第22話 「幽霊の噂と探偵の冒険」

久遠乃愛は、青空にゆったりと浮かぶ白い雲を見上げながら、思考を巡らせていた。仲の良い幼馴染、雪村彩音と共に大学のキャンパスを歩いている最中、彼女の心には最近の出来事が渦巻いていた。まるで、束の間の平穏が、変わることを知っているかのように。

「乃愛ちゃん、聞いて!図書館で不気味な噂が立ってるの!」
と、彩音が元気いっぱいに言った。彼女の目はキラキラと輝いており、乃愛の興味を瞬時に引いた。

「不気味な噂ですか?いったい何が起こっているのですか、彩音さん?」
彼女は冷静に尋ねた。幼い頃からの友人である彩音さんが、何か恐ろしいことを口にすると、不安と興味が混ざる感情が生まれるのだ。

「いわゆる幽霊騒ぎなの。大学祭の準備中に、図書館で誰もいないはずの部屋から叫び声が聞こえたんですって!それに、配置が変わってた花瓶もあったみたい」
と、彩音は一気にまくし立てる。

「なるほど。これは興味深いですわね。私たちが調査に行くべきではありませんか?」
乃愛の瞳が光り輝き、いつもの探偵精神が沸き上がってくるのを感じた。

「うん、そうだね!幽霊騒ぎなんて、絶対面白いに決まってる!」
彩音はそう言って、乃愛の手を引いて図書館へと向かう。

図書館に到着すると、静寂に包まれた建物の前に立つ。乃愛は深呼吸し、周囲の空気を感じ取る。古びた石造りの建物は、一見して無垢な外観を保っている。しかし、彩音の言葉を思い出すと、彼女の心の中にある不安が少しずつ大きくなっていく。

「図書館の中って、なんだか心霊スポットみたい」
(彩音さん)と言いながら足を踏み入れると、独特の湿気と香ばしい古書の匂いが迎えてくれた。

中はまるで時間が止まったかのように静かだった。本棚に並ぶ書籍たちが、情報の宝庫であることを示している。一歩踏み出すたびに、彼女の心が高揚していくのを感じた。

「彩音さん、まずは情報を収集する必要がありますわね」
と乃愛は静かに言った。彼女は眼鏡をクイッと直し、周囲を冷静に観察する。心霊現象とは、しばしば人間の心理や社会的要因によって引き起こされるものかもしれない。しかし、彩音は比較的軽い気持ちで行動へと進むことだろう。

「うん、じゃあ、最初に聞き込みをしよう!」
彩音は元気よく近くにいた図書館のスタッフに近づいていった。

「すみません、最近幽霊騒ぎがあったと聞いたのですが、何か詳細をご存知ですか?」
彼女の純粋な目は、真剣に答えを求めていた。

スタッフは一瞬驚いた顔をした後、親切に説明を始めた。
「はい、そうですね。最近、夜間に図書館に残っていた学生たちが、突然の叫び声を聞いたと報告してきたのです。それに、特に異様なことがあったのは、二階の一室です」

「二階の一室、ですか。具体的にはどの部屋でしょうか?」
乃愛は興味津々で尋ねた。

「それは特別に使用されている部屋で、普段は図書館の研究生のために確保されています。でも、最近の事件のせいで、管理事務所が警戒を強めています」

話を聞きながら、乃愛は少しずつ思索を進めていた。心霊現象が事実であれば、何か特別な理由があって幽霊が現れたのだろう。あるいは、これは人為的な事件なのかもしれない。

「それと、花瓶の話がありましたが、どこに配置されていたのか、教えていただけますか?」
乃愛は念を押した。

「ええ。図書館の入口に近い場所に置かれていた花瓶ですが、最近、規則に従って配置を変えられたものです。どこか不自然な場所に置かれたような気もしますが、どのように変わったか、記録がありません」

