第19話 「放課後の秘密の心情」

放課後の部室。薄暗い照明の中で、私、黒川梨乃はドキドキしていた。今日は和真くんとふたりっきりで作業をする予定だからだ。この瞬間をずっと待ち望んでいた。彼と一緒なら、どんな作業も楽しくなるに違いないだろう。

とはいえ、今までの私の想いは優等生としての表向きの冷静さとは裏腹に、内心では燃え盛っている。ふと、彼のことを思うと心臓がバクバクしてしまう。でも、彼にはそれがわからないみたい。彼は本当に鈍感で、私の気持ちに気が付くことはないのだ。

部室に到着した和真くんは、髪がふんわりとしたミディアムヘアで、今にも子犬のように無邪気な笑顔を浮かべている。彼がドアを開けた瞬間、ほんのりと香る花の匂いが、私の心を温かく包んでくれる。

「黒川、今日はよろしくね」

「はい、和真くん。こちらこそ、ですわ」

こんな風に彼と話すたびに、私は思わずドキリとしている。この小さなやり取りが、私の日常の中で最高のひとときだ。目が合った瞬間、少しだけ彼の唇がゆるんで、優しい笑顔を見せた。
「そんな黒川が元気な様子で、うれしいな」
と言われると、内心では
「ああ、もう!」
「もっとこっちを向いて!」
と思ってしまう。

「今日は何をするんだっけ?」

「えっと…文化祭の準備ですね。ポスターを作ったり、委員会の発表の資料を整理したりしないといけませんわ」

「なるほど、そうか。じゃあ、頑張ろう!」

和真くんは何気なく言ったが、その言葉に私は全力で頑張らなくては!と思わせられる。彼を見つめながら、ワクワクした気持ちがどんどん高まってくる。一緒に作業することができる幸せをかみしめる。

机上にはポスター用の画用紙や色鉛筆が広げられていた。私は彼と並んで座り、作業を始めることにした。彼が困惑した顔をするのを見るのは面白いな、と思いながら、私はすぐに自分の手元に集中した。

「黒川、色選んできてよ。どの色がいいかな?」

「えっと…どうかしら。和真くんが好きな色でいいと思いますわ」

私の言葉に、和真くんは考える風を装いながら、手で顎を撫でながら
「うーん」
と唸っている。その姿がなんとも愛おしい。私はすっかり彼に見とれてしまい、色鉛筆を選ぶのを忘れてしまった。

現実に戻ると、和真くんは
「黄色と緑が合うんじゃないかな」
と言い出す。その意見に対して思わず微笑みながらも、心の中では
「どうしてそんなにかわいいの?」
と突っ込みたくなる。

「じゃあ、あなたの意見にしますわ」
と頷く私。

少しずつ作業も進むにつれ、お互いの距離感が少しずつ縮まってくる。私の心にある想いは、もうどれだけ強まったことか。和真くんの無邪気さが私を惹きつけてやまない。つい、彼をじっと見つめていると、視線に気が付き、彼は顔を向けてこちらを見た。

「何かある?」

「あ、いいえ、なんでもないですわ」

急に質問されて固まってしまい、反射的に目をそらしてしまった。その瞬間、胸がザワザワする。
「どうしてこうも鈍感なの、和真くん。この気持ち、受け止めてほしいのに…」
と焦ってしまう。彼には私の気持ちが完全にわからないようだ。

やがて、ポスターがひとつ完成した。和真くんの笑顔を見ながら、私は内心でこう思った。
「これからもずっと一緒にいたい。彼と一緒にいることで、私はもっと自由になれる」
。でも、和真くんがそれに気づかないのがもどかしい。

「一緒に写真撮ってみようか」
と和真くんが提案する。彼の無邪気な笑顔を思い浮かべると、何もかも忘れてしまいたくなる。私は心の中で
「やった!」
と歓声をあげる。

「はい、ぜひともですわ!」

彼がスマホを取り出して、準備をする。撮影角度に気を使っている様子が可愛い。私はその後ろから、無心で彼を見つめる。出来上がる写真を想像すると胸が高鳴る。彼と一緒に撮る一枚が、どれほど私の宝物になるのか。

「じゃあ、撮るよ」

カシャッという音。彼の横にいる自分は、まるで運命の相手のような大切な存在に思えてくる。笑顔を見せて、彼が満足そうに
「いいね!」
と声をあげている。その瞬間、私の心の中は喜びで溢れかえった。

しかし、写真を見せられた瞬間、愕然とした。私の顔は異常なほど引きつっていた。もちろん、これは彼に見つかってはならない。心の中で、
「どうしよう、これは!」
と焦っていた。

「クック、こういうのも素敵だね。黒川はすごく表情豊かだね」
と和真くんの大らかな一言に、私は胸が締め付けられる思いがした。彼は何も気にせずにいる。素直に思ったことを言えるその性格は、本当に芯のある優しさだと、ちょっと誇らしく思う。

「和真くん…やっぱりあなた、どうしてそういう事を言うのかしら」

「それはただの感想だよ。逆に俺も黒川の一生懸命さが伝わってくるんだ。さっきのポスターもそうだし」

その言葉は、私にとって嬉しさと同時に、少しだけ苦しみを伴う。そう、私が好きな人。彼との時間がどれだけ大切だと思っても、実際の私の感情が届かないのが何よりも辛い。

「それに、俺は黒川が好きだよ」

「えっ…えっ!?」

その一言に、私は思わず体が硬直してしまった。今の和真くんの言葉を疑ってしまった。
「好きって、何が?友達として?それとも…?」

「友達としてだよ。黒川って本当に面白いよね」

「そ、そうですわね…」

その言葉には正直、私の期待を大きく裏切る結果となった。彼の天然な言葉の中に混じる無邪気な笑顔。それはまるで、私の思いを無視するような形になってしまって、切なくなった。

そのまま少し黙って、私は自分の感情を整理する。何か言いたかったけれど、言葉にならなかった。
「彼に私の思いを素直に伝えたい」
と、心の中で呟く。でも、和真くんの反応が怖い。私の愛の強さがどれほど重いものか、彼にはわかるはずもないのだ。

やがて、作業が終わり、部室も静けさを取り戻す。ゆっくりと立ち上がり、和真くんに向き直る。

「和真くん、今日は本当に楽しかったですわ。これからも、一緒に頑張りたいですわ」

その言葉が、彼にどれほど響くのかはわからなかった。彼がそれにどう反応するのか、心配で仕方がなかった。

「もちろん、一緒に。これからもずっと、ね!」

その言葉が、私の胸の奥に深く刻まれた。和真くん、あなたと一緒なら本当に幸せです。その思いを私の心の中で、大切に育てていこう。どんなにすれ違っても、きっと理解してくれると信じている。彼と私の関係は、たとえどんな形であれ、ずっと続いてほしいのだから。