第10話 「お絵かき対決と淡い想い」

放課後、教室には明るい日差しが差し込んでいた。今日はクラスでお絵かき対決が行われる日で、みんながワクワクしている様子だった。でも、私の心はただの楽しみとは違っていた。私の目の前にいるのは、村上和真くん。彼はのんびり屋で、皆に優しく接する天然男子。情けないくらいド天然で、人の心の動きには鈍感な彼。でも、そんな彼に対する私の気持ちは、まるで火山の噴火のように激しく、そして重かった。

「黒川、何描くの?」
と和真くんが明るい声で私に問いかけてくる。この瞬間、私の心はドキッとする。彼の視線が私に向かっている、その事実が私にとっては特別で、どこか緊張感を与えてくれる。しかし、彼は私の気持ちに全然気づいていないのだ。

「ふ、ふふ。和真くんこそ、何を描くのですわ?」
私はお嬢様口調を使って、思わず笑みを浮かべてしまう。どうして、いつも彼と話すときはドキドキするのだろうか。真剣に話したいのに、彼の前だとどうしても少しおかしな口調になってしまう。

「俺は、動物描くつもりだよ。犬とか猫とか、そこで見つけたやつ」
と答える和真くん。彼のその純粋な言葉には、愛のようなものを感じてしまう。私は内心でニヤニヤしながら、彼の作品を想像する。でも、このお絵かき対決で彼のことをもっと知りたいと思いつつ、他のクラスメイトに勝ちたい気持ちもあった。この瞬間、心の中で葛藤が生まれる。

手元のスケッチブックに向かってうまく描けるかどうか不安を感じる一方、私の視線はいつの間にか和真くんに釘付けになってしまう。彼の真剣な表情が、私にさらなるインスピレーションを与えてくれる。一緒に過ごす時間が多いほど、彼にどれだけ無防備な微笑みを向けられようとも、私の心は重く、彼に対する独占欲が強くなっていく。

「いっしょに描こうか、黒川」
和真くんが無邪気に提案する。
「いいよ、和真くんといっしょに描くの楽しそうですわ」
なぜか心が温かくなる。この言葉だけで、私の中にあるあらゆる不安や思いが一瞬で溶けていく。

相手がいると、つい妄想が過ぎてしまう。和真くんと一緒に描きながら、私たちが笑い合う。その時、誰かの
「お前、黒川が好きだろ」
という言葉が耳に入る。何気ない日常の中で、私の心は確かに彼を思っていると周囲にバレていて、でも、和真くんだけがこれに全く気がついていない様子に、少しだけ笑えてくる。

数分後、私たちはお絵かきを開始することにした。クラスメイトたちが自由にお絵かきを楽しむ中、私は和真くんの近くに座り、彼と一緒に描くことになった。幸せな気持ちでいっぱいになるけれど、私の心の奥では、もっと彼に伝えたいという気持ちが渦巻いていた。我ながら自分の感情の重さに苦笑いしてしまう。

「じゃあ、描くね」
と彼は大きな笑顔を見せる。そして、彼が描く動物の絵は、なんとも言えないおかしさと愛らしさで溢れていた。ひとつ描くたびに、彼の周りに集まってくるクラスメイトたち。彼のその無邪気な笑顔には誰もが癒されてしまう。私の心に潜む独占欲がまたふくらむ。

私はその隙間に何とか自分の絵を足そうと努力する。でも、彼が描く絵に影響されるあまり、自分の絵が全然思い通りにならない。挫折感がよぎるけれど、彼が楽しそうに描いている姿を見ていると、だんだん不安も消えていく。

「黒川、これどう?」
と彼が私に見せてくれる。まっすぐな目で私を見つめる彼の瞳は、何もかもを包み込むような優しさがあった。私はそのとき、彼に素直な気持ちを言おうと一瞬考えた。でも、どこか恥ずかしさがよぎって言葉が出ない。

「う、うん。素敵ですわ。そのすばらしい絵に負けないように頑張るですわ」
と無理矢理つくった笑顔で応える。彼が私の努力を認めてくれたことは、とても嬉しい。

時間が経つにつれて周囲の熱気が増していく中、突然、私のスケッチブックのページを彼が覗き込む。
「これも描いたの?」
和真くんが私の作品に目を向けた。私はハラハラしながら自分の絵を隠し、その瞬間が訪れることを恐れた。
「ええ、まぁ少しだけ。でも和真くんの絵の方がずっと素敵ですわ」

「ありがとう、黒川」
和真くんのその言葉には、なんにでも素直な彼らしい暖かさが感じられた。けれど、その瞬間、私の中で怒りの感情がこみ上げる。
「どうして自分のすごさをわかっていないの?この子、ほんとうに鈍感すぎる!」

それでも、私の心の声はあくまで内なるもので、口に出せるものではなかった。
「和真くん、もっと自分を評価してほしいですわ」
と独り言のように呟いた。彼にはこの言葉が届くはずもない。私の気持ちが重すぎて笑い飛ばされてしまうのではないかと不安になる。でも、彼の笑顔がある限り、こんな感情さえも受け入れたいと思った。

その後もお絵かき対決は続き、私たちの周りは笑い声でいっぱいになっていく。和真くんの描く動物たち、そして私が頑張って描いた絵がどんどんみんなの目に触れていく。やっぱり彼の周りには、魅力的なオーラがある。

少しずつ周囲の雑音に耳を傾けていると、他のクラスメイトの作品と比較されている自分を見て、どんどん焦っていく。
「和真くんに認められたくて頑張っているのに、なんでこんなに苦しいのだろう?」
気がつくと、自分の心がか弱くなっていることに気づいた。私が彼に向けて放つ気持ちの重さは、私自身を追い詰めているのかもしれないと感じ始める。

時間が経過し、教室も少しずつ落ち着きを見せる。私はお絵かき対決によるスリルから離れ、和真くんと並んで笑い合う時間に浸ることができた。それでも、心の底にある想いは膨らみ続けていた。

「黒川、勝った方には何かご褒美でも?」
と和真くんが冗談めかして言ってくる。私はその言葉を聞いて、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「ご褒美?一体どんなご褒美があるというのですわ?」
目をぱっちりと開き、意表を突かれた私は一瞬言葉を失う。
「じゃあ、食べたいものとか」
と和真くんが笑顔で続ける。

やった、やっと彼との距離が縮まる感覚。ご褒美のことを考えている間に、私の心は高鳴る。
「なら、明日のお弁当は和真くんのためだけに、特別に手作りのお弁当を作って差し上げますわ。ただし、自分だけ食べるなんてことは許しませんので、必ず分け合うのですわ」
と優雅に宣言する。

「本当に?お弁当、楽しみだな!」
なんとも言えない子供のような笑顔で嬉しそうな彼を見て、私の心の中の重さが少し軽くなる。彼の無邪気さと、私への期待感が交差する瞬間に、何度も心が弾む。彼にどうにかして、自分の想いを伝えなければならないと思う。

お絵かき対決の結末は、みんなで楽しい時間を過ごせたことで、私の心の中では特別なものになった。しかし、今後も彼にどう接するべきなのか、彼との関係をどう深めていくのか、その選択に正解があるのか不安を抱えたままでいた。

その日の放課後、学校を出るときに外の空がオレンジ色に変わっていくのを見ながら、今後もこの日々が続くなら素敵な思い出になるだろうと思った。私にとって、和真くんとの日常は小さな宝物のような存在で、これからも私の心の中で輝き続けること間違いなしだ。何とか気持ちを伝えたい、あの天然男子に。その思いを秘め、私は明日へと気持ちを切り替えて帰路に着くのだった。