第16話 「博覧会の珍品消失事件」

ある秋の午後、久遠乃愛は自室で本を読みながら思索にふけっていた。大学の文学部に通う彼女は、心の中で選ばれた探偵の名にふさわしい推理を膨らませていたが、どことなく物足りなさを感じていた。そんな時、思いがけない訪問者のノック音が響いた。

「乃愛ちゃん、どうしてるの?」

明るい声が部屋の中に飛び込んできたのは、幼馴染の雪村彩音だ。彼女はいつも元気で、人懐っこい性格をしている。乃愛は彼女の存在に心が和んだ。

「彩音さん、ちょうどいいところに」

乃愛は本を閉じ、茶色のボブカットが揺れる彩音を迎え入れた。

「それで、何か事件でもあるの?」

彩音は笑顔を浮かべ、軽やかに言った。

「そうなの。いま、大学で博覧会をやっているんだけど、中に展示されていた珍品が消えてしまったの。みんな、急いで探してるんだけど…」

「珍品が消えた? 面白そうですわね。それに、あなたもその依頼に何か関わっているのですか?」

乃愛は興味をそそられた。彼女は探偵としての本能が刺激され、表情を引き締めた。

「それに、みんな幽霊部員の中に犯人がいるんじゃないかって噂してるの! だから、乃愛ちゃんに頼みたいんだ」

彩音が目を輝かせて訴える。乃愛はこれを逃す手はないと、心の中で決意した。

「それなら、行きましょうか。まずは現場を見に行く必要がありますわね」

彼女は自信に満ちた表情を見せた。彩音と一緒に事件の現場へ向かうことになった。街中のシェアオフィスに到着した二人は、博覧会の建立に乗り込んだ。

会場に着くと、哀れにも珍品が消えてしまった場所を数人の学生が囲んでいた。人々の顔には、不安と焦りが浮かんでいる。乃愛はそれを冷静に観察し、場の雰囲気を読み取ろうとした。

「これが消えた品物ですのね」

乃愛は視線を珍品が置かれていた台に向けた。周囲には誰もいないが、彩音が小さな声で上品な様子で言った。

「消えたのは、あの美しい仮面よ。どんな感じの仮面だったの?」

「たしか、金糸が施された非常に繊細なものでしたわ。皆がその美しさに魅了されたのも無理はありません」

その言葉を聞き、乃愛は手がかりが見つかることを期待しながら、まずは関係者たちに話を聞くことにした。

「現場にいた人に話を聞いてみましょう」
と乃愛は合図した。

彩音もうなずき、学生たちの中に聞き耳を立て始めた。しばらくの静けさの後、乃愛は近くにいる一人の男子学生に向けて声をかけた。

「すみません、あなたはこの場に居た方ですか? 珍品が消えた際、何か怪しいことに気付きませんでしたか?」

男子学生は緊張した面持ちで乃愛の質問に答えた。
「そんなことはなかったと思います。みんな、普通に見ていたはず…」

その言葉に乃愛は少し眉をひそめた。男子の発言はあまり信じられないように思えた。何かを隠しているのではないかと疑念が浮かぶ。

「普通に見ていたとは、どういうことですのか。特に何か気になる動きはありませんでした?」

「いえ、別に…ただ、さっき誰かが人混みに紛れるのを見たくらいです」

「誰がどう見えたか、具体的に教えていただけないでしょうか?」

男子学生は困惑しながら答える。
「うーん、黒いコートを着た背の高い人がいた気がします」

乃愛はその情報をメモし、次に彩音の方へ向かう。しかし、彩音はすでに他の学生たちに話を聞いていた。
「乃愛ちゃん、私も聞いたことあるよ! 幽霊部員が怪しいって!」

「それが真実だとしたら、何か理由があったのでしょう。緊張やプレッシャーからホントにそんなことをしたのかしら…」

乃愛は思索にふけりながら、この情報を整理していく。何かが引っかかる。続けざまに口に出した。

「ところで、珍品が消えた直後に何か変わったことはあった?」

彩音はうなずいた。
「あぁ、時間的にちょっと微妙なんだけど、来場者の鞄の中に怪しいメモが入っていたの。まるで、何かをほのめかすような内容だったみたい」

「どんな内容だったのですの?」

「それが、私もまだ見てないから…見に行く?」

乃愛はその提案を受け入れ、早速周囲の視線を引き連れながら、メモがあったという学生のところへ行くことにした。

学生が見せてくれたメモには、奇妙な内容が書かれていた。試験に関する言葉と共に、それらしい暗号じみた符号が連なっていた。

「感情の高まりが焦りを誘発する…これが試験に関連しているようですわね。このメモの持ち主は、試験のために非常に奮闘していたということでしょうか?」

乃愛の思考が進む。襲いかかる論理と推理が彼女の心を揺さぶる。問題に取り組むことで、さらなる手がかりが見えてくるかもしれない。

「このメモから推測するに、やはり珍品の盗難と試験のプレッシャーは関係している気がしますの。緊張で押しつぶされた感情が、何か行動を引き起こしたのかもしれないわ」

「じゃあ、もう一度関係者に聞いてみないといけない!」

彩音の目が輝く。乃愛は少し微笑みながら、彼女の言動を支持する。

「そうですね、優先順位をつけて行動しましょうか」

再度学生たちに話を聞き、そのうちの一人がぽつりとこぼした言葉が乃愛の耳に届いた。
「実は、彼が何かあったんじゃないかって思ってたんだよね…」

その言葉に乃愛は瞬時に反応した。
「彼とは誰のことですの?」

「確か、幽霊部員の…野村くんのことだよ。試験に通ってほしいというプレッシャーがあったみたい。彼、最近は全然学校に現れなかったし…」

乃愛の直感が働く。
「彼かしら…」

彼女は心の中で思いめぐらせた。その時、彩音が思いついた様子で口を開いた。

「乃愛ちゃん、野村くんの住んでいる場所を知っている? そこへ行ってみようか!」

乃愛は即座に頷いた。
「いいアイデアですわね。さっそく向かいましょうか」

街の喧騒を抜け、訪れたのは野村のアパート。しかし静かな住宅街にある彼の家からは音が聞こえなかった。乃愛と彩音は不安な気持ちでいながら、ノックをした。

「もしもーし、野村くん、いますか?」

しばらく静寂が続いた後、彼の声がか細く返ってきた。
「誰か…誰かいますか?」

「乃愛ちゃんです、あなたに少しお話があるの。ドア、開けてください」

野村がようやくドアを開けると、彼は不安そうな顔をしていた。乃愛は彼に視線を向け、自信をもって話し始めた。
「あなたが珍品を盗んだのではないですか?」

「間違いだ…違う、違うんだ…!」

彼はすぐに否定したが、その様子はどこか動揺しているように見えた。

「本当ですの? あなたがこの試験のプレッシャーに耐えられなくて、他の人間の目を気にして幽霊部員に甘んじていた…それで珍品を盗んでしまった、そんな気がするのですが」

ハッキリとした言葉に野村は背を反らし、その場をうろたえながら逃げようとした。乃愛はこの流れを止めるべく行動に出た。
「彩音さん、彼を掴んで! 逃がさないで!」

彩音は身を投じて野村を掴み、彼女の強い行動力が彼の逃げ道を塞いだ。乃愛はその隙間に隙を見つけ、尋ねた。

「あなたの試験の結果が、どうしてこんなことを引き起こしたのですの? そう、プレッシャーに押しつぶされて、誤って盗難に走ったのでしょう」

野村は苦し気に言った。
「本当に申し訳ない…でも、試験に受かりたかったんだ。これが唯一の頼みだった」

乃愛は彼の懺悔に対し、ため息をついた。
「このような形でそれを果たしてはいけません。大事な何かを壊してしまったことに気付き、反省しなければならないのです」

最終的に、野村は彼の行動の全貌を認め、盗まれた珍品は隠されていた場所に戻されることとなった。

彼の罪を償うために、教室の前で仲間たちと真摯に向き合わなければならない。野村は新たな気持ちを持って、再スタートを切ることを決心した。

「事情は分かりました。私たちが事を進めるつもりですので協力しなさい」

乃愛は彼に向かって微笑み、彩音とともに彼をサポートすることを誓った。博覧会に戻り、珍品を無事に取り戻すことで、みんなの心を再び一つにまとめることができるのだ。

こうして、久遠乃愛と雪村彩音の活躍で、博覧会の珍品消失事件は無事に解決した。彼女たちはそれぞれの未来に向かって、新たな一歩を踏み出すのであった。