「なるほど、記録がないのですね。意図的に、あるいは誰かのせいでその花瓶が変えられた可能性があると…」

その後、乃愛たちは二階の特別室に向かうことにした。階段を上るたびに、古い木のきしむ音が響き渡る。その状況には緊張感が漂っていた。

部屋に到着するころ、乃愛の心は躍動感に満ちていた。ちょうどその瞬間、彩音が大きな声を上げた。
「見て、乃愛ちゃん!花瓶が…!」

彼女の指差す先に、わずかに倒れかけている花瓶があった。その位置は、明らかに誰かが意図的に触れたであろう跡が残っている。

「こんなところに花瓶が倒れているとは…これは手がかりかもしれませんわね」
乃愛は観察を続けながら、花瓶の周囲をじっくりと調べる。

その瞬間、部屋の奥から風が吹き抜け、書籍のページがひらひらと揺れた。
「…誰かいますの?」
乃愛は驚きつつも、冷静に声をあげた。しかし、返事はなかった。

「この部屋、何か気味が悪いね…」
と、彩音は怯えていた。二人の心臓が高鳴る中、乃愛はさらに調査を進めることにした。彼女の探偵としての直観が、事件の核心に迫る予感を感じさせていた。

「この花瓶の配置、おそらく偶然ではないわ。何かのメッセージかもしれないのです」
乃愛はそう告げ、花瓶を慎重に持ち上げてその裏を確認する。

それは一見普通の花瓶だが、意外にも底に小さなメモが隠されていた。彼女は、メモを取り出すと、それには
「報酬は明日、図書館の裏で」
と書かれていた。心が弾むような驚きを抱えたまま、乃愛は彩音に目を向ける。

「これは…何かの計画があると思われますわ。図書館の裏で待つ者が…何かを企んでいる」
乃愛が指でメモを撫で、思考を巡らせる。果たしてこのメモの正体は何なのか。事件の背後に影を潜める者たちの姿が浮かんでくる。

「どうしよう、乃愛ちゃん!もしかして本当に幽霊がいるの?」
彩音の目は真剣そのもので、楽しいドキドキ感が予想以上に膨れ上がっている様子だった。

「そうではなく、意図的に操られている可能性が高いですわ。この噂の背後には、賞金目的か何かが隠れているのかもしれませんわね。この大学祭の賞金が目当てに違いありません」
乃愛の視線は確信に満ちていた。

「じゃあ、どうやって裏に行くの?人がいそうだし…」
彩音は少し不安になりながら尋ねる。

「大丈夫。私が策を考えますわ。目立たずに行動すれば大丈夫ですわ。その前に、あの花瓶の配置に関する一般人の意見を聞くのも好奇心が満たされるかもしれませんわね」
と乃愛は柔らかく微笑み、不安を和らげるために話した。

図書館のスタッフたちに話を聞きながら、彼女たちは徐々に情報を得ていく。あの花瓶が不自然に置かれたことが、噂の原因であることが明らかになってきた。それに加えて、大学祭の参加者たちが夜間の図書館に集まる理由を浮かび上がってきた。

「きっと、何かの儀式を行っているんじゃないかな」
彩音が言う。

乃愛はそれを聞いて首を横に振る。
「儀式というよりも、目立ちたくない何かを計画している人たちがいる可能性が高いですわ。事実、幽霊なんて見た目の問題で恐怖感を煽るのが目的ですもの」

その後、二人は図書館の裏に回り込み、待ち合わせの時間を待つことにした。日が暮れかけた頃、図書館の光がともり、無言の中で彼女たちの心は緊張感を高めていく。

「ねぇ、乃愛ちゃん、このまま何もしないで待つなんて…ちょっと怖いよ」
彩音は小声で不安を訴えた。

「心配しないで。私がいる限り、きっと大丈夫ですわ」
乃愛は彩音の手を握りしめ、共に立つ強さを感じた。

待つこと数分。突然、人影が現れた。誰かが静かに裏口を開け、姿を現した。

「これが計画通りなんだな…」
彼は低い声で呟きながら、メモを取り出し、なんらかの指示を読み上げている姿が見える。

その様子をじっと観察していた乃愛は、サッと身を隠した。彩音も彼女の後に続き、二人で静かに様子を伺う。背後からの風が、慌ただしい緊張感を一層強めた。

その瞬間、乃愛は何かを思い付いた。
「あの人、たぶん大学祭と関係している見物客だわ」
彼の持ち物の一部に、他校から来た参加者のラベルを見つけたからだ。

「何か言ってる…報酬が明日どうのこうのって…」
彩音はそっと耳を傾けた。見物客は明らかに、この自作自演の幽霊騒ぎを計画していたようだ。何かを見越したこの奇妙な事件は、実際には彼の計画の一部だったのだ。

「この辺りに花瓶を配置させて、幽霊の噂を立てようとしたんでしょう」
と、乃愛は冷静に呟く。続く言葉を探しながら、崩れ落ちそうな装置のように心の中で設計図を描いた。

そして、彼が去った後に二人は急いでその足跡を辿ることにした。裏口から静かに図書館の中へ戻り、見物客たちが集まる部屋へと近づいていく。緊張の一瞬だった。

乃愛が踵を返すと、部屋の奥から人々の声が聞こえてきた。
「この噂を立てれば、ほんの暇つぶしにもなるし、賞金だって手に入るんじゃないか!」

この言葉が乃愛の脳裏に強烈な印象を残す。その時、彩音の小さな手が乃愛の袖を引っ張った。彼女も同様に、声の主に興味を示したのだ。心が高鳴り、二人は驚きと興奮を抱えながら、耳を澄ました。

その瞬間、乃愛は大胆にも部屋のドアを開けた。視界に入ったのは、一見純朴な大学生たちだ。しかし、彼女がまさに目撃していたのは、彼らの真剣な表情と幽霊の噂の背後にいる黒幕の存在だった。

「君たち、何をしているの?」
乃愛が冷徹な瞳を向けると、雰囲気が一変した。驚いた表情を浮かべる大学生たちの中、静けさが広がった。

「なんだ!?幽霊は本当にいたのか?」
誰かがうろたえながら叫ぶ。

「違います。あなたたちが仕組んだ、幽霊を使った脅しの計画でしょう。責任を取る必要があるわ」
乃愛は毅然とした口調で彼らに立ち向かう。

その瞬間、裏からもう一人の見物客が現れ、全てが明らかになった。
「やあ、君たちが探偵だとは思わなかったぜ」
彼の目には誤魔化しと陰謀が潜んでいた。

乃愛は一瞬で彼の正体を見抜いた。
「あなたは本当に異変を起こそうとしたのね、賞金を狙って」

次の瞬間、彼らの目には諦めと罪の意識が浮かび上がり、事件が収束する予感が漂ってきた。

「わかった、もうやめる。幽霊はもう要らない」
彼らは心からの謝罪を投げかけた。

それを聞いて、乃愛と彩音は安堵の表情を浮かべた。この切り出した事件は、意外にも無事に解決し、真実の重さを感じる。

後日、図書館の協力と共に、今回の事件の真相が公表されることになった。彼らは反省し、この教訓を次の大学祭で活かすことを誓ったのだ。

「やっぱり乃愛ちゃんはすごい!解決したよ!」
彩音は目を輝かせ、二人で街灯の下で笑い合った。

「ありがとう、彩音さん。ただの調査ですわ。でも、あなたのサポートがなければここまで来られなかったと思います」
乃愛は微笑みながら言った。

「えへへ、これからもずっと一緒に事件を解決していこうね!」

彼女たちは友情を再確認しながら、心地よい風を感じて歩いて行った。仕事を終えた後の余韻が、本の中の物語のように心に残り、これからの探偵活動への期待を高めるのだった。