第1話 「鍵の向こう側」

久遠乃愛(くおん のあ)は、その優雅な黒髪が静まった午後の光に照らされていると、ますますクールでありながらもミステリアスな雰囲気を醸し出していた。彼女は大学のキャンパス内、カフェテリアのテーブルに座り、静かに『シャーロック・ホームズの冒険』を開いていた。文学を専攻する彼女は、自身の心を静め、あらゆる細かい事象を観察することに情熱を傾けていた。

その時、ノックの音とともに、親友であり相棒の雪村彩音(ゆきむら あやね)が元気よく現れた。

「乃愛ちゃん! ちょっと大変なことが起きたの!」

彼女の声は、乃愛の日常の静寂を破るかのように響いた。

乃愛は本を閉じ、ゆっくりと顔を向けた。

「どうしましたか、彩音さん。大変なこととは?」

しばらく色々と話したのち、彩音は興奮気味に続けた。

「私たちのアルバイト仲間の一人が、学食のキッチンにある金庫の鍵を持ち出したって!」

乃愛の瞳が瞬きを止めた。金庫の中には、毎日の売上金が管理されている。その金庫の鍵を持ち出すという行為は、重大な犯罪だった。しかも、その仲間は心当たりが全くない様子だという。

「どのようにしてそれが分かったのですか?」

乃愛は冷静に尋ねた。

「彼女が急に困った様子で、SNSの投稿を消す前に私に言ったの。それを見つけた後、私も多分何か無理をしているのかも……って心配になって」

と彩音は弾けるように声を上げた。

乃愛は彼女の言葉を噛みしめながら、素早く頭の中で推理を巡らせていく。何かおかしなことが起きていると直感した彼女は、即座に「私たち、早速現場に行きましょう」と決断した。

キッチンのドアを開くと、調理器具の香りが混ざった空気に運ばれて、急いで作業をしている同僚たちの姿が目に映った。乃愛は鋭い観察眼でその様子を見つめる。彩音はキッチンの奥へと進み、誰かが不安に思っている様子が見受けられた。

「こんにちは!」

彩音が声をかけると、一人のアルバイトが振り向いた。

「実は、ちょっとその件でお話が……」

乃愛は、状況を冷静に見守りつつ、他のメンバーの様子を観察した。みんな、微妙に気まずい表情を浮かべている。

“鍵を持ち出した理由とは何か。何かを隠そうとしているのか?”

乃愛は訝しげに思ったが、その顔色を読む力は非常にあり、一見無関係な一人ひとりの表情からさまざまな可能性を考察していく。

そして、丁寧に一人一人に話を聞くことにした。

「最近、いつもと変わった様子の子がいますか?何か気になったことがあれば教えてください」

すると、一番奥の方に立っていた司書の田中(たなか)があからさまに顔を曇らせていた。

「私は最近、体調が悪くて……」

彼女は言いにくそうに答えた。

乃愛はそれを聞き逃すことなく、「あなたの体調が悪い、と。それは事故の一因にはならないかしら」と軽く分析してみる。しかし逆に彼女を責めるような調子になってしまっていたのだ。すると、彩音が彼女の肩を叩き「違いますよ、田中さん。乃愛ちゃんはただ状況を知りたがっているだけです」とフォローに入った。

その瞬間、乃愛は手帳からスマートフォンを取り出し、先ほど聞いた田中の話や金庫の関係について調べ始めた。やがて、彼女はあることに気づいた。田中のスマートフォンの履歴には連続した通話記録が残っていたのだ。

「この通話の相手は誰ですか、田中さん?」

乃愛は電話帳を見つめながら尋ねた。田中は驚きで目を大きくし、「それ、友人です」と答えた。

乃愛は一瞬彼女を見つめた後、続けて「その友人とは、何を話していたのですか?」と静かに尋ねた。

田中は顔を曇らせながら、あまり深く考えずに「体調のことを」と答えた。それに対して乃愛は「その友人の名前は?」と次に続けたが、その直後、田中は急に動揺した様子を見せた。

周りを見回す彼女の視線は、どうやらこの場から逃げたい意図を持っているようだった。

「お待ちください」

乃愛はしっかり声を上げた。

「この問題を解決するために、あなたの協力が必要です。事情をもう少し詳しく話してもらえませんか?」

田中はしばらくためらったが、結局は少し悲しそうな表情で呟いた。

「実は、私は最近体調を崩してしまって、そのことで大きな不安を抱えていました。それでつい、金庫の鍵を持ち出してしまったのです」

乃愛はその言葉を聞くと、心の中で「ああ、なるほど」と納得した。田中の動機は彼女が思いがけないところから生まれたことに気づいたのだ。

「何かを隠そうとしたわけではなく、むしろ体調不良からのパニック行動だったのですね」

と乃愛は冷静に言った。その瞬間、他のメンバーたちも田中に対する理解を示し始めた。

「大丈夫、私もそういうことって理解できます。」

彩音は彼女を優しく包むように、安心の手を差し伸べた。

「体調が悪くなることは誰にでもあることですし、仲間はみんなあなたを支えますから」

静かな感情が広がっていく中、乃愛は人々の表情に微笑みを返した。

「これで事件は解決できそうですね。田中さんは今後、何か不安があったら、一人で抱え込まずに話してみてください」

実際、事件は鎮静化し、乃愛と彩音はその場からの帰路につくこととなった。外に出るとほのぼのとした柔らかい風が彼女たちを包み込み、乃愛は心の中で安堵を感じていた。

「乃愛ちゃん、やっぱりあなたには推理の才能があるわ!」

彩音が満面の笑みで言った。

乃愛は微笑みながらも、「もしかしたら、友人がいるからこそ、私はその才能を発揮できるのかもしれません」とポジティブに返した。その瞬間、彼女たちは探索的な冒険がまだ続くことを感じていたのである。

大切な仲間との絆を育みながら、秘密や謎を解き明かしていく。善と悪が交錯する日常の中で、乃愛と彩音は互いに支え合い、すべての謎を解決し続けることを心に誓ったのだった。

こうして、彼女たちの小さな冒険は、今日も新たな一歩を踏み出すのであった。