第10話 「生き延びるための選択肢」

麗司は慌ただしい足音を押し殺しながら、部屋の中に入った。落ち着きを取り戻そうと、深呼吸を繰り返す。金槌を手にしたまま、周囲を観察した。古びた部屋の隅には、壊れた家具や散乱した物品が目に入った。あの光景は、何が起こったのかを物語っているかのようだった。かつては人々の生活で賑わっていた場所も、今では恐怖と破壊の舞台となってしまった。ここからどのように生き延びていくのか、考えねばならない。

「入念に準備をしなければ」
と彼は心の中で言った。まずは目の前の状況を整理し、利用可能なものをリストアップしよう。ビニールテープ、金槌、釘。それに加え、先ほどスーパーから持ち帰った食材の数々もある。彼はそれらを思い出しながら、具体的に何ができるのかを探る。

次に最初の作業として、ドアの補強作業を開始することにした。目の前の扉はもともと頑丈だったが、ゾンビたちが簡単に侵入することを許さないためには、さらなる強化が必要だ。麗司はまず、近くにあった大きなタンスを引き寄せて、ドアの前に立てかけることにした。しかし、タンスは重く、彼一人の力では簡単には動かせなかった。自らの体重を使い、檜の香りが漂う家具を少しずつ寄せる。
「『力』と『知恵』を組み合わせなければ生き延びられない」
、そう思うことで、自分を奮い立たせた。

ようやくタンスが所定の位置に収まり、彼は金槌を片手にかけて固定作業を始めた。手際は悪かったが、ゆっくりと釘を打ち込む。タンスを支えるための道具としての活用を考え、ここでの努力が生き残るための礎になると信じていた。手元を見つめ、釘が木に貫通していく感触を噛み締める。なぜか不安と同時に希望の光も感じた。

作業を進める中、麗司は周囲の音にも注意を払い続けた。ドアの向こうで何かが動いているのではないかという恐怖が、常に心の隅に潜んでいた。音を掻き消すように全神経を集中させ、耳を澄ます。
「それが命を守るための方法だ」
と自分に言い聞かせる。

タンスが固定された後、次に考えたのは窓の部分だ。今の状況では外からの視覚情報が最も危険である。小さな隙間からはゾンビが見えるかもしれないし、何か物音がした時には、それを確認するために窓を開けることはできない。そこで、彼は壁にあったカーテンを引き寄せ、窓の側に取り掛かった。

カーテンを窓にかけ、外からの視界を遮る作業を始めた。これによって、少しでも自らの存在を隠すことができるはずだ。細心の注意を払いながら、窓の隙間を埋めていく。彼にとって、その作業は尋常ならざる緊張感の中で進められた。蝋燭の光が揺れるたびに、影が壁に映り込む。麗司はその影が感情を刺激するかのようにさえ感じていた。それでも彼は、自らの目的に集中し続けた。

窓の補強を終え、部屋の中は少しだけ薄暗くなったが、周囲への視線を遮る感じが安心感に繋がる。次に自分が手に入れた道具をどう活かすかを考えなければならなかった。金槌や釘は確かに防御用の器具としては役立つが、他に何を作れるのか、今後の生存戦略を練る必要がある。

彼は目の前の棚を見渡す。壊れた家具の一部から取れた板を目にして、ひらめいた。
「この木の板を組み合わせれば、何かを作れるかもしれない」
と考える。予備の板を床から集め、窓辺に置く。彼は道具を使い分け、これらの部品をどのように組み合わせるか思案した。

「小さなバリケードを作るのも悪くない。最低限の安全対策を施しておくのが賢明だ」
、そう思った麗司は、周りを囲むようにベンチやテーブルを配置し、各所から持ち帰った板を使って固定を始める。
「ソロで生き残るためには、どんな手段も試みるべきだ」

集中力を高め、板を一枚一枚、丁寧に組み合わせていく。自分の環境を利用して防御を固める作業は、思っていた以上に進行した。通路の隅から持ち帰った空き箱を使い、そこに板を貼り付ける。これが彼にとって、次なる拠り所になるかもしれない。
「生存するための策を立てなければ」
心に生まれたその感情が彼を駆り立てた。

しかしながら、どんなに準備を進めても、彼の心は完全には安らげなかった。いつ襲われるか分からないという緊張感が、彼の脳裏に常に影を落としていた。生存戦略を練る一方で、あまりにも取り乱されてはいけないという考えが抑圧を生んでいた。

「音に注意を払い、急がなければならない。無駄に時間を費やしている場合ではない」
、そんな思考の中で彼は手を動かし続けた。恐怖が彼を怯えさせる中で、急ぎのペースが必要であることを自覚している。取り組みが進むうちに、彼の気持ちに小さな自信が持てる瞬間も訪れるのだった。

局所的なバリケードを完成させると、彼は自分の成果に満足する瞬間を味わった。これは彼の生き残りを懸けた象徴的な行為であり、少なくとも、今の自分ができる範囲内で最善を尽くした実感を得ていた。
「これなら、今しばらくは大丈夫だろう」
。その評価は希薄な安心感をもたらし、彼の内なるモチベーションも少し戻ってきた。

麗司はこの日、全てをあきらめずに生き延びるための選択肢を数多く模索したことを実感した。居場所を段階的に守り、対策を取る。つぎのステップを見透かし、仮の生活のための文化を作り上げていた。生き延びることでこそ、次の選択肢を手に入れることができるのだ。
「今の自分自身をしっかりと信じて進もう」
という苛立たしさから逃れられた瞬間でもあった。

手練れのサバイバル技を見せるには至らなかったが、その小さな一歩一歩が彼を少しでも強化し、彼の存在そのものを価値あるものにしていくようだった。
「ここを拠点にして、生き延びるための生活を築く」
。彼は確かな決意を持ち、次に何をどう作り出すかを考えた。

しかし彼が感じているのは、確かな安心感ではなく、次なる脅威への不安でしかなかった。
「またいつ来襲してくるかわからない」
と心の奥底で怯え、彼は少しずつ冷静さを取り戻しつつ、ビニールテープや工具を机の上や床に並べていく。

時間に追われながらも、彼は生き残りのための策を組み立て続けた。生存を賭けた計画の前に、思索を巡らせる―その過程自体が他者との繋がりだと、今彼が感じている。世界が崩壊した中で、麗司はただ一人、孤独を抱えながら生き抜くための道を模索し続けた。

心の焦燥感が彼を駆り立て、また新たな試練が待ち構えていると予感した。
「次にすべきことは何か。常に生き延びなければならない。選択肢を無駄にするわけにはいかない」
。麗司は今日の作業を通じて少しだけ踏み出した勇気を維持しながら、世界の真実に挑む覚悟を決めていくのだった。