久遠乃愛(くおんのあ)は、キャンパスの片隅に設置されたベンチに腰を下ろし、青空を見上げていた。彼女の黒髪は風にそよぎ、隣に座る幼馴染の雪村彩音(ゆきむらあやね)の茶髪のボブカットが一層際立つ。二人は、大学の文学部に在籍する同年齢の女子大生だ。
「乃愛ちゃん、今日も探偵活動やるの?」
彩音が問いかける。
「ええ、彩音さん。今日は新たな事件が持ち込まれたようですわ」
乃愛は微笑みを浮かべながら答えた。
その直後、彩音の携帯電話が鳴り響いた。彼女が画面を確認すると、驚きの表情を浮かべた。
「あ、社長からのメッセージだ。最近、キャンパス内で猫がいなくなっているらしいの。みんな心配していて、乃愛ちゃんの力を借りたいって」
「猫が?」
乃愛は目を細めた。何かしらの事件が起こる予感がする。彼女は幼い頃から推理小説に親しんできたが、実際に事件に巻き込まれるのはいつも新しい体験だった。
「早速、現場に行きましょう」
そう言って、乃愛は立ち上がる。
彩音は焦りながらも笑顔を見せ、
「乃愛ちゃん、私が手伝うよ!何か証拠を集められるかもしれないし!」
二人はキャンパスの中心へ向かった。友人たちの心配の声が飛び交う中、建物の周りには数匹の猫の姿が見当たらない。主に学生たちに可愛がられていたキャンパス内の猫たちが、まるで何かを察知したように一斉に姿を消してしまったのだ。
乃愛は周囲を冷静に観察しながら、彩音に指示を出す。
「周りを見て、何か異常があれば教えてくださいませ」
「わかった!」
彩音は元気よく言い、
「あの建物の中と外、どっちも探すね」
と言い残して走り去った。
乃愛は静かに廊下を進んでいく。ふと、何かが目に留まった。机の下に、赤いボールペンが転がっている。
「このボールペン、単なる文房具とは思えませんわ」
乃愛は軽くそれを拾い上げると、近くにいた友人に尋ねた。
「このボールペン、見覚えがありますか?」
乃愛の目はその友人に向けられていた。
「うーん、確かあのサークルの後輩が使っていたような…」
友人は考え込む。
「彼、最近昇進を目指しているって聞いたよ」
「昇進…それが何か関係しているのでしょうか?」
乃愛は脳裏に幾つもの可能性を巡らせる。彼女はその後輩の名前をメモし、彩音のもとへ戻る決意を固めた。
彩音が再び戻ってきた際には、彼女の持っている情報はすでに明確だった。
「乃愛ちゃん、私は外を見てきたけど、特に変わった様子はなかった。でも、みんなが騒いでいて、誰かが知っている気がする…」
「私も手がかりを見つけましたわ。あのサークルの後輩がこのボールペンの持ち主かもしれません。そして、彼は最近昇進を目指すあまり、何か不正を行ったのかもしれませんわ」
「不正?」
彩音の目が輝いた。
「まさか、猫を使って昇進を目指すなんてことある?」
その瞬間、乃愛は考えがまとまった。彼女の冷静な頭脳が機能し始めた。
「そういうことですわ。彼が猫をさらった理由は、キャンパス内での人気を利用して、自身の地位を向上させようとしているのかもしれません」
「それなら、直接彼に問い詰めよう!」
彩音が意気込んで言った。
「しかし、冷静に事実を確認する必要がありますわ。まずは、証拠を集めましょう」
乃愛は毅然とした態度で言った。
彼女たちがサークルの指定された部屋へ向かうと、後輩の姿が見えた。しかし、その表情には不安の影が色濃く浮かんでいた。乃愛の心はざわついた。
「まず、彼の様子を観察しますわ」
そう言いながら乃愛は、話しかける様子を隠し続けた。
「こんにちは、最近何か異常はありませんか?」
彩音が声をかけると、彼は一瞬驚いた様子を見せた。そして、彼の目がまるで何か恐れを抱えているかのように揺らいだ。
「え、うん。猫が…何匹かいなくなっているって聞いたけど、別に俺らには関係ない話だろ?」
彼の口から出た言葉は、どこか不自然だった。
「そうですか…でも、あなたのボールペンが机の下に見つかりましたわ。この猫の件に関係しているのでは?」
乃愛は声を低めて言った。
彼は一瞬硬直し、その表情が一変した。
「なんでそれが…」
乃愛はその言葉を引き出すために、さらに詰め寄った。
「あなたが昇進を目指しているのなら、そのためにどんな手段を講じましたか?」
彼は目を逸らし始め、焦りを隠そうとしなかった。
「そ、そんなことないよ。本気じゃないってば」
「本当に?だとすれば、証拠を出さない限り、私たちはこの問題を放置するわけにはいきませんわ。自分の夢を邪魔する存在を消すために、猫をさらったのですか?」
乃愛の言葉は冷たい刃のように彼を捉えた。
「ど、どうしても知りたいなら、…分かった。俺がやったのは、あの猫たちをダンスパフォーマンスの一部として使って、注目を引こうとしたんだ。全部、サークルのメンバーに許可を取るつもりだったんだけど…」
それから彼は詳細を語り始めた。ダンスのパフォーマンスで猫を使い、観客を集めることで自分の名声を高めようと考えたのだ。だがその計画은彼の思わぬ所で崩れ去った。
乃愛と彩音は、彼の話を聞いた後、彼の情けない表情を見て、どうしても堪えきれなかった。事件は思わぬ方向に進んでいた。
「でも、それならどうして猫をさらったの?」
彩音が問いかけた。
「彼らを借りただけだ。本当に取ってない。道具として使っただけだ…」
彼の目には懺悔の色が宿っていたが、その言葉には真実味が薄かった。
乃愛はその瞬間、彼の心の内に迫った。彼の内には、自己中心的な意識が渦巻いているのが見えたからだ。
「要するに、あなたは自分の夢のために、他人の命を奪うことができるのですか?」
彼は黙り込み、やがて
「いや、でも、そんなつもりはなかったんだ」
と声を震わせながら答えた。
二人は、彼の告白を通じて真実を知った。乃愛は冷静さを保ちながら、
「この件について、私たちは大学に報告します。あなたが本当に誠意を持って、この意識を改めなければなりません」
そう言い残し、二人は部屋を後にした。
すぐに大学に報告が行き、猫たちは無事に保護された。乃愛と彩音は、事件を解決したことで達成感を覚えた。
「やはり、大切なのは真実を明らかにすることですわね」
乃愛は感慨深く言った。
「うん!今後も何か事件が起こったら、乃愛ちゃんと一緒に頑張りたいな」
彩音は目を輝かせて告げた。
その日、彼女たちは岡の高台から広がる景色を見渡しながら、新たな探偵活動への決意を固めた。猫たちのおかげで、彼女たちは一つの事件を通じて再び絆を強めたのだった。夜空が広がる頃、乃愛の心には、何か素晴らしい冒険が待っているような予感に満たされていた。