第13話 「春の温泉宿と謎解きの冒険」

温かな日差しが差し込む春の日、久遠乃愛は大学のキャンパスで友人たちとともに過ごしていた。文学を専攻している彼女は、教授の授業を受ける傍ら、推理小説の魅力に引き込まれていた。そんなある日、彼女の元に親友の雪村彩音からメッセージが届く。

「乃愛ちゃん、ちょっと相談があるんだけど!」

彼女の明るい声が画面越しにも伝わってくる。乃愛はふと微笑み、すぐに返信を返した。

「何か問題ごとですの?」

しばらくして、彩音が目の前に現れた。茶髪のボブカットが軽やかに揺れ、元気いっぱいなその様子に乃愛も心が和む。

「実は、ゼミの旅行先の温泉宿で変なことが起こったらしいの。オークションで高額な品物を騙し取られたとか…」

乃愛は眉をひそめた。彼女の探偵としての直感が、何か特別な依頼が待ち受けていることを予感させる。

「詳しく教えてくださる?」

彩音はすぐに詳細を語り始めた。ゼミの旅行中、バスの中で行われたオークションは、ちょっとしたサプライズイベントとして企画されていたが、参加者の一人が偽の品物を出品し、他の参加者を騙す事態が発生したという。旅行先は人里離れた温泉宿で、周囲には警察もいないため、すぐに解決しなければならなかった。

「私たちで解決しましょう、乃愛ちゃん!」

彼女の提案に乃愛は静かに頷いた。彼女たちがすでに解決した小さな事件が幾つかあることを思えば、この事件も、恐らく解決できるに違いない。

「それでは、すぐに温泉宿に向かいましょうですわ」

心は高鳴り、彼女たちは急いで荷物をまとめ、車を運転して宿へ向かう。青空の下、車の窓から見える桜の花びらが舞い散る様子が彼女の心を軽やかにさせていた。

温泉宿に到着すると、宿の従業員や他のゼミ生たちが集まり、緊迫した空気が漂っていた。乃愛はその雰囲気に包まれながらも、自分の役割を冷静に果たすことを決心した。彼女は宿泊先の一室に目を向ける。

「まずは、詳しい話を聞くべきですわ」

乃愛の言葉に彩音も力を入れて頷いた。二人は宿のスタッフに声をかけ、部屋の中に案内された。そこには、他のゼミ生たちが不安そうな表情で固まっていた。

「まずは状況を教えていただけますか?」

乃愛が静かに問いかけると、ゼミの班長がため息をつきながら口を開いた。

「一昨日の夜、オークションが行われたんだけど…出品された品物の中に、偽の品が混じっていたみたいなんだ。高額なものが訴えられたって聞いて」

彼の言葉に他の生徒たちも頷く。乃愛は冷静に考えを巡らせる。

オークションは、ゼミ生たちの楽しみであると同時に、信頼のもとに成り立っている。偽物が出品されたという事実は、参加者全員の信頼を揺るがすことになる。

「どのようにして不正が見つかったのか、詳細を教えていただけますか?」

乃愛がさらに尋ねると、班長は神妙な表情になりながら話を続けた。

「もともとはオークションの後で、落札者が品物を手に入れたときに気づいたんだ。所持品が本物ではないと主張した人がいて…それが波紋を広げて、皆が連なって疑いあいが始まった」

不安の影が仲間たちの表情に漂う。乃愛は気持ちを落ち着け、手がかりを探る告知を全員に促した。

「大切なのは、各自が何を見たのか、どのようなやりとりがあったのかを確認していくことですわ」

彼女は冷静に指示を出し、彩音と共に部屋を出て、クラスメートたちと話をすることになった。失敗して疑念が生じた品物のこと、友人がどう思っているか、覚えている何でもを尋ねた。

調査している途中に、あるゼミ生の証言が気になるものだった。
「前に参加していたビラ配りの男がいたけれど、何かおかしい感じがした」
という言葉が、彼女の中に興味を抱かせる。

「それについて、もう少し詳しくお聞きしたいですわ」
と乃愛はその生徒に向き直り、優雅な微笑みを浮かべた。

その生徒は、少し躊躇いながらも続けた。
「確か彼は普段は駅前でビラ配りをしていた子で、人気だったかもしれない。でも、なんだか目つきが鋭くて、他の人に隠れているようにしてたのが気になった」

彩音はその話に興味を示し、
「もしかして、その人がオークションに関与しているかも」
と言った。乃愛は彩音の言葉に頷き、この件をもっと掘り下げる必要があると感じた。

「観察力が鋭い彩音さん、その直感は素晴らしいですわ。私たちもその男のことを調べてみましょう」

宿泊している周囲を探るにつれ、乃愛の記憶がどこか懐かしく思い出されてきた。彼女が幼い頃から推理小説を読み漁り、背景を考察することが好きだったその原動力が、今ここに繋がっているのだ。

「宿の近くに行ってみましょう、あのビラ配りの若者がいるかもしれませんわ」
と乃愛が言うと、彩音も同行することを約束した。

二人は温泉宿の裏手にある駅前に向かう。陽の当たる日差しが彼女たちの心を少しだけ明るくした。その間にも、どんな男か想像しながら何か手がかりを見つけようと期待が広がっていた。

駅前に到着すると、ビラ配りをしている数人の若者が目に入った。その中に、尖った目つきをした一人がいた。乃愛が一歩進み、該当の若者に近づく。

「失礼いたします。あなたのことを少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」

若者は驚いた様子だが、すぐに表情を変えて答えた。
「なんでしょうか?」

彼の目が不安を測っている。乃愛は冷静さを保ちながら続きを促す。
「一昨日の夜、温泉宿で何か市場に取引を持ち込むようなことであったのでしょうか?」

若者は一瞬の間を置いた後、声を沈めて言った。
「ああ、それについては関わった人間は多かった。知らないとは言えないが…」

乃愛は若者の反応から察知し、強い視線を向け続ける。
「大切なのは、その背後の理由ですわ。あなたたちの仲間に何か必要な物があったのでしょう?」

若者は一瞬、言葉を詰まらせた。魔法のように続く沈黙の中、彼の目の奥に、困惑と恐れが深く宿っていることが見えた。

「そ、それは…ほんの少しだけ必要だった。仲間を助けるために…でもそれが違法性のあるものであったのかもしれない」

乃愛の心の中で一つの答えが浮かぶ。若者の真実の告白が周囲に少しずつ太陽の光をもたらしている。彼女は思わず微笑んだ。

「お話を続けていただけますか?」

若者は少し戸惑いながらも、その言葉に応じた。
「あのオークションを見ていて、他の仲間を守るために行動しました。彼らが損をしないように必要なものとしか思っていなかったが、混乱を引き起こしてしまった」

乃愛はその言葉を引き取る。真実が少しずつ明らかになりつつあった。彼の動機が、仲間を守るためのものだと分かるにつれ、事件の本質に迫ってきていることを感じた。

「それでは、どのようにしてそれをお膳立てしたのでしょうか?」
彼女は注意深く尋ねた。

「会場の人たちに信じ込ませるために、みんなで策略を建てた。私たちの安心さを強調する形で…これが周囲を刺激する結果になってしまった」

彼の言葉が続く中、乃愛は心の中でその全容を描いていた。ビラ配りの過程で、藁にもすがりたい仲間の思いが、裏目に出てしまったと。

彼女は少しの沈黙を置いた後、若者に向けて言った。
「あなたの行動には理由があった。しかし、それでも法律を犯してしまった以上、皆にもその代償が必要ですわ」

若者は自身の行動に後悔の色を見せ、
「仲間には申し訳ないが、私が責任を果たす」
と言った。その言葉に乃愛は頷き、彼もまた本物の信念を持った人間であることが感じ取れた。

彼女たちは、若者に事情を話し、温泉宿に戻ることに決めた。案内された部屋に戻ると、ゼミ生たちは少しずつ緊張が和らぎ始めていた。乃愛が彼らに状況を説明すると、皆の表情に安堵の色が広がった。

「これでひとまず問題が収まるはずですわ」
と乃愛は微笑みながら言った。ゼミ生たちからの感謝の声が次々に生まれ、その瞬間までの道のりが思い出される。

彩音も興奮気味に告げた。
「すごい!乃愛ちゃんはやっぱり天才的だね!」

乃愛は少し照れ臭い理由で微笑んだ。彼女たちは楽しい思い出を紡ぎながら、単なるゼミ旅行がただの楽しさいっぱいの旅行で終わらないことを実感した。

温泉宿での一夜、暖かさと安堵が彼女たちを優しく包み込み、乃愛の心の中にある探偵としての自負がふつふつと芽生えてきた。その日、彼女は新たな事件への扉を開くことができたのだ。

この事件を通じて、乃愛は解決した時の喜びを見つめ、彩音と共に新たな冒険の可能性を感じていた。二人で紡ぐ謎解きの旅は、きっとこれからも続いていくことだろう。