第20話 「恋する高校生の絵描き大会」

春の柔らかな日差しが教室に差し込む中、高校2年生の黒川梨乃は窓際の席に座っていた。今日は特別な日、絵を描く日だ。担任の久保田先生が
「みんなでお絵かき対決をするぞ」
と発表した瞬間、教室中が賑やかにざわめいた。彼女はその言葉を聞いて心が躍った。これまでずっと密かに思いを寄せている村上和真が参加するのだから、何としてでも彼に自分の存在をアピールしたい。

「お絵かき、楽しみですわね、和真くん」

自分でも驚くほど、楽しさと興奮が声に乗る。和真はのんびりとした笑顔を浮かべている。彼のその優しい表情を見ているだけで、梨乃の心はどんどん温かくなる。この瞬間が永遠に続けばいいのに、とさえ思う。だが、そう思っているのは彼女だけである。周りのクラスメイトたちは梨乃の和真に対するあまりの熱量に気づいていて、密かにニヤニヤと笑っている。

絵を描くための道具が用意されると、各自が自分の好きなテーマで絵を描くことになった。梨乃はもちろん、和真の好きなものを描こうと決めていた。そのために、彼の日常を見つめ、観察することに余念がなかった。無邪気で、時にはちょっと天然な和真の姿が、梨乃の心には鮮やかに焼き付いている。好きなものを描くことは、彼に気持ちを伝えるための良い機会だと思ったのだ。

梨乃は真剣に、和真の趣味を思い出しながら、彼の大好きな動物たちを描くことにした。
「そうだ、犬が好きって言ってたわ」
その思い出に浮かべると、彼はきっと喜ぶだろうと思った。
「ああ、でも、もしかしたら、猫も描くべきかしら」
心の中で頭を悩ませながら、彼女は絵を描き始める。自分だけの和真との思い出が描かれていく様子に、内心ドキドキしていた。

一方、和真は至ってのんびりとした姿勢でお絵かきを楽しんでいる。普段の自分を忘れて、心のままに描く彼の姿は、まるで子供のようだった。しばらくして、梨乃は彼の様子をちらりと横目で見る。彼が何を描いているのか気になって仕方がなかった。
「和真くん、何を描いているのかしら?」
と心の中で問いかける。それに気づいているはずもない和真は、優しい笑顔で色鉛筆を存分に楽しんでいた。

教室の中には、他のクラスメイトたちの楽しそうな声が響き渡る。色とりどりの絵が机の上に広がり、まさに祭りのようだった。しかし、梨乃の目には和真しか映っていないことに、気づいているのだろうか。彼女は自分の絵が出来上がるのを待ちながら、この瞬間を大切にしたいと思った。

「私、和真くんのこと、本当に好きなのよ」
心の中で何度もその言葉を繰り返す。だけど、言葉にするのは難しい。彼にとって、自分の気持ちをどう伝えればいいのか、想いが重すぎてうまく表現できない。梨乃は♪彼の気持ちを考え始める。自分の気持ちを素直に伝えることができたなら、もしかしたら彼も気づいてくれるかもしれない。彼にどう思われているのか、実はすごく気にしているのだ。

「り、梨乃、何描いてるの?」

和真がこっちに向かって笑顔で声をかけてくれた。彼の優しい笑顔に心が一瞬で溶けてしまう。
「あ、私? えっと、和真くんの好きな動物を描いているのですわよ」
恥じらいを感じながらも、素直に答える。彼の反応が楽しみだ。和真は笑顔で
「そうなんだ、楽しみだな」
と返してくる。その返事が何だか心の奥にぐっと響く。
「彼は私のこと、気にかけてくれている…」
と、少し嬉しさが込み上げてくる。

しかし、すぐ後に和真が
「梨乃は、何でも描けてすごいよね。ボクはまだこれから頑張らないとなんだ」
と、優しい目で彼女を見て言った。その無邪気な褒め言葉が梨乃の心を一瞬でかき乱す。彼の純粋さの裏にある、無自覚な鈍感さが、思わず笑いを誘う。
「ですわね、和真くんはどんな絵を描いているのですか?」
と尋ねると、彼はのんびりと微笑んだ。

「ボクはね、ただ散歩をしている犬を描いてるよ。なんか、散歩中の犬みたいに自由だなって思ったから」

その言葉に、梨乃の胸が高鳴る。
「いつもいつも、のんびりとした和真くんだもの…」
彼の描く犬とは、まさに彼そのものだ。梨乃は自分の絵のことを忘れ、彼の描く犬のことについて考え始める。
「その犬の耳をもっと大きくしたら、和真くんに似ているかもしれないですわ」
と、ふと思いつくと、心の奥でくすくすと笑っていた。

お絵かきの時間が過ぎていく中で、梨乃は少しずつ和真との距離を縮めようとしていた。彼の絵に少しずつ近寄り、その姿を堂々と観察する。和真は無邪気に笑いながら犬の絵を描いているが、その横顔が少しずつ彼女の中の彼への想いを膨らませていく。
「和真くんの好きなものを描くのが、私にとっての幸せなのですわ」
と改めて思う。

しばらくして、時間が来た。先生が寸評をするために全員の絵を回り、各自の作品を観ながら感想を述べ始める。梨乃は自分の絵が評価されるのをドキドキしながら待っていた。そして、彼女の番が来る。

「黒川さんの作品は…、好きな動物や思い出が込められていて、素敵ですね」
と、先生がその絵を褒めてくれた。
「そして、細部へのこだわりも非常に良いです。特に犬の表情が愛らしいです」

梨乃は内心で跳ね回った。
「やった! 私の絵が褒められた!」
と喜びを噛み締める。しかし次の瞬間、和真が
「いいな、梨乃。すごく素敵な犬だね」
と、自分の番になったときに言ってくれた。その瞬間、彼女の心は完全に満たされてしまう。
「和真くんの言葉が、何よりも嬉しいわ!」

和真は自分の犬の絵を見て、
「これは、散歩中に見かけた犬を書いたんだ。動物って、無邪気なところがいいよね」
と語り出す。彼のその言葉に、梨乃は複雑な気持ちになった。
「彼は本当に何も気付かないけれど、こうして一緒に過ごせるだけで幸せなの」
と、少しだけ目を伏せる。

お絵かき大会が終わるころ、次第に教室が収束していく。和真が彼女の絵を見ている。なぜか彼女の心臓がバクバクと鳴り響いた。
「彼に、想いを届けるチャンスかもしれない」
と、心の中で声を上げる。

「和真くん、今日は本当に楽しかったですわ。この絵を、よかったら持って帰ってくれるかしら?」
と恥ずかしさを乗り越えて言ってみる。

和真は驚いた表情を見せてから、嬉しそうに笑って言った。
「本当に? 嬉しいな、ありがとう。大切にするよ」
と。

その瞬間、梨乃の心の中は暖かさでいっぱいだった。
「彼にこうして伝えることができた、私の気持ちが少しでも届いたのかもしれない」
と、まるで空を飛んでいるかのような気分になった。

その帰り道、梨乃は彼と一緒に帰る途中で、心の中で決意する
「次は、もっと頑張って自分の気持ちを伝えよう!」
「こういう小さな瞬間を、もっともっと大切にしていきたい」
彼女は歩く道中、心の中で和真との未来を思い描いて、相変わらず笑顔を浮かべている。

そんな彼女の背中を、和真は無邪気に追いかけてくる。彼の声が風に乗せて、梨乃の耳に響く。
「梨乃、次は何を描こうか?」
もっと彼と近づくために、このお絵かき大会は始まりに過ぎないのだと、彼女は感じていた。