取った。

「あった、ちょっと焦げているけど、書かれている内容が分かる」
彩音が顔を近づけてみると、小さな文字で何かが書かれていた。
「『失敗』『絶望』って……これって何の手がかり?」

 乃愛はその書かれた文字から、一瞬、強いインスピレーションを受け取った。

「失敗、そして絶望。何か目標を持っている人が、意図的に何かをしたということですわね」
彼女は思考を展開させた。
「この背景には、相当な努力があったのかも知れません」

「私たちの推理、どうやって進める?手がかりは増えてきたけど……」
彩音の目は心配そうだった。

「まずは、あの配達された荷物が何であったのか、そして誰がそれに関与していたのかを調査することが必要ですわ」
乃愛は、冷静に次の手を考えた。
「その後、キャンドルの焦げた跡から誰が動機を持っているかを洗い出しましょう」

 彩音は頷いた。
「分かった、乃愛ちゃん!それなら、急いで調査を進めよう!」

 彼女たちは映画館の従業員と話をし、配達された荷物の中身について情報を収集した。荷物は、映画上映に必要な小道具であったことが分かった。しかし、実際にはそれがすり替えられてしまったメッセージが残されていた。

「結局、元の荷物が到着してないってことか。となると、誰かがコソコソとしているというのは確定的よね」
彩音が胸騒ぎを覚えた。

「その通りです。違和感を感じた従業員に詳細を聞いてみる必要があります」
乃愛はその言葉に付け足した。焦げたキャンドルのことを逆に有効活用することも考えた。

 彼女たちは周囲の人々に聞き込みを続け、図書館司書の存在が浮かび上がってきた。何かを隠すようにしている人がいると伝えられていたのだ。乃愛はこの情報を手に入れ、彩音と共に図書館に向かうことにした。

 図書館に着くと、彼女たちはすぐに司書のもとに向かった。司書は少し神経質な様子で、彼女たちの到着に驚いていた。

「いらっしゃい、どうしたの?」
と、司書は警戒した目を向けた。

「実は、映画館の事件についてお話ししたくて」
乃愛は、冷静なトーンで告げた。
「あなたは、最近何か特別なことを聞いたり見たりしましたか」

「別に……普通に仕事していますけど。まさか、私の名前が出てくるなんて」
司書は少し緊張の面持ちで言い返す。

「何か焦げたキャンドルに気付いた方がいるのですか?」
乃愛は直接的な質問をした。

 一瞬、司書の表情が変わる。彼女は少し硬い微笑みを浮かべ、深呼吸した。
「そういえば、最近その手のものに興味を持つような声が聞こえました」

 乃愛は閃いたように思った。司書は、何かを隠している。それを突き止めるチャンスだ。

「その声が誰のものだったか、お教えいただけますでしょうか?」

 しばらくの沈黙の後、司書は少し苦悩したように言った。
「私の同級生、確かその子は親の期待に応えようとしていたはず……でも、どうしてそのことで私が?」

「その子に何か問題があったのですか?」
乃愛は興味深そうに聞き返す。

「彼女は、自分の進路に対して焦りを抱えていた。有名な司書になるつもりだったけど、それがうまくいかず……」
司書の声は小さくなった。

 乃愛は考えをまとめながら、彩音のほうを振り向いた。彼女も同じように直感を感じているようだ。
「つまり、その焦りが事件につながっていたのですね」
と乃愛は続けた。

「何か関与している可能性があるということかしら」
彩音も理解した風に頷いた。

「すり替えられた荷物、それはもしかしたら彼女が求めるべきものだったのかもしれない。失敗の恐れが彼女を狂わせてしまったのでしょう」
乃愛は、司書の言葉の合間に手がかりを見つけた。

「彼女に直接話を聞く必要がありますね。どこにいるのか教えていただけますか?」

 司書は少し警戒しながらも、彼女の名前を明かす。
「山田由美、彼女は夜に図書館の勉強会に来ることが多いです」

「では、早速彼女を探しに行きましょう」
乃愛は意を決した。

 彼女たちは急いで図書館を離れ、由美を探し始めた。心臓が高鳴る中、時折、野良猫がふたりの前を横切り、彼女たちの緊張を少し和らげる。

「このまま見つからないと時間が無駄になる」
彩音が言った。

「思い出した、映画館の人に会ったときにしていた携帯電話の音がずっと鳴っていたはず」
乃愛は言う。
「もしかしたら、彼女が来るかもしれない」

 案の定、時間が経つうちに彼女から連絡があった。今、図書館の前で待っているとのことだった。急いで向かうと、彼女が背中を向けて立っている。

「あなたが山田由美さんですか?」
乃愛が声をかけた。由美は驚いたようにはね返る。

「え、私が何か?」

 乃愛は冷静に話し始めた。
「最近、映画館で荷物がすり替えられた件について調査しております。あなたが関与している可能性があるようです」

「私は……関与していません!」
由美は、急に大きな声を発した。

「少し静かに、由美さん」
乃愛は彼女を落ち着かせようとした。
「動機があるようですし、事実を教えてください」

 しばらく由美は黙り込み、頑なさを見せていたが、その表情はゆっくりと崩れていった。
「私は、昔から親の期待に応えたかった。そのために、私は全てを必死に頑張っていた。でも、失敗ばかりで……」

「それが、あなたの焦りを生んだ。もしかして、キャンドルはあなたの思いの象徴だったのでしょうか」
乃愛は冷静に言った。

 最初は否定するように見えた由美だったが、遂に彼女は唇を噛みしめて涙を流した。
「本当に、私はその期待から逃げられなかった。大きな仕事に失敗したという思いから、思わずあの荷物に手をかけてしまった」

「でも、それは許されることではありません。あなたは、自分の怒りを他人に向けました」
乃愛は続けた。

 由美はナイーブな心を抱えつつ、乃愛の言葉にやがてうなずいた。
「私は、もう逃げたくない。告白したいと思う」

 由美は彼女に事情を話した後、事件は無事に解決を迎えた。キャンドルは焦がされたものの中に暗い感情が込められていたのだ。彼女の心情は、乃愛によって引き出され、村田の心の闇を明らかにすることができた。

「やっと、私の心が晴れた気がする」
由美は涙しながら言った。

「大丈夫。それでも、やり直すチャンスは残されていますわ」
乃愛は優しく髪をなでるように声をかけた。

「ありがとう。私も、映画館で自分を立て直す努力しようと思う」
由美は微笑んだ。

 乃愛は、彼女が再起を果たす力強さを感じつつ、彩音に目を向けた。
「彩音さん、私たちの仕事は、心の問題にも耳を傾けなければなりませんわね」

「うん、そうだわ。見張りだけじゃなく、勇気を持って向き合うことが一番大切かもね」
彩音は優しい眼差しを向けている。

 雨は止み、日差しが差し込み始めた。次の事件はどんなものが待ち受けているのだろうと、楽しい不安が彼女たちの心に広がった。こうして、乃愛と彩音の恐怖体験はひとつのブレイクスルーを見つけ、これから先の探偵活動に新たな光を灯すことになったのだった。