黒川梨乃は、朝の光が校舎に差し込む中、教室の一番後ろの席に座っていた。ロングヘアを丁寧に整え、ぱっちりした瞳を輝かせる彼女の心の中には、いつも特別な思いが詰まっている。そう、同じクラスの村上和真に対する恋心だ。
毎朝、和真くんが教室に入ってくる瞬間、彼女の心臓はドキドキと跳ね上がる。和真くんのふんわりしたミディアムヘアと優しい笑顔、どこかのんびりとした雰囲気を醸し出す彼が入ってくると、教室の空気が一変する。そんな彼が、いつも梨乃の存在に気づいていないことが悔しくてたまらない。
今日は特別な日。新入生が校内を迷っているという噂を耳にしたのだ。新入生を案内するのが義務であるとともに、和真くんと一緒に過ごす絶好のチャンスなのだわ。梨乃は心の中で何度もその言葉を繰り返し、ドキドキとした気持ちを抱え込みながら、昼休みを待っていた。
やがて、休み時間が来ると、彼女は勇気を振り絞り、和真くんのところへ向かった。
「和真くん、ちょっといいかしら?」
「ん? 黒川、どうしたの?」
彼は、少し驚いた様子で梨乃に視線を向けた。彼女は心の中で
「今日こそ、想いを伝えるチャンス!」
と叫ぶ。
「新入生が迷っているって聞いたの。もし時間があれば、一緒に案内しに行くことができるかしら?」
「新入生を案内? いいね、行こう!」
和真は即座に了承した。その瞬間、梨乃の心は高鳴った。和真くんと一緒にいるだけで、彼女の日常が華やぐのを感じた。
彼女は和真くんの隣を歩きながら、彼の存在を一心に感じる。
「この前の体育祭のとき、和真くんが走った姿がすごく素敵だったわ」
と思いを巡らせていた。しかし、彼の無邪気な反応が思い出され、少し恥ずかしくなる。
「ありがとう、微妙に褒めてもらった気がするけど、別に大したことないよ?」
彼の無邪気さは、まさに天然。梨乃は自分の心の中で小さくため息をついた。
「そんなことないのに……」
新入生を見つけることは思ったよりも簡単だった。校庭に立っている一人の女の子が、その様子からどうやら迷っていることがすぐに分かった。梨乃はその新入生の元に駆け寄り、和真も続いた。
「こんにちは、新入生さん! 迷っているみたいですね。私は黒川梨乃です。こちらの学校はどうですか?」
梨乃が声をかけると、その子は驚いたように振り向いた。
「こんにちは! 私は山田美沙です。私は、教室を探しているのですが……」
「教室をお探しですか? では、私たちが案内します。和真くん、いい? ね?」
「もちろん、任せて!」
和真くんは、山田さんににっこりと笑いかけた。彼のその態度が、梨乃の胸を無心に癒していく。その間に、何度も山田美沙と和真くんが話す会話のひとつひとつに、彼女の独占欲が密かに高まっていく。
「美沙ちゃん、何か特別な習い事とかしているの?」
和真くんが尋ねる。
「実は、バレーボール部に入ろうと思っているんです!」
山田さんが嬉しそうに答えた。
「すごいね! 僕も中学のときに部活やってたよ。楽しいよね、チームワークとか」
「そうなんだ! 私も頑張ります!」
その瞬間、梨乃の心に氷のような冷たさが走った。
「彼が他の女の子と話すこと、こんなに耐え難いとは……」
彼女は彼らの会話に加わりつつ、内心葛藤していた。
「美沙ちゃん、教室まであと少しだよ。最初の段階で迷わずに済むから、頼もしいよね!」
彼女が挟み込むと、美沙ちゃんはニコニコと笑う。
「ありがとうございます、黒川さん。優しいですね」
「ええ、そういうことが私の役目ですわ」
彼女はお嬢様口調で返したが、内心は和真くんのことしか考えられない。
教室に着くと、美沙ちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。
「ありがとうございました! やっぱり、先輩たちって優しいですね」
和真も笑顔で
「それまでは迷わず来れてよかった。困ったらいつでも相談してね!」
と声をかけた。その無邪気さが梨乃の胸に刺さった。
彼女は思わず下を向いて
「はい、困ったらまた黒川さんに助けてもらいます!」
と美沙ちゃんが言ったとき、胸が張り裂けそうになった。彼女は彼女の笑顔を見るたびに混乱し、同時に焦燥感を抱いた。
「さあ、行くよ、黒川」
その言葉に、梨乃ははっとした。
「はい、行きますわ、和真くん……!」
校内の廊下を歩きながら、梨乃の頭の中は彼の声でいっぱいだった。和真くんとのこうした日常が、いつまでも続けばいいのに。暗い世界から彼が連れ出してくれたような感覚を感じつつ、梨乃は思った。
「彼に告白できたら……それを望むことは不可能なのだろうか……」
ふと、彼女が道を曲がると見つけたのは、再度の新入生の姿。しかも、今度は男の子だ。彼が困っている様子を見つけた梨乃は、
「これもまたチャンスかしら?」
と心が躍る。一瞬、和真くんと一緒にいることがまた楽しいイベントになることを期待した。
「和真くん、あれ! 新入生かしら?」
「本当だ! 一体何を探しているんだろう?」
和真くんは興味津々で歩みを進める。
彼が近づいていくと、その男の子も気づき、苦笑いしながら
「すみません、道に迷ってしまって……」
彼の声は少し低くて落ち着いていた。
「迷子になったの? どこを目指してたの?」
和真くんの問いに、男の子は驚いたように顔を上げた。
「あ、はい……実は、図書館に行きたいんですが、方向が分からなくて……」
「大丈夫、行こう! こちらまで案内するよ」
和真くんはさらりと言った。梨乃は顔が引きつった。
「なんで……また女じゃない男の子と?」
そんな自分の感情の変化に対して、梨乃は彼を強く見つめた。彼の後姿は頼もしく、彼との距離が近く感じられるが、彼を独占するのは毎回難しいことだ。
梨乃は自分の中にある独占欲が高まっていくのを感じたが、一方で和真くんの行動さえも目に焼きついていた。
「彼に私以外の人も優しくできるのは本当にうれしいのかしら。私は彼に対してどれほどの想いを持っているのだろうか?」
男の子を案内した先で、梨乃は自分の心の思いが吐き出されそうになるのを必死に抑えた。彼女はその男の子と和真くんの楽しい会話を聞きながら、心の中のモヤモヤを何度も感じていた。
「それ、いい本だね! 読み物かな?」
和真くんの言葉を耳にした途端、梨乃の心の奥に苛立つものがうずく。
「彼に少しでも好かれるためには……言葉を引き寄せて、私を選ばせなきゃいけない!」
彼女は心の中で決意した。
新入生が図書館に入ると、彼の後ろ姿がゆっくり消えていったとき、梨乃は
「私の心の独占を、絶対に彼に見せなければ……! 彼は私だけのものとなる運命なのだから」
と心で考え、思いを新たにするのであった。
その後の彼女の心は、未だ定まらないまま。恋の波乱が続く中、彼女は日常の中で和真くんの傍らで彼を想い続ける。教室へ戻る道中、梨乃は彼の姿を見上げながら、心から愛を告げる機会を待ち望むのだった。
「もしかしたら……次こそは、彼に正直に伝えてみるべきかもしれないわ」
それからというもの、日常の中での探索や新しい出来事が続く。毎日和真くんと会話し、彼の心の奥を覗くたびに、気持ちがどんどん大きくなっていくのを感じるのだった。梨乃の恋は、彼に見えない形で成長する一方、彼の天然さに翻弄されていく。彼女の挑戦と恋の模様は、これからも続いていくのである。