神様に呼ばれたのは、突然のことだった。何もかもが混沌としていた。自分が交通事故で命を落としたことも、目の前に光る扉のようなもので異世界に転生することも、まったく想像もしていなかったのだ。この不思議な空間の中に、見知らぬ老神が現れた。
「君の名は、東雲優真。人間界では30年生き、静かな生活を望んでいたのだろう?」
神の声は耳に心地よく、どこか懐かしさを感じる。優真は言葉を返すこともできず、ただ頷くことしかできなかった。その反応に、神は微笑んだ。
「実は、君を異世界に送り込みたかったのだ。しかし、手違いで君を事故に遭わせてしまった。だから、君には特別な運命を与えさせてもらうことにした」
神は続けた。
「この世界は、中世ヨーロッパ風の広大な土地で、多種多様な生物が暮らしている。君には生産魔法を授けよう。物質の形状を変化させる力だ。君が静かに暮らすための道具やシェルターを作るのには、最適な能力だろう」
優真は神の言葉を受け入れ、そのまま転生を受け入れることにした。次の瞬間、光が眩しく彼を包み込み、意識が遠のいていく。
次に目を開けたとき、彼は静かな森の中にいた。周りを見渡すと、深い緑に囲まれた美しい場所だった。大きな木々がそびえ立ち、鳥のさえずりが耳に心地よく響く。ここが彼の新しい住処になるのだ。優真は、異世界レベルの自然美に圧倒された。
まずは、自分の現在地を把握するために、森を少し探索してみることにした。周囲には、草花が生い茂り、果物の木もちらほらと見えた。その中には、美味しそうに見えるリンゴの木もあった。実を採り、腹を満たすことも大切だろう。
「そうだ、魔法を使ってみよう」
思い出したように心の中で呟く。彼はゆっくりと手をかざし、生産魔法を発動させた。すると、掌の中に光の粒が集まり、そのまま彼の意思に従って形を持ち始めた。優真の手は、驚くべき力を持っていた。
「まずは道具を作ろう」
彼は木の枝を思い浮かべ、掌に光を集める。すると、数本の枝が現れ、自然に扱いやすい形に整えられた。その枝を使って、彼はまずは簡単なシェルターを作ることにした。周囲で集めた葉や木の版を組み合わせ、風を防ぐためのちょっとした屋根を作る。
次に、近くの水源を探すために立ち上がった。生産魔法のおかげで、彼の生活環境は最早決して悪くは無さそうだ。生産魔法により手に入れた道具を使い、水をくみ上げ、少しずつ生活基盤を整えていく。
「生活するには、食料も必要だ」
優真はリンゴの木に戻り、いくつかの実を手に取った。魔法を使っても良いし、手で取っても良い。どちらでも生活は成り立ちそうだ。果物を口にすると、その甘さに目を見開いた。これからは、この実を食べながら、静かに暮らしていこう。
生産魔法を使っている間、ただ物を作るだけではない、何かしらの爽快感を感じた。自然の中にいることが、自分にとって鮮やかできらびやかな喜びであることを彼は知った。自分の意志で選んだこの場所が、心安らぐ、もう一つの故郷に生まれ変わった気がした。
サバイバル生活を開始しながら、彼は周囲の植物や動物にも愛着を感じるようになった。特に、木々の影で何かしらの生き物が出現するたび、心が躍る。多彩な色彩を持つ花々や、珍しいこぶ茶のような果実を次々と見つけ出し、何を食べ、どのように生活していくかを試行錯誤していた。
ある日、優真は少し高台に登り、周囲を見渡す。幻想的な景色が彼の目の前に広がった。自分の作った小さなシェルターが見え、周りにぽつりぽつりと広がる自然を見た時、その清々しさに感謝したくなるほどだった。
あの事故から、ただ静かな生活を望んでいることに間違いはなかった。これが彼の新しい人生なのだと、優真は実感した。しかし、その生活に、少しずつ新しい出会いが待っているのも分かっていた。
そんなある午後、いつものように森を歩いていると、何かの音が聞こえてきた。不安に思いつつも、その音の方へ向かうと、そこには何か小さな生き物が倒れているのが見えた。
近づいてみると、そこには一人の少女が倒れていた。彼女の耳は尖っており、彼女の姿からは明らかにエルフの特性を持っていることが窺えた。彼女の表情は弱々しく、どうやら怪我をしているようだった。
「大丈夫か?」
優真は心を込めて問いかけるが、彼女は微かに反応するだけで、目を閉じたままだ。彼は急に戸惑った。ここに来てから、特に他者と関わることはなかったが、今彼女を助ける決意を固めた。まずは、彼女のケガを治すために、彼女を自分のシェルターに運ぶことにする。
彼女を優しく抱き上げ、森を抜けていく。シェルターに着くと、彼女を寝かせて、彼はすぐに治療の準備に取り掛かる。生産魔法で、必要な道具を作り、傷に必要なものを揃えた。彼女のために思いで、その行動は無意識だったが、やがて不思議な期待感が生まれてきた。
「この子が目を覚ましたら、どうなるのだろう?」
優真は彼女の無邪気な寝顔を見ながら、思わず微笑んだ。彼の新しい生活には、何かしらの灯火がともり始めたようだった。リセと名付けられるエルフ少女が、果たして彼の新たな生活に何をもたらすのか、次回の展開が待ち遠しい。
彼はまだリセを知らなかったが、彼女との出会いが、静かで安らかな彼の生活に大きな変化をもたらすことになるのだ。彼は彼女を助けながら、新しい日常が待っていることを予感しつつ、森の静けさの中に身を委ねた